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A.D.2222  作者: 日渡正太
第1話 クローズエンカウンター
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Episode 1

「無限に広がる大宇宙……か……」


 宇宙技研本部深宇宙探査船「みょうじょう」のコクピット内にあるペイロード・スペシャリスト席で、首都圏高尾山大学宇宙科学部の藤乃森教授は、窓の外に広がる星の海を眺めて1人呟いた。


「雄大なもんだなあ、そう思わんか、鈴本君?」

 藤乃森教授は、傍らのオペレーター席に座る助手の鈴本昭一に声をかけた。


「はあ、まあ……」

 この教授のことが苦手な鈴本は、あいまいに答えた。


 まったく何の因果で、自分がこの教授と一緒に、1ヶ月にも及ぶ宇宙旅行をしなければならないのか。

 これと言うのも、教授が必修科目である天体科学概論の単位をくれないせいである。


 卒論もすでに通ったというのに、この1つの科目の単位がないばっかりに、自分は留年なのだ。

 せっかく就職だって決まっているのに……!


 そして意地の悪い教授が、単位と引き換えの条件として出してきたのが、教授の研究旅行に同行して助手を務めることであった。

 つまり、宇宙船に乗って外宇宙探査に付き合えというのである。


 他に選択肢などあろうはずもなかった。

 もしここで卒業も就職もできなかったとしたら、今度こそ実家に呼び戻されて家業の農業を継がされてしまう。


 鈴本の実家は、うどんが名物の四国某県に広大な除虫菊の畑を持っている。

 宇宙船が遠く太陽系を離れて銀河系深部恒星系にまで飛ぶこの時代に、何が悲しくて蚊取り線香の原料など作って暮らさなくてはならないのか。


 冗談ではない!

 自分はなんとしても卒業して立派に就職するんだ!


 すでに内定はもらっていて、相手はこちらの卒業を待ってくれているのだ。

 小さな工具の販売会社で、宇宙科学とは何の関係もないけれど、別にやりたくもない飛び込み営業の仕事と決まっているけれど、それでも自分は立派に、普通のサラリーマンになるんだ……!


 ピー、ピー、ピー……。


 不意に、コクピット内で何かの警報が鳴った。

 コクピット前部の操縦席に座っている船長と副操縦士が、レーダーの画面を覗き込んで、何かを話し合っている。


「先生、ちょっと来てもらえませんかね」

 船長が教授を呼んだ。


「どうした?」

 藤乃森教授が歩いて行って、一緒にレーダー画面を覗き込む。


 レーダー画像というのは、アニメや漫画に出てくるようなそれとは違って、素人がぱっと見て、どこに何があるか簡単に判別できるような代物ではない。


 だが藤乃森教授は、1ヶ月に及ぶ宇宙旅行のうちに、レーダー画面に移る無数の細かい光点のうち、これはどのあたりにどのくらいの隕石、これは単なるエコー、と、ある程度の判別ができるようになっていた。


「これなんですがね、先生」

 船長が、レーダー画像のある光点を指差す。

 全長200メートルくらいの大きさの岩が複数、連なって移動しているように見える。


「流星群かね?」

 教授は船長に向かって尋ねた。


「一見そう見えますが、ここら辺の重力分布からして、有り得ない動きをしてます」

「ふむ、重力の影響を再計算してみるか……鈴本君!」


 教授が助手を呼んだその時だった。


「流星群が加速してます、こっちへ向かってきますね!」

 副操縦士が興奮気味に叫んだ。

 船長と教授があわててレーダー画面に視線を戻す。


「これは……第1次接近遭遇……ってやつですかね、先生?」

「まだわからん、それらしい痕跡はあるか? 何らかの電波が出ているとか……」

「ちょっと待ってください」


 副操縦士が、受信機の端末を操作する。


「電波……出てますね……これは、通信かな?」

 副操縦士が決定的なことを言った。


「よし、こっちからもメッセージを送ってみよう、船長頼む」

 教授に言われて、船長が送信用機器の再生スイッチを入れる。


 宇宙空間で未知の異星人との遭遇があった場合、相手に伝えるメッセージの内容は、国際規約により、あらかじめ取り決められている。

 20の言語による友好メッセージと音楽、電気信号により数学的理論を表現したもの、解析すれば哲学的イメージとなる画像……。


 通常は、これらを次々と周波数を変えながら送信するのだが、今回は相手からの電波の送出が確認されているので、それに合わせてみる。


 だが、もちろんこれで、確実に平和的な邂逅ができるとは限らない。


 地球人類はすでに、この銀河系内において、いくつかの知的生命体と接触し、外交関係を結び、交易もしている。

 それぞれの文明圏が最初に接触する際には、それこそ平和的なファーストコンタクトが成立した例もあるが、戦闘に至ったような事例もある。

 初遭遇時の状況や、その時々に各々の文明圏が抱えていた事情、例えば双方が平和な時代に出会うこともあれば、どちらかが世界大戦の真っ最中という場合もある。


 まさにケース・バイ・ケースなのだ。


「相手の様子はどうだ?」

 教授の問いに船長が答える。


「相変わらず電波を出しながら接近してきますがねえ……何か向こうからも通信を送ろうとしているっぽいですが……何を言ってんのかまではさっぱり……」


 船長が言っていることは至極当然である。

 お互いに相手が出している電波の観測はできても、通信機器に互換性がまったくないのだ。

 通信用プロトコルが違うとか、そういうレベルの問題ではない。


「船長、敵意がないことを示すため、エンジンを停止してみるのはどうだ?」

「万一攻撃を受けたとき、逃げられませんぜ?」


 教授の提案に対する船長の答えは、教授を不愉快にさせるものだった。


 軍人でもある船長は、宇宙人というとすぐに宇宙戦争などと結び付けて考えてしまうが、探求者である教授は、なんとか平和的なコンタクトを果たして、相手のことを知りたい、相手の文明や文化などを調査したいという思いに強く駆られてしまうのだ。


 それに、何といってもこれは、長い地球人類の歴史上でも数えるほどしか起きたことのない、未知の知的生命体との遭遇である。

 うまく行けば、探査船「みょうじょう」と藤乃森教授の名は、歴史に残るかもしれない……。


 教授がそんなことを考えたその瞬間、何か、巨大な光の塊のようなものが、探査船「みょうじょう」のすぐ脇を通過した。


 同時にバン! バン! という何かが破裂するような音がして、コクピット内の照明が落ちた。

 いったん消えた照明はすぐさま非常灯に切り替わり、同時にいくつかの機器が不調を示す警報音を発した。


「今のはなんだ!?」

 教授の問いに副操縦士が答えた。

「巨大な熱量の塊が、本船のすぐそばを通過しました、おそらく熱線砲のようなものかと……」


 コクピット内の全員の顔が強張った。


「ターンレフト! エンジン! マックパワー! 逃げるぞ!」

「ラジャー!」


 船長と副操縦士が、大きく「みょうじょう」を左旋回させると同時に、

「うわああああああああん!」

 突如、コクピット内に情けない泣き声が響き渡った。


「畜生、なんてこった! 僕らはここで宇宙人の攻撃で死ぬんだ! こんなとこやっぱり来るんじゃなかった!」

「落ち着け鈴本君! そんなことだから君は、大学に8年も居残るんだ!」

「それは、あんたが単位をくれないからでしょうが!」

「わしだって、卒業してほしいに決まっておるわ! それを君は毎年毎年……!」


「再び巨大熱量、来ます!」

 2人に割って入るように、副操縦士の声が響いた。


 瞬間、鈴本の目の前にあるすべての景色が真っ白く輝いた。まるでスロー再生の動画を見るように、あらゆるものが形を失っていく。


(こんなところで……!)


 すべてのものが壊れてゆく数瞬の間に、鈴本は短い自分の人生を回想した。


 意識が消失するその瞬間、鈴本の脳裏には、スーツ姿にアタッシュケースを持ったビジネスマンスタイルの自分と、故郷の除虫菊畑とが浮かんでいた。




* * *




 アヴァロン惑星連邦宇宙軍第88任務部隊戦闘詳報


「本日銀河標準時0800、アーレン宙域EZ77385において、国籍不明の不審船と遭遇。無電により停船命令を発するも、当該船はこれを無視。

 続いて警告射撃を行ったところ、逃亡を図ったため、やむなく船体攻撃を行ない、これを撃沈した。

 なお本攻撃は宇宙軍交戦規定、ならびに武器使用基準に基づき、すべて適法に行われたものであると思料する」




* * *




全地球ニュースネットワークより


「……先日お伝えした探査船『みょうじょう』遭難のニュースの続報です。

『みょうじょう』は、政府のスターゲート計画による深宇宙探査船の1隻で、地球から約3万光年彼方の射手座宙域において消息を絶ったものです。

 政府事故調査委員会はこのたび、自動送信されていたフライトレコーダー等の解析の結果、『みょうじょう』は未知の異星人による攻撃を受けた可能性が高いと断定しました。

 政府では現在、軍事的対応を含めた処置を検討中で、間もなく官房長官の会見が……」

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