魔女と使い魔は奔走する
スピカ=ルーンは、朝から大忙しだった。
珍しく、初めての家事をしていたのだ。
使い魔・アルト=ハルメリアがオロオロして
いる。彼女の初めての試みは、大失敗だった。
皿を洗おうとすれば全て割り、洗濯をすれば
破くか、干す時にすっ転ぶ。料理をすれば手を
切る、もしくは(何故か)爆発を起こす。
掃除をすれば逆に散らかすといった感じ
だった。
そして、ついにアルトに低い声で何もしないで
ください、と叱られる羽目へと陥る。
スピカが何故家事をしようとしたのかというと、
自分のアルトへの思いを自覚したからだった。
アルトが他の女性と仲良くしているのを見てしまい、
彼が自分を置いてどこかへ行ってしまうのでは?と
恐怖したのだ。
彼のために何かしたいと思い、早速やったのだが、
見事に空回りしていた――。
アルトは首をかしげながら、皿の破片を片づけ、洗濯を
やり直し、台所をぴかぴかに磨き上げていた。
アルトは訳が分からなかった。
今まで何もしようとしなかった女主人が、いきなり私が家
事をする、と言って来たのだ。
全て失敗していたので、心配になって何もしないで、と
叱りつけてしまったが。
彼女が怪我をしているのを見るのが、とても嫌だった。
悲しかった。彼女に知って欲しいと思った。
自分の気持ちを。自分が、どれだけ彼女の事を想って
いるかを。
『告白しちゃったら?』
友人であるメリッサ=ウォーカーの言葉が蘇り、アルトは
赤くなった。でも、今は言えない。
言って、普通の顔で君を私も好きだ、と言われたくなかった。
使い魔としての愛情なんて、アルトは求めていなかった。
一人の男として見てくれないのであれば、愛なんていら
なかった。
「スピカ……」
初めてさんをつけずに呼んでみる。
少し赤くなっていると、ドサッと何かが倒れる音が聞こえて
来た――。
「スピカさん!?」
アルトが駆け付けると、スピカは顔を真っ赤にして
倒れていた。
目がぐるぐると回っている。額に手をあてると、
火傷しそうなほどの熱が手に伝わってきた。
「アルト……あつい……なんで……?」
「だ、大丈夫ですか!? 立てますか!?」
アルトはかなり軽い彼女を抱き上げ、ベッドまで
運んだ。スピカは抵抗する元気もないのか大人しく
している。
「ちょっと待っててくださいね、すぐに戻りますから」
「いかないで」
ぐいっとスピカがアルトの服の裾を引っ張った。
思いがけず強い力に、彼は思わずつんのめった。
「どこにもいかないで」
「わがまま言わないでくださいよ、氷とか薬とか買って
来ますから。リイラさんにも連絡しないと……」
「リイラ……今日……出張中……仕事……いない……」
「うっ、嘘おおおおおっ!!」
アルトはつい絶叫してしまった。
リイラ=コルラッジは、スピカの親友である。
しっかりした女性で頼りになるのだが、それがいない
なんて。
ぐいっと引っ張られ、アルトはスピカのベッドの上に
倒れこんだ。
「いたたた。スピカさん、なにするんですか!!」
「とおくにいかないで。わたしのそばからはなれないで」
アルトは目を見開いた。唇に柔らかい感触が伝わって来る。
スピカの唇が、アルトの唇に重なっていた。
「ずっと……わたしの……そばに……」
それだけ言うと、スピカは眠ってしまった。
真っ赤になりながら、アルトは首をかしげる。
元々鋭いたちではないので、彼女の思いには気づか
なかった――。
アルトはスピカの財布から少しお金を持ち出し、
馬車に乗って王都シュザリアにやって来た。
歩き回っていると、友人のメリッサ=ウォーカーと
偶然出くわした。
「アルト、今日も買い物?」
「メリッサさん!! スピカさんが風邪になったみたい
なんです。薬とか、売ってるお店知りませんか?」
「家に寄って行けるなら、薬くらい分けるよ。氷もたくさん
あるしね」
にっこりと笑った彼女は、仕入れ中らしく果物や卵の入った
袋を持っていた。小麦粉の大袋を、後で届けてくれるように、
店の人に頼んでいる。
彼女は『占いカフェ・カッサンドラ』の店主なのだった。
「ありがとうございます!!」
アルトは持ちます、とメリッサの荷物を取り上げた。
店に着くと、メリッサはすぐに薬を取って来たくれた。
袋に入ったいくつかの氷も渡してくれる。
「これ、アイスの作り方ね。食欲なくても、冷たいアイスなら
食べれるかもしれないから」
「ありがとうございます、助かりました!!」
「いいよぅ。人形の魔女によろしくね」
「はいっ!!」
アルトは再び馬車に乗り、館へ戻っていった。
目覚めたスピカが、ぎゅうっと抱きついて来て、顔が赤くなる。
「どこにもいかないでっていった……」
「ご、ごめんなさい。薬とかを買いに行っていたんです。
……あっ!! 体温計がないっ!!」
買い忘れた、と悲観したが、薬が入った袋に一緒に入って
いた。メリッサに感謝しながらスピカに渡す。
「熱、はかってください」
「やりかたわからない」
アルトは泣きたくなった。男としてみられていないのかな、と
ショックを受けたが、嘆いていても仕方ないので目を閉じてスピカの
脇の下に体温計をはさむ。
あっと声が上がったので、思わず目を開いてしまった。
そして、後悔した。見てしまった。女の子の裸を。
「あつい~。これ、いらない~」
「こんなところで脱がないでくださいっ!!」
いきなりスピカがローブを脱ぎ捨てたのだ。
どこまでも平坦な体の造り。少年のような体の線。
白すぎるほどの肌。細すぎる体。
かあっと紅くなり、慌てて目をそらしたアルトは、スピカに新しい
ローブを着せかけた。薄い青色をしていて、一番薄い素材だった。
「すずしくなった」
「何か、食べれますか?」
「いらない~」
メリッサのメモを思い出し、アルトは少し彼女のそばを
離れた――。
アイスクリームの造り方は、思ったより簡単だった。
氷やいろいろな物を入れ、くるくると回していく。
冷たいアイスは、甘くて美味しかった。とろりと口の
中でとける。アルトには、初めて食べる物だった。
これなら彼女も食べられるかもしれない。
しばらく冷やして、一番良く出来たチョコレート味のを
アルトはスピカの所へ持って行った。
ついでに、枕を氷枕に変える。
スピカの紅い目がきらきらと瞬またたいた。
銀色のスプーンで、ガラスの入れ物に入ったアイスを
すくいあげる。
「おいしい……。あまい……」
さっきよりスピカの顔色はよかった。こころなしか、顔も
赤くないような……? と思う前に、アルトは突如眩暈に
襲われ倒れてしまった。
ずっと看病していたせいか、スピカに口づけされたせいか、
風邪をうつされたようだ。
「アルトッ!?」
正気に返ったスピカが叫ぶ。そのまま、アルトはスピカと
入れ替わりに、ベッドの住人になってしまったのだった。
仕事を終えて帰ってきたリイラとともに、スピカの看病を
受け、アルトはぐるぐると目を回していた。
おつかれさま、と事情を聞いたリイラが言った言葉は、
スピカの泣き声でかきけされたのだった――。
スピカがアルトのために頑張ろうと――するものの、
全てからまわりしてしまうお話です。そして、二人の
看病話も収録しています。微妙に甘くなったかもです。