魔女と使い魔は忙しく仕事をする
スピカ=ルーンとアルト=ハルメリアは、折角二人が
揃ったというのに楽しんでばかりもいられなかった。
仕事がたくさん舞い込んできたのである。
それに、アルトにはメリッサの店での仕事もあったし、
スピカは帰ってすぐにドレスの仕立ても始めることにし
ていたからその仕事も立て込んでいてとても遊びに行け
ような状況ではなかったのだった。
たまにリイラも手伝ってはくれたが、彼女にも仕事は
ちゃんとあるから毎日と言う訳にはいかなかった。
スピカの方は、忙しい日々に慣れてしまっていたので、
大好きな服作りの最中は得に何も考えずに出来たが、
アルトはスピカと話したりのんびりしたりもしたいので
ちょっとストレスが溜まったのだった――。
二人が忙しく働き始めてから一週間ほどが経ったある
日。可愛らしい水色のローブに白い小花の刺繍をした涼
しげな恰好のスピカは、今日もちくちくと針を動かして
いた。
黙々と熱中しているのがアルトは面白くない。
「――スピカ」
「……」
声をかけてみるも気づかれてすらいなかった。
むぅっとなったアルトだが、メリッサのケーキ屋が定
休日なので、スピカのために甲斐甲斐しく世話をして
いた。
スピカは仕事に没頭すると寝食を忘れる癖はまだ治
っていなかったのだ。
アルトが仕事に行っている間、昼食も朝食も取らな
かった事が判明し、スピカが長時間アルトにお説教さ
れたのは一週間ほど前だ。
「だって、私料理出来ないし」
「練習してよ!!」
「アルトの料理がいいんだもん」
このようなやり取りがあり、朝食とお弁当を作っ
てからアルトはこれ以降出かけるようにしたのだっ
た。
拗ねたように唇を尖らせ、期待するように上目
遣いをされたら完敗だろう、とアルトは思ったと
いう。
スピカが言葉もなくただひたすらに針を動かし
ているのがアルトには少し寂しかった。
チクチクチクチク。……チクチクチクチク。
スピカの針を動かす音だけがその場に響く。
やがて、糸を鋏で断ち切るような音がすると、
スピカはふうと息をついて、アルトが入れた
アイスティーになりつつある紅茶を飲み干した。
「……ぬるい」
「スピカが早く飲まないからです!!」
むぅと頬をふくらまされたので、アルトもムッ
として叫んだ。こちらはきちんと温かいお茶を
彼女のために入れたのだ。
こちらの落ち度のように言われて困る。
が、スピカは釈然としないような顔をしながら、
仕上げた服を袋に仕舞おうとしていた。
どうやら手こずっているようだが。
魔法をたびたび使うせいか、スピカはあまり器
用な方ではない。
それなのに何故か針仕事は上手いけれど。
「……アルト、入れて」
仕方ないと言いつつも、アルトは服を袋に
仕舞った。スピカはぐちゃぐちゃにしていたの
で、きっちりと服を畳んでからである。
それが終わると、スピカはなおも布と糸と針
を取り出して縫おうとしたので、さすがにアル
トはその手を取った。
スピカがパッと赤くなり、手に持っていた作
業道具を落としてしまう。
「あ、アルト……!?」
「少し休憩にしようよ。僕、スピカと二人きり
で出掛けたいな。珍しく誰も来ていないし……」
いつもなら、友人達が押し掛けたりする時間
なのだけれど、今日は誰もが忙しいのか訪ねて
は来なかった。
こんなチャンスはしばらくないかもしれない。
「お弁当作って……あ、メリッサが置いていっ
たケーキもまだあるよ」
「行く!!」
メリッサのケーキにまだ勝つ達が出来ない事
を悔しく思いつつも、彼はスピカの好物を利用
して出掛ける事を承諾させた。
スピカはとてとてとゆっくり部屋に入ると、
しばらくの後にいつもはツインテールにしてい
る白い髪をほどき、腰のあたりまで垂らしてい
た。
それだけのことなのに、アルトには彼女が妙
に大人びて美しく見える。
神秘的という言葉は、彼女のためにあるので
はないかと心から思った。服はアルトが以前褒
めた、桜色の可愛らしいローブになっていた。
「アルト、行こう」
「可愛いね、スピカ。よくにあってるよ」
以前言った言葉を彼女に言うと、からかうな
と軽く胸のあたりを叩かれた。
その顔は耳まで真っ赤になって、まるで火を
噴きそうなほどだ。
アルトは少し笑ったけれど、それ以上は何も
言わずにたくさんの料理を詰め込んだお弁当の
バスケットを持ち直した。
和やかな二人きりの時間が過ぎて行く。
アルト達は何もしなくても、ただ座って見つめ
合うだけで幸せだった。
バスケットも開けられ、色とりどりのサンド
イッチや、焼いて辛めのソースをつけた鶏肉、
水筒に入れた温かいスープなどを
二人は笑顔で平らげた。アルトは食後のデザ
ートはチョコケーキ一個しか食べなかったけれ
ど、スピカはアルトが持ってきた全てのケーキ
を一人で食べてしまい幸せそうな顔だった。
「スピカ、キスしてもいい?」
「いちいち、聞かないで」
食べ終わった後、アルトは彼女の白い手を取
りながら耳元で囁いた。
スピカはそっけなく返しながら恥ずかしそう
にうつむく。
しかし、拒絶はしなかったので、アルトは彼
女の背に手を回し、彼女を自分の方に引き寄せ
た。
さらに恥ずかしがって目をそらすのが可愛ら
しい。アルトは彼女の桜色に染まった唇に自分
の唇を重ねると、深い深い久しぶりのキスをし
た――。
今回は珍しくスピカとアルトが二人っきりで過ごす時間
になっています!
まあ、オリオンとリリアがいるのですが、デートの時は
二人だけだった感じです。
こういう感じに二人のラブラブも少しずつ書いて行きた
いですね!