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魔女と使い魔のバタバタな日々  作者: 時雨瑠奈
命を狙われる魔女
3/35

少女は魔女を憎悪する

 使い魔となった少年、アルト=ハルメリアの朝は、

マスターである、スピカ=ルーンを起こす事

から始まる。

 スピカはひどく寝起きが悪い。部屋の戸を叩いても

起きない。大声を出しても起きない。

 揺すっても、薄目を開け、また寝てしまう。

そんな彼女を起こす事は不可能かと思われたが、

彼には秘策があった。

 朝早く起きて焼いた、まだほかほかのチョコレートの

蒸しパンの皿を持っていくと、ぱちり、と彼女は覚醒

した。

 寝ぼけ眼が彼の眼を捕える。アルトは赤くなった。

……可愛い。

「誰……? あー、アルトか。おはよう、アルト」

「あっ! ちょっと待ってください。そのまま起きたら

あぶな――!!」

 彼女の身長よりかなり高く作られた寝台から、

スピカの体が落下した。ギョッとなって身を堅くする

アルト。

 が、彼が受け止めようと近づく前に、スピカは謎の

呪文を唱えて宙に浮いていた。

「私が魔女だって事、忘れていた?」

 にっこりと微笑まれ、アルトは脱力した。

危ないじゃないですか!という怒りを込めて叫び

たかったけれど言い負かされるような気がして結局

黙り込む。

 素早く草木染めの黒いローブに着替えたスピカは、

もぐもぐと蒸しパンを頬ぼっていた。

 いつものツインテールに結われた雪のように白い

髪には、やはり今日も星の髪飾りがきらめいていた。

「スピカさん、ちゃんとミルクも飲んでくださいよ! 

 蒸しパンを喉につまらせますよ!! サラダもスープも

残しちゃ駄目ですからね!!」

 アルトの声が飛ぶと、スピカはうっとうしそうに眼を

すがめた。彼女はあまり指図されるのが好きではない。

「うるさい奴が一人増えた」

 それでも、砂糖をたっぷり入れたホットミルクを飲み、

甘目に作られたポテトサラダと、細かく刻まれた野草の

塩気が濃いスープをたいらげた。

 目を見開き、味を楽しむ。

アルトは日々家事の腕の才能を開花させていた。

 料理も昨日より上手くなっている。

少し汚れていた館も、つるつるピカピカに磨かれていて、

起きぬけの目には少し眩しい。たまっていた洗濯物が、

ひらひらと外ではためいていた。

 この子にしてよかったかもしれない。

スピカは口には出さない物の、そう思い始めていた――。


「今日出かけるから」

「はい?」

 食事を終えた後、いきなりスピカはそう言った。

すっかり目が覚めたらしく、魔術で取り寄せた草の選別を

開始している。

 これは彼女の日課だった。薬を頼まれる依頼は多いので、

お得意さんの物は頼まれなくてもいくつか用意するのだ。

 ごりごりと草をすりつぶし始めたスピカに、アルトは

驚いて聞いた。スピカは聞こえなかった?、ともう一度

口を開く

「き、聞こえてます。聞こえてますけど、いきなりどうし

たんですか? 何かありました?」

 スッと白い手が差し出された。アルトの手も白いが、それ

以上に、まるで日の光など浴びた事がないような、病的な

白さだった。

 そこにはピンク色の可愛らしい封筒があった。

紙はかなり上等で、王家の紋が押してある。

 アルトは一瞬スピカの肌の青白さに心配そうな顔をした

けれど、何を言っていいのか分からずに結局手紙を

大人しく受け取った。

「レティがお茶会をするって。リイラも行くらしいから、

君もよかったら、どう?」

「行きます!! ……あの、でも、それ、モラン王家の

紋章です、よね? レティってまさか……」

 さすがに元貴族の息子なので、紋章を見た事があるの

だろう。こくり、とスピカは頷いた。

「そう。レティーシャ・エルト・モラン。モラン王家の

姫」

 言った後で、あ、とスピカが叫んだ。

同時に、紅い目でじろりと睨んでくる。冷たい氷のような

瞳に、ひっ、とアルトは身を縮めた。

 一体どうしたのか、と彼女の手元を覗き込むと、薬草を

すりつぶしすぎたらしく、器に入ったハーブが緑色の

液体と化していた。

「君が話かけるから」

「僕のせいなんですか!?」

 怖い顔で睨まれ、アルトは泣きそうになった。

明らかに自業自得の結果なのだが、スピカは責任転嫁

していた。

 舌打ちしつつ呪文を唱えて薬草を元の状態に戻す。

「元に戻せるんじゃないですか!」

「これは疲れるからあまりやりたくないんだ。何より、

また最初からやるのがめんどくさい。あーあ、君の

せいだ」

「酷いですよ、その言い方!!」

「使い魔は黙ってて」

 カッとアルトが怒りで赤くなった。

確かに自分は使い魔だ。彼女と契約したのだから。

 でもこの言い草にはちょっとムッとなっていた。

「使い魔にも人権いや、使い魔権をください!!」

「何それ」

 くっ、と魔女は笑みをこぼした。ムッとなりながらも、

あまりに可愛らしいのでアルトはうつむいた。

 アルトが何故自分の主人はこんなに可愛いのかと呻いて

いると、次の瞬間。ドンドンドン!と戸を叩く音がした。

「ちょっと! 誰もいないの~!!」

「リイラ」

 スピカはふわりと術を使って空中を飛んで行くと、

すぐに戸を開けた。彼女の親友、ブルネットの長い

髪をした少女リイラ=コルラッジはにっこりと大人びた

笑みであいさつした。

「ひさしぶりね、スピカ。今まで来れなくてごめんね」

「ううん、いいよ。おばあさんは元気?」

「うん! スピカの薬がよくきくのよ!! ……あ、

この子が使い魔君?」

「アルト=ハルメリアです」

 ぺこり、とアルトは頭を下げた。リイラが自己紹介を

する。感じの良さそうな人だな、とアルトは思った。

「リイラ=コルラッジよ。スピカとは幼馴染なの。

よろしくね、アルト」

「あ、はい、こちらこそ」

 アルトは小さく首をかしげた。こちらを見ていたハズの

スピカの目が、何故か嫌そうにすがめられている。

 さっきまでご機嫌だったはずなのに。

「スピカさん、どうしました?」

 スピカはアルトとリイラの間に入ると、キッと彼女を

睨んだ。いきなり抱きしめられアルトの顔が真っ赤に

なる。

「リイラ。これは、私の使い魔だぞ」

 私の、を強く強調しながらスピカは言った。

はたから見れば、嫉妬をしているようにも見える。

「別に、所有権を主張しなくても取らないわよ? 

 あ、ひょっとして、スピカ、ヤキモチ?」

「違う!!」

 ヤキモチと聞いてアルトはかなり期待したが、違う!と

叫ばれて落ち込んだ。そうだよね、違うよね、とぶつぶつ

呟きながら。

 うつむいていたので、彼は気づいていなかった。

スピカの小さな耳が微かに赤く染まっている

のに――。


 すっかり無口になったスピカの、古びた箒に飛び乗り、

彼らは王都シュザリアへとやってきた。

 住民街を通ると石を投げられるとスピカが言うので、

遠回りして商店街へと行く。シュザリアは結構大きくて

綺麗だった。実はアルトは元はここで暮らしていたの

だったけれど、しばらく来ていないのでなんだか新鮮な

気分になっていた。

 そこで魔女は機嫌を直した。

シュザリアの商店街ではいろいろな物が売られている。

その中でスピカが見つけたのは、万人受けしがたいような、

不気味なぬいぐるみや、奇妙な形の宝飾品だった。

「本当に趣味が悪いんだから」

 アルトは目を丸くしたけれど、リイラは慣れているのか

呆れたように肩をすくめただけだった。

 リイラのグチを聞き流し、スピカが商品を一つ手に取った、

その時だった。

「魔女、スピカ=ルーン、覚悟っ!!」

 凛とした少女の声と共に、いきなりの白刃が彼女を襲った。

スピカがよけると、舌打ちと共にたくさんのナイフが投げ

られる。

 魔女は全てをよけきり、さらに少女の手の中にあるナイフを

全部叩き落とした。

 魔女に抑えつけられ、少女はじたばたと暴れる。

「兄の敵! 今こそ殺してやる!!」

 びくっ、とその言葉に反応したスピカの力が緩んだ。

その隙を逃さず、上手く抜け出した少女は、エメラルドの

はめられた高価そうな短剣を構え、憎々しげに叫んだ。

 可愛らしい珊瑚のような二つ結びにされたピンクの髪が

乱れ、同色の瞳はぎらついていて魅力が半減して見える。

 本来は可愛らしい少女なのだろうが、今の彼女は殺意を

秘めていて少し怖い印象だった。

「絶対に許さないんだから!!」

「君の兄は、悪徳高利貸しで、多くの者に恨まれていた。

だから殺しただけだ」

「確かに……」

 少女は今にも泣きそうに顔を歪めた。兄が悪事を働いていた

事は知っていたのだろう。

「兄はあくどい事もしていた! でも、あたしには優し

かった!! 虫けらみたいに、殺されていい訳が

なかった!!」

 スピカの体が小さく震えた。その顔が悲しみに染まったのを、

アルトは見逃さなかった。

 が、それを上手く打ち消し、彼女は少女を睨む。

ギラリ、と紅い目が怪しく光った。

「ならば、兄と同じ所へ送ってやろう」

「スピカ!!」

「――駄目ッ!!」

 手のひらから雷の玉を取り出した彼女は、思いがけず大きな

声で怒鳴られて目を見開いた。彼女の名を呼んで、止めようと

していたリイラも同様である。

「これ以上、傷つかないでください。あなたは、人を殺すたびに

自分も傷ついているのでしょう!? もう、やめてください」

 スピカの顔が少女と同じになった。

底知れない悲しみが、彼女の心を支配していた。

 ふっ、と火花を散らしていた雷の玉も消滅した。

「逃げましょう、スピカさん!! リイラさん!!」

 スピカの手を取り、アルトが駆け出した。リイラが後を追う。

少女は咆哮するように叫んだ。

「逃げるのか、卑怯者!! あたしは、絶対に諦めない

からな!!」

 泣きそうな気持ちになりながら、スピカは自分の過去を思い

出していた――。


 スピカが初めて殺した相手は、自分の父と母だった。

悪魔と取引をした後、教会の神父とその妻は娘を化け物

呼ばわりし、殺そうとした。スピカは、恐怖した。

 今まで自分を愛してくれていた相手が、武器を持って襲い

かかってきたのだ。

 スピカは頭が真っ白になり、本能が告げるまま両親を、

変化させた爪で引き裂いた。

 生きていた人間を、ただの肉塊に変えた。

気づいた時、スピカは血の海で倒れこんでいた。

 肉塊を胸に抱いたまま。変化してしまった紅い目で、

リイラの姿を茫然として見ていた。

 ……スピカが悪魔と契約する際に渡す事になった

代償は、≪両親の愛情≫だったのだ。

 その後、彼女は一時期心をなくしたかのように、人を

殺しまくっていたのだった。命乞いも、涙も、彼女の心を

溶かすことはなかった。

 その中の一人が、あの少女の兄だった。

人は私を悪魔的というが、本当は違う。

 私は夜叉なのだ。生きていてもしょうがないのだ。

そう思っていた彼女を救ったのは、魔法の全てを教えて

くれた師匠だった。

 スピカは人を殺すのをやめた。森に館を建て、そこに

引きこもった。

 レティとリイラだけが、彼女を恐怖の対象として見な

かった事から、二人と仲良くなった。

 が、人を殺さないという事が免罪符になる訳はない。

遺族の憎しみや悲しみが消える事はない。

 もう、殺した相手は還ってなど来ないのだ――。

 今回はちょっと重いお話になって

しまいました。スピカがアルト達と

お出かけ中にいきなり少女に襲撃

されます。スピカの過去が今回

明らかになりました。

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