魔女は暗殺者の少女に助けられる
自分をかばってくれているのは、明らかに
自分を敵だとして襲ってきたあの
少女だった。名前はディオナ=コーラル。
どうして彼女がこんな事をしたのだろう。
「誰だ、貴様は!? お前も魔女か?」
「こんな奴とあたしを一緒にするんじゃ
ないわよ!!」
ディオナが小さな体を震わせて吼える。
びくっ、とスピカは身をすくめた。
ディオナの目は異様にぎらついており、
少し怖いほどだった。
「あたしは魔女なんかじゃないわ!! 肌も
焼けてないんだから、見てみなさいよッ!!」
ディオナは肩をはだけさせると、必死で魔女で
ない事をアピールし始めた。
幼いとはいえ少女がそんな行動をして来たので、
男達は目をそらしつつ「もういい」と返した。
ディオナは鼻息も荒く服を正して白い肌を隠す。
「ふんっ、分かったらいいのよ!!」
スピカは訳が分からなかった。
彼女はいまだに憎々しげに男達とスピカを睨み
つけている。
その視線に、親しげな色は一欠片たりとも
なかった。
だが、少女の態勢は明らかにスピカをかばっていた。
偶然でかばえるものではない。それに、どうしてここに
いるのかも分からなかった。
どうして自分をかばったりなどしたのだろう。
敵だと、殺してやると常日頃から言っていたのに。
彼女の珊瑚を思わせるピンク色の髪が、兎の耳の
ように風になびいていた。
同色の目で彼女はスピカを睨みつける。
「勘違いするんじゃないわよ!! スピカ=
ルーン!!」
「え?」
「あんたを助けたんじゃないからね!! あんたを
殺すのは、私なのよ!!他の誰にも敵を譲ったり
しないわ!!」
ドンッと力を込めて突き飛ばされ、スピカはよろ
よろとその場を後退した。キッと怒りを込めたような
瞳が再び睨む。
「早く行きなさいよ、殺されたいの!?」
スピカは素早く身をひるがえした。
ありがとう、という言葉は胸に秘めて走り出す。
この少女には、今は聞きたくない言葉であろうから。
「待て、この魔女め!!」
「させない!!」
スピカを追いかけようとした男の一人に、ディオナの
蹴りが炸裂した。
男はディオナが人間であると知っているので、手を
出す事が出来ずにスピカが消えていくのを悔しげに
見つめていた。
(そうよ、私はあいつをかばったんじゃない。敵を取ら
れては困るもの。だからとりあえず助けただけよ。それ
以外のなにものでもないわ)
ディオナは自分に言い聞かせると、キッと目の前の男
達を睨みつけていた――。
スピカは息を切らせながら走っていた。
魔女狩りが始まった今では、馬車に乗る事も出来ない
だろう。
万が一にも乗れたとしても、その馬車の御者に降りた
後で通報されるか、馬車が襲われるかのどちらかだろう。
箒さえも失った今としては、スピカはただ走るしか
なかった。
幸いにも、ここには教会の使者はいない。
頬を真っ赤に染め、呼吸を荒くし、ただ彼女は走るだけ
だった。
走れるだけ走ると、スピカは体力がつきかけてきたので
少し休憩を取る事にした。
今は誰もいないので構いはしないだろう。
「ふう……疲れた」
のどがカラカラでお腹も空いたけれど、残念ながら水も
食料も持ってはいなかった。
くううううっ、とお腹から音が鳴る。
ぎょっとなって周囲を見たものの、誰もいないので
安心した。
「少し、やばいかも……」
そう思った時だった。
獣の悲鳴のようなものが聞こえて来たのだ。
気がつくと、スピカは森にほど近い場所にいた。
あてどもなく歩いているうちに、いつの間にかそんな
場所に立ち入っていたようだ。
スピカは慌てて声のした方向に近づいた。
すると、腹を空かせた魔物が獣、というか動物を襲って
いるではないか。
スピカは軽い炎の術で魔物を追い払い、動物を助けた。
普段はこんな事をしない。
腹が減ったら動物も魔物も死ぬ。
それが分かっているから手は出さない。
だが、悲痛な悲鳴が聞こえたのでつい助けていた。
スピカは一旦魔物に近づいて果物のような物をあげると、
抱き上げた動物と共にそれを食しながら歩き出した。
みずみずしく美味しい果物である。
たくさんあるので喉の渇きもいやされ、お腹も
いっぱいになった。
「お前、名前なんて言うの?」
「~~~」
動物はスピカの言葉に、その動物特有の言語で語り
かけた。
スピカは頷き、動物をなでる。その動物は長い耳を
していた。
ウサギ、というのに特徴が似ているが、尻尾はかなり
長いので違うだろう。
「そう、リリアっていうのね。お前、女の子なの。親や
兄弟は?」
「~~~」
「そう、はぐれたの。一緒に来る?」
「~~~」
「うん、分かった。一緒に行こうね」
ウサギに似た動物、リリアを抱きながら、スピカは
ゆっくりと歩き出した。
森の中ならば、追手も来にくいだろう。
それに、食料が大量にあるのでちょうどいい。
スピカはそこでふと思い出して笑ってしまった。
「変なの。私、少し前までは一週間とか、何も食べ
なくてもお腹なんか空かなかったのに」
研究していたら後は飢えなんかどうでもよかった。
さすがに水分は取っていたが、リイラが来ない時には
何日も食べない日が続いたのに。
それが変わったのは、アルト=ハルメリアが来てから
だった。
彼は決して食べない事を許さず、いつ何時でも三食
作ってくれていた。
アルトの事を思い出すと、胸がひどく傷む。
目から涙をこぼし始めたスピカに、リリアはなぐさめる
ように鳴き始め、涙をなめた。
「泣かないで、って言ってくれてるの?ありがとう……」
新たに出来た相棒に微笑みながら、スピカはしばらく
泣いた――。
今回、暗殺者少女コーラルが
活躍しました。そして、スピカに
新たな仲間が登場です。
シリアスパートが終わったら、
またほのぼのパートも書くので、
シリアス苦手な方はすみません。