使い魔は魔女を追いかける
扉を蹴破る音がその場に響き渡った。
メリッサ=ウォーカーは一瞬肩を震わせ
たが、やがてキッと顔を上げると、入って
来た男と対峙した。
黄色の輝きを宿した瞳が、意思の強さを
現してさらに強く輝く。
「ここに何の用かしら? ここはただの
店よ。営業妨害で訴えられたいの
かしら?」
「客は一人もいないだろう」
男はにやりと口元を歪めていた。
その目にあるのは、狂気。メリッサは底知れぬ
恐怖と必死に戦っていた。
でも、逃げる訳にはいかない。
ここは自分の店なのだ。
「失礼なこと言わないでくれます? いつもは
もっと客がいるのよ」
「魔女がここにいるだろう? 早く出せ」
男はメリッサの言葉にも耳をかさず、どこを
見ているのか分からない目で一方的に言った。
メリッサは半分嘘で半分本当な事を言い
返してやった。
「魔女はここにはいないわ。スピカ=ルーンは、
ここにはいない」
「お前使い魔か?」
「私は使い魔じゃないわよ!!」
そう叫んだものの、彼女は冷静ではいられ
なかった。ここには魔女の使い魔がいる。
アルトがこちらに来ない事を祈るばかり
だった。
「妖しいな……これでもくらえっ!!」
「きゃああっ!!」
メリッサは悲鳴を上げた。いきなり液体を体に
かけられたのだ。それは、おそらく聖水だろう。
メリッサの肩にかかったそれは、服ごしでも
かなりの効果があり、彼女の肌を焼いた。
否、とかしたのだ。聖水は、魔女と使い魔に
対してかなりの劇薬になる。
「う……あああ……」
メリッサはあまりの痛みにうずくまった。
男はそんな彼女を蹴り倒し、胸倉をつかんで
引き立てる。
「お前、魔女だな? 殺してやる!!」
片手で出されたナイフが彼女に迫る。
メリッサは悔しげに顔をしかめたが、覚悟を
決めて目を閉じた。その時である。
「やめろっ!!」
叫んだのは、アルトだった。投げつけられた
調理器具が男の手に当たり、ナイフが落下する。
「メリッサ、逃げて!!」
隣にいたリイラが、男に飛び蹴りをくらわせて
その上に乗っかって手首をひねりあげた。
メリッサはよろめきながら立ち上がる。
「この、小娘が……!!」
力が足りず、すぐにリイラは突き飛ばされて
しまった。だが、キッと睨みつけて彼女は叫ぶ。
「殺せるもんなら殺してみなさいよ、私は人間よ。
あなたたちに人間が殺せるの?」
男は憎々しげに彼女を睨みつけたが、手を
出そうとはしなかった。
教会や村の魔女狩りの人間は、魔女達以外には
手を出してはいけないという掟があるのである。
リイラは教会の娘の知り合いであったので、それを
覚えていたのだった。
「逃げてメリッサ!! このままじゃ殺されるわ!!
ここは私が守る!! 教会の奴らには手出し
させないわ!!」
アルトはどちらに加勢したらいいのか迷っていた。
その隙をついて、男が聖水を彼に投げかけてくる。
「冷たい!!」
メリッサと男とリイラの目が大きく見開かれた。
アルトは正真正銘スピカ=ルーンの使い魔である。
一方的に契約を反故にする事は出来ないから、彼は
まだ契約を遂行中のはずだった。
なのに、聖水に彼は反応しなかった。
彼の指一本でさえ溶かすことはできなかったのだ。
「アルト、あんたって何者なの?」
「……ぼ、僕にもわからないよ。どうしてこんな事に
なったんだろ!?」
アルトは混乱して頭をかきむしった。
と、謎の声が彼の頭に響いてくる。
〝坊がスピカの使い魔かや? わらわはスピカ=ルーンの
名付け親にして師匠じゃ。あの娘に会いたいのならば、
わらわの言った通りにするのじゃ〝
「あなたがスピカの名付け親?」
この声はアルトにしか聞こえていないらしかった。
驚いたような顔でリイラが見ている。
「アルト、誰と話しているの?」
〝坊、スピカの妹弟子を連れて外に出るのじゃ。あの娘の
言ったことは本当じゃから気にすることはない〝
一瞬何の事か分からなかったが、思い出して合点が
いった。
メリッサとスピカは姉妹弟子である。
スピカの妹弟子とは、メリッサの事に間違いなかった。
「リイラ、ここは頼んだよ、メリッサ来てっ!!」
戸惑う彼女の腕を引っ張ると、アルトはそのまま外に
飛び出した。男は追ってこない。
うまく、リイラが足止めしてくれているのだろう。
「どうしたっていうの、アルト!! いきなり何
なの!?」
〝妹弟子にこう言うがいい……。星の魔女の名の
もとに〝
「えーっと、星の魔女の名のもとに……」
そのまま言うと、メリッサの顔が驚愕の色を示した。
目から零れた涙が、地面に落ちて消えていく。
「師匠……」
メリッサはもう何も聞かずにアルトについて行った。
アルトも無言で歩き続ける。疲れても疲れても歩き
続けた。
愛しい少女に、スピカに会うために。
その間、スピカ達の師匠からの連絡はなかった。
だから、二人はひたすらまっすぐに進んでいた。
体力が続く限り歩き続け、ついに二人はへたり込んで
しまう。
今日はここで野宿をするしかないだろう。
宿に泊まるにしても金はないし、教会からの連絡が
行っていたら困る。
「メリッサ、ごめんね、もう少し早く来ていれば、君は
怪我をしなかったかもしれない……」
アルトは涙目でメリッサを見ていた。否、実際には
メリッサの火傷の痕を見ていた。
「何言ってるの、助けてくれたじゃない。あんたがいな
かったら、私は死んでいたわ」
メリッサは本能的な恐怖で身を震わせた。彼が間に合わ
なかったら、確実に自分は死んでいた。
その事が、今更ながらに怖かった。
「スピカは、今どこにいるのかしら?」
「分からない……。でも、スピカの師匠がまた連絡を
くれると思う……」
二人はたまたま持っていたチョコレートを半分に割って
食べ、その日はそこで眠りに就いた――。
今回久々にアルトとリイラに
活躍してもらいました。アルト、
主人公のはずなのに最近活躍の
場がなかったような……。
いや毎回出てはいるんですが。