魔女は男に騙される
スピカ=ルーンは、いきなり現れた貴族の
坊っちゃん、エトワール・クロウ・リルアラの
登場に驚いていた。
「どうした、スピカ?」
「どうしてあんたがここに?」
「質問を質問で返すのは俺好きじゃな……
ごきゃぐっ!!」
渾身の力を込めたパンチがエトワールの顔に
めりこんだ。変な声上げた後、彼はのたうち
回っている。
「それで、私に何の用?」
「お前に協力しに来たんだ」
「私に協力?」
不審そうにスピカは眉をひそめた。自身でも
気がつかぬ内に、小さな拳を握りしめている。
随分と嫌われたものだな、とエトワールは
思った。
まあ、一方的に好意を押し付けて、というか
ぶつけてきていたので、彼には悪いが嫌われて
当然だろう。
それに、アルトをボコボコにした時の事を、
魔女は執念深く覚えていた。
「なにの見返りも求めずに? それは話がうま
すぎない?」
「見返りはあるさ」
そう言うと、さらにスピカの警戒心が強まって
行った。じりじりと後ろに下がっていく。
子猫を相手にしているような感覚に、エトワールは
小さく苦笑していた。
毛を逆立てた猫のように、スピカが威嚇し始める。
「見返りって、何?」
「お前が幸せになる」
スピカの目がまんまるに見開かれた。口がOの
形になる。エトワールが近づいたが、逃げようとも
しなかった。
「好きな女には、幸せになって欲しいんだよ。たとえ、
結ばれるのが、オレじゃなくてもな」
「因果な性格だね」
「だろう? だからかな、オレはふられてばかりさ。
一度も、好きな相手に答えられた事はない」
何でもない事のようにエトワールは言ったけれど、
その微笑んだ顔の奥には強い悲しみがあるように、
スピカには感じた。
だから、スピカは彼を邪見にしたりしなかった。
彼の想いには答えられそうにない。でも、今だけは
彼の想いに素直に向き直ろうと思った。
「ごめんね……」
「わかってたさ。あんたが、オレを見ていない事に。
だから、見ないふりをしていた。でも、それも今日で
終わりだ」
スピカは自分から彼に近づいた。そっ、とその背に
手を回す。今度は、エトワールが驚く番だった。
「おい、スピカ、なんだよ!?」
「罪ほろぼし……」
スピカの顔には、聖母のような笑みが浮かんでいた。
体はとても小さいのに、心はかなり大きかった。
小さな体は、母のように温かかった。
「もう一度、言わせてくれないか? オレをふってくれ。
それで、諦めがつく」
「いいよ……」
エトワールはそっ、とスピカの体を突き放した。
勇気を奮い起して彼女の手を取り、口を開く。
「スピカ=ルーン。オレは、この世で一番あんたが好きだ」
「ごめんね、私は、あなたと付き合えないよ。好きな人が
いるから……」
スピカはもう一度エトワールを抱きしめた。
彼は抵抗しない。スピカのしたいようにさせていた。
「また会いに来るよ。今度は、友達としてそばにいさせて
欲しい。それならいいよな?」
「うん!!」
スピカはようやく彼を解放し、にっこりと笑った。
五分後、スピカはエトワールに作ってもらったお菓子を
食べながら、作戦会議をしていた。
彼は以外にお菓子作りが上手かった。
どうしてか聞くと、知り合いのケーキ屋に入り浸っている
からと答えが帰ってきた。
一口食べて、知り合いが誰なのかを知る。
その味は、『占いカフェ・カッサンドラ』の味と似ていた。
悔しいぐらい美味しい味は、彼女の好きな味である。
チョコレートのムースをスプーンですくいながら、スピカは
彼女の顔を思い出して落ち込んだ。
アルトが、楽しそうに話していた人。ケーキ作りが上手い人。
アルトが、赤くなって照れていた、人。
「まずかったか、オレのケーキ!?」
ギョッとしたように味見をしだす彼に、スピカは小さく
笑った。
「ケーキはすごくおいしいよ。だけど、あの人のことを
思い出して悲しくなったの」
「ああ、あいつか」
「アルトは、本当にそこにいるの?」
「ああ……」
スピカは入れたばかりの紅茶のカップを落としそうになり、
エトワールが慌てて受け止めた。あちあちあち、と悲鳴が
上がる。
ちなみに、今日の紅茶はハーブティーだった。
スピカが入れたものだ。料理はからっきし駄目な彼女だが、
何故かお茶は入れるのは上手かった。
「気をつけろ、スピカ!!」
「ごめん……」
エトワールはカップをスピカの前に置き、ため息をついた。
メリッサ=ウォーカーのことを想うと、彼も悲しみを
禁じえなかった。
彼女は自分を「息子の友達」としか見ていない。
告白したこともあったが、「あたしもあんたが好きよ~」と軽く
返され、落ち込んだのはつい最近のことだ。
「どうしたの?」
なんでもない、と言い返し、エトワールはフォークをケーキに
突き刺した。一度に大きい塊を持ちあげ、一口で食べる。
行儀が悪かったが、スピカは小さく笑うだけで注意はしな
かった。
メリッサが見ていたら、げんこつの一つは落としただろう。
本当は甘い物なんて好きでもなんでもなかったけれど、今は
苦い味を感じたくはなかった。
「……で、作戦の話をするぞ」
「うん……」
「あいつはかなり独占欲が強くてな、アルトは一歩も外に
出してもらえないんだ。頼っていったものの、アルトも
困ってると思うぜ」
ペラペラと出てくる嘘に、エトワールは自分にサギの
素質でもあるのかな、と思った。イリアスの方が、もっと
嘘はうまいと思うが。
ずっと好きだった女性の息子となる羽目になり、それでも
笑顔を作っているのが上手いイリオスだし。
「それで、私はどうすればいいの?」
「アルトを取り返す。アルトへの思いを彼女にぶつけて戦うんだ。
あなたより、私の方がアルトを愛してる、みたいな、事を
言ってな」
スピカは顔を真っ赤に染めながらも、コクリ、と首を縦に
振って了承を示した――。
騙されている事を一切知らず、スピカは
エトワールの計画に乗ろうとしています。
本当はそんな事してないんですけどね~
メリッサ。次回、物語が少し動きます。