使い魔は協力者を得る
アルト=ハルメリアは、ケーキ作りを手伝っていた。
手元など一度も見ていないのに、ちゃんとそれらしい
物が出来ているのは、才能だろう。
アルトは何も考えたくない一心で料理をしていた。
考えたら泣きたくなる。もう、恥も外聞も捨てて
泣き喚くのは嫌だった。
と――。
「アルト、もうそのくらいでいいんじゃないの?」
『占いカフェ・カッサンドラ』の店主、メリッサ=
ウォーカーの低い声が飛んだ。いつもは優しげな彼女
なのでアルトはびっくりする。
「え!?」
「――チョコケーキばかりそんなにいらない」
「あ、ご、ごめんなさい!!」
アルトは赤くなって下を向いた。アルトが作っていた
のは、全てがチョコレートケーキだったのである。
これでは、誰の事を考えているのかバレバレだった。
チョコレートは、スピカの好物なのだから。
「はっきり言って迷惑なんだけど」
厳しく言われ、さらにアルトは落ち込んだ。けれど、
いいよいいよ、と言われるよりはいたたまれなくない。
「一度帰りなよ。ごちゃごちゃ悩むから、こんなことに
なってるんでしょう?」
「嫌です!! 帰りたくない!!」
「いつまでも、ここにいる訳にはいかないんだよ!!」
正論を言われ、アルトは黙りこんだ。
彼女に迷惑をかけているのは事実であり、わがままを
言っているのは、自分の方だった。
メリッサは間違っていない。
「逃げてばかりじゃ、何も変わらないよ!!」
「っうううううっ!!」
その時、客が来たのでメリッサはすぐに出て行って
しまった。アルトは何も言い返せず呻くばかりだ。
「あら、あんた、久しぶりじゃない!! うちの子は
いないの?」
弾んだような声が聞こえて来て、アルトは首を
かしげた。
親しそうな口調は、よほど近しい者だと思わせる。
「あんたにも紹介したい人がいるのよ、さ、入って
ちょうだい。ほら、イリオスも早く!! あ、
いらっしゃいませ、レティ様」
レティ様!? イリオス!? アルトはギョッとなり、
慌てて隠れようとしたが、時すでに遅し、だった。
メリッサはすでに扉を開けている。
笑顔を浮かべているエトワール・クロウ・リルアラと、
俺はいいです、と彼に手を引かれて抵抗をしているイリ
オスと、きらきらと目を輝かせたレティーシャ・エルト・
モランが入って来た。
アルトとエトワールの目が合い、あっ、と二人の声が
かぶる。
「なんであなたがここにいるんですか!?」
「それはこっちのセリフだ!! 何でメリッサの店にお前が
いるんだよっ!!」
「あんたたち、知り合いなの?」
きょとん、としたようにメリッサが聞いてきた。
二人が知り合いだと知らなかったらしい。
レティがしたり顔で、説明を始めた。
「あのね、エトワールはスピカが好きなんだよ!! そしてね、
アルトとは恋のライバルなの!!」
「れ、レティ様!!」
慌ててエトワールが叫んだ。彼女は意味が分かっているのか、
いないのか、くりくりとした目をパチパチさせていた。
「ふう~ん、あんた好きな人いたのね」
「う、うるせえな、余計なお世話だ!!」
「あら、可愛くないこと!! あんただって私の息子みたいな
物なのに」
その時、エトワールの顔が一瞬だけ悲しみを染まったのを、
アルトは見た。イリオスが尖った声で彼女に言う。
「母さん、用ってなんですか、私は忙しいんですが」
「か、母さん!?」
アルトがびっくりして聞き返し、イリオスに冷たい目で睨まれた。
かなりの違和感があったのだ。イリオスとメリッサは、そう変わら
ない年に見えた。年は聞いていないので、本当の所は分からないが。
「本当の母ではありませんよ。父が再婚したんです」
「そうなんですか、すみません」
ちょっと来い、とエトワールに引っ張られ、アルトは別室に連れ
込まれた。何度も来ているらしく、彼は勝手知ったる他人の家、と
いった感じだった。
「あんまり、あいつにメリッサの話させるなよ」
「どうしてですか?」
「あいつは、元々メリッサが好きだったんだよ。俺もだけどさ」
「結婚する前、ですよね」
「そうだ。だから、あいつはここにいつかないんだよ。俺はいつでも
来てるけどな」
「……そうですか」
うつむいたアルトに、エトワールはここからが本題だ、と言った。
アルトはごくり、と唾を飲む込む。
「お前、スピカが好きなんだろ?」
「な、なななななんで知ってるんですか?」
「落ちつけよ。お前の態度見りゃ、誰でもわかるっての」
「それがどうしたんですか」
アルトはひどい暴行をされた事を思い出し、臨戦態勢を取った。
苦笑しながらエトワールは言葉を返す。
「協力してやろうって言ってんだ、ひとまず座れ」
「協力!? あなたが!?」
「ああ」
「それで、あなたにメリットがあるんですか?」
すっかり警戒しているアルトに、さらにエトワールは苦い笑みを
浮かべた。何もしないという事を示すために、少し後ろに下がる。
「メリットっていうか、俺は好きな女には幸せになって欲しい物
だからな」
「……わかりました」
彼の悲しみが見えた気がして、アルトは彼の提案に乗る事に
したのだった――。
エトワールは始め嫌な奴のつもりで
書いたのですが、何故かだんだんいい人
になっていきました。
これから彼が活躍してくれる予定です。