魔女は一人涙する
スピカ=ルーンは泣いていた。
一人で、使い魔少年、アルト=ハル
メリアを想って泣いていた。
告白された彼女は、今までとは違う
関係になるのが怖くて、彼をふって
しまったのだ。
都合がよすぎるとも思う。でも、どう
しても怖かった。今は、心からあれは間
違いだったと気づいているけれど。
彼の事が心から好きなら、恐怖など
感じてはいけなかったのだ。
「アルト……」
「スピカ!! ケーキ買ってきたわよっ、
一緒に食べよう? と、あれ? アルトは?」
親友のリイラ=コルラッジが館にやって来た。
スピカは彼女に抱きつき、力の限りに泣き叫んだ。
リイラはいつもはクールぶっている親友が泣き
ついた事に困惑していたが、仕方がないわねとでも
言いたげな顔になると彼女を抱きしめ返した――。
「落ち着いた?」
十分後、リイラにピンクの花模様のハンカチを
差し出され、スピカは腫れあがった目で頷いた。
並べられた大量のケーキを次々と食べていく。
が、いつもよりペースはかなり遅かった。
「何があったのか、話してくれる?」
「ん……」
スピカは紅い目でしっかりとリイラを見つめ、
口を開いた。その目はひどく悲しかった。
「アルトに、告白、されたの」
「え……」
リイラは目を見開いた。スピカがアルトを愛して
いるという事を、彼女は知っていた。
なのに、彼女の顔は悲しそうだった。
「OK、しなかったの……?」
スピカの手が止まった。カラン、と銀のフォークが
お皿の上で音を立てる。返事はなかったが、その態度が
肯定を物語っていた。
「どうしよう、リイラ……私、アルトに、使い魔として
しか見れないのか、って聞かれて、うん、って言っ
ちゃった……」
「どうしてそんなこと言ったの!?」
「怖かったの、今までと違う関係っていうのがすごく
怖かった……」
黙ってリイラが立ちあがった。びくっ、とスピカが
身をすくめる。殴られると思ったのかもしれない。
しかし、リイラは殴ったりなどしなかった。
変わりに彼女の顔を覗き込んで言った。
「勇気を出さなきゃ、アルトとは結ばれないわよ」
「わかってる、わかってるけど!!」
「自分で考えなさい。私は協力できないわ。アルトと
恋人になるのか、そのままアルトを使い魔として接する
のか、選びなさい」
リイラの声は、いつもの優しいものとは違い、かなり
厳しかった。彼女が自分で考えなくては意味がない。
リイラは自分の主観をスピカに押し付けるつもりなど
なかった。
「ただし、そのまま使い魔として彼に接するのならば、
アルトを解放してあげた方がいいわ。彼は、あんたを
女性として愛しているのだから」
アルトが、いなくなる……。私の目の前から……。
頭から冷水を浴びせかけられたかのように、スピカの
顔から血の気が引いて行った。
紅い宝石のような目に、涙の粒がにじむ。
「じゃあ私、帰るわね」
リイラがそう言ったのにも、スピカには聞こえていない
ようだった。すすり泣くような声が聞こえて来て、彼女は
気遣わしげな目を向けたが、何も言わずに館から出て
行った――。
スピカは泣いて泣いて泣きまくった。声がかれるまで、
大声を出して喚いた。それが終わると、顔を冷水で洗って
立ち上がった。
ここでいつまでもこうしていたって始まらない。
スピカはアルトへの想いを考えた。少し前は、彼は自分の
使い魔、さらに言えば自分の所有物でしかなかった。
だけど、今は違う。スピカはアルトを愛してしまった。
一人の少年として、男として。
彼を想うと胸が痛んだ。彼が、他の女の子と楽しそうにする
のが嫌だった。それが、たとえリイラでも。
そう思うと、最初から自分は気付かなかっただけで、アルトを
好きだったのかもしれない。
アルトは今、どこにいるのだろう。あの人の所へ行ったの
かもしれない。自分とは正反対のあの人。
大人っぽくて、アルトも彼女といると楽しそうだった。
私といる時よりも。負けたくない、と彼女は思った。
アルトを本当に理解し、愛しているのは、自分だ。それは彼女
ではない。
決して彼女ではない。いや、彼女ならば嫌なのだ。自分
でないと。
「アルト、戻ってきて……」
使い魔なんてやめてもいい。私のことを好きじゃなくても
いい。だけど、アルトがそばにいないなんて、嫌だった。
「戻らないなら、お前が迎えに行ったらどうだ、スピカ」
「エトワール!?」
いきなり館に入ってきた、貴族の少年の姿に、彼女は
大きく目を見開いて凍りついた――。
アルトに使い魔としてしか
見れないと言った事を後悔し、
リイラにすがって泣くスピカ。
しかり、リイラはそんな彼女を
突き放して――。
次回か次々回に貴族のお坊ちゃん
エトワールが活躍します。