夢と現実の境界線 春野天使編
大変遅くなりましたが^^;、「企画小説」グループ小説の第八弾です。「グループ小説」で検索をかけると、他の作家さん達の素敵な作品を読むことが出来ます。
彼女が駆けてくる。ストレートの艶やかな黒髪を、微風になびかせて……。
春の日だまりのような、柔らかい笑みを浮かべる、まだあどけない少女の君。長いまつげの下の潤んだ瞳で、じっと僕を見つめる。僕だけのスクリーンの中で、彼女の顔が間近に迫る。
彼女は瞳を潤ませ、僕に向かって何か言っている。ふっくらとしたピンク色の唇だけが動いて、何と言っているのかは分からない。何て言ってるんだろう?
──……笠井……。
どこからか、耳障りな声が聞こえてくる。小さいが、低くて野太い声。
──笠井、笠井!
段々と声は大きくなり、僕の心地よい眠りの邪魔をする。眠り? 僕は眠っているのか? これは夢? また、あの夢?……。
「笠井清隆!」
強烈な罵声で、僕の眠りは一気に覚めた。気がつくと、口の端からズルッとヨダレが垂れていた。
「は、はい?……」
寝ぼけ眼で僕は体を起こす。禿げたオヤジ、いや担任の沢田と目があった。今は授業中だった。僕の間抜け面と沢田の怒りで真っ赤になった顔に、クラス中が爆笑する。
「廊下に立っとれーっ!」
沢田が声を裏返らせて怒鳴る。今時、廊下に立たせるような罰を言いつけるのは、沢田くらいだ。前の席で親友の悟史が、憐れむような笑いをこらえるような顔をして僕を見ている。
ま、いいか。廊下に出れば眠気も覚める。ちょっと寒いけどな。
立春を過ぎ、ぽかぽか陽気の窓際で居眠りしていた後だけに、寒さが堪えるかも。
それにしても、またあの夢を見た。クラスメイトの萩原さよりの夢。
「けど、担任の目の前でよくあんなにグーグー眠れるよなぁ」
昼休みの教室で、悟史は笑いながら僕に言う。
「ほんと、幸せそうな顔して眠ってたぜ。お前にも見せてやりたかった。よっぽど良い夢見てたんだろうな」
そりゃそうさ……あの萩原さよりの夢だもの。僕はチラリと斜め前のさよりの机を見る。彼女は今日も休んでいた。
「何々? さよりの机なんかじーっと見て。まさか、夢にさよりが出てきたとか?」
悟史はからかいながら、僕を見てニッと笑う。
そのまさか──。最初の頃は僕も嬉しかった。なんてったって、クラスメイトの萩原さよりは十四才にして売れっ子モデル。ハッとするほどの美少女で、思わず生唾を飲み込むほどのスタイルの良さ。担任の沢田だって、さよりの前ではメロメロ。エロおやじと化している。
けどねぇ、こうしょっちゅう夢に出てこられると、落ち着かないんですけど。
ここ一週間、僕は毎晩さよりの夢を見ている。夜だけじゃなく、ちょっとうたた寝した時もだ。
「そう、さよりの夢……」
僕はフーと息を吐いて、肩を落とした。
「マジかよ! すげぇな!」
僕の気持ちとは裏腹に、悟史は楽しそうだ。
「で、どんな夢? さよりどんな格好してた? お前等二人で何してたんだよー!」
悟史は頭の中で妄想を膨らましている。
「二人じゃない。出てくるのはさよりだけだから」
僕は冷静に答える。
「白っぽいふわふわした服かな? 服はよくわかんない。すぐにアップになって顔しか見えなくなるから」
「アップって? なんかやけに詳しいな」
「今日で七回目だもん、さよりの夢。しかも、いつも同じパターン」
「はぁ?……」
悟史は不思議そうな顔して僕をじっと見る。
「何だよ……確かにさより美人だけど、僕のタイプじゃないんだけど」
「おおーっ! お前クラス中、いや学校中、いや日本中の男子敵に回したな。さよりってブレーク寸前なんだぜ。今度新しいCM撮ったって聞いたし」
「へぇ、そう」
出来るだけ平静を装って、そっけなく答える。
「なんか、つまんねぇ奴。けど、もしかして」
悟史は僕をチラッと見て、腕組みする。
「何?」
「絶対ありえねぇみたいな話だけど……もしかすると、さよりがお前に気があるのかもな」「え?……」
「どっかで聞いたことあるんだ。夢の中に現れた異性は、好意をもっているから夢に出てくるんだって。つまり、お前の夢にさよりが出てくるのは、さよりがお前を好きだからだよ」
「は?……普通反対じゃないの?」
ずっと相手を心に思っているから、夢に出てくるんじゃないのか?
「や、違うって。夢の相手の方が惚れてるんだってよ」
「……?」
僕は思わず黙り込む。さよりは、小学校高学年の頃からモデルの仕事をしていた。ティーン向けのファッション雑誌の仕事が多いらしい。最近では段々仕事も増えてきて、その分学校は休んだり早退することが多い。
同じクラスでも、会うこともあまりないし。まして、まともに話したこともない。
けど、斜め前の席で、あのほのかに香ってくる長い黒髪。時々僕の方を見て、ころころと笑う笑顔が印象的だ。僕の方を見て笑うのは、授業中の天然ボケキャラがおかしいからだろうけど。
あの笑顔は素直に可愛いな、とは思った。いつもよりリラックスしているようで……もしかしたら、僕だけに見せる特別な笑顔とか? ばかばかしい。
「な、訳ないだろ」
危うく悟史に乗せられるとこだった。
「だよな」
もうちょっと突っ込んでくるかと思ったら、あっさりと悟史も認めた。何だよ、その気にさせといていきなり落とすのか? 僕はフーとため息をついた。ま、あのさよりが僕に気があるなんて、あり得ないよな。
跳ぶようにさよりが駆けてくる……。透き通るような真っ白いショールを羽織って。 あぁそうそう、白いレースのショールだ。この前は思い出せなかった。
天女の羽衣みたいだなぁ……。白いワンピースが風になびく。
「……」
僕に近づいて来たさよりは、じっと僕を見つめて何か言っている。なんだか僕はドキドキしてきた。やっぱ可愛いよな、さより……。思わず笑みがこぼれる。
──君。清隆君。
ん? 誰かが僕を呼んでいる。沢田みたいな野太い声じゃなくて、高くて澄んだ綺麗な声だ。
「清隆君」
ビクンとして、僕は目を覚ました。え? え? ここどこ? 規則正しく揺れる電車の音がする。あ、そうだ。帰りの電車の中だ。ヤバイ、また眠ってた。
「清隆君」
「はい?」
頭上で響く澄んだ声の方へ顔を上げ、僕は死ぬほどビックリした。
「萩原さん!」
さよりだ。ついさっき夢で見ていたさよりが、現実に目の前に立っている。
「気持ち良さそうに眠ってたね」
さよりは、屈託のない笑顔で僕を見下ろす。信じられない。何でここにさよりが? じわじわっと僕の頬が熱くなるのを感じた。
「え、あの……どうしたの、萩原さん?……」
胸のドキドキを抑えて、僕はようやく彼女に聞いた。
「今仕事の帰り。今週は忙しくて、学校に行く時間もないの」
「そう……」
僕は、さよりの笑顔が眩しくて、おずおずと下を向いた。悟史にはタイプじゃないって言ったけど、やっぱさよりは綺麗だな……。他の子とは違う。なんていうか、オーラがあるっていうか。
「清隆君は、ブラックとミルクどっちが好き?」
「えっ?」
突然のさよりの質問に、僕はドキリとして顔を上げる。彼女は、さっきと同じ穏やかな笑みを浮かべている。こんなにも近くでさよりの笑顔を独り占め出来るとは! これ、正夢かな? あの夢よりずっと良いじゃないか!
「チョコレートの話。ね、どっちが好き?」
「チョ、チョコレート?……」
僕の胸が大きく脈打った。この時期、チョコレートって言えば……。も、もしかしてバレンタインデイのチョコのこと? え? なんで僕に尋ねる?
「ぼ、僕はブラックがいいな」
頭の中かなりパニクっているが、必死で冷静な風をして答える。ちょっと噛んだな。
「そ、ありがと。楽しみにしててね」
「えっ?……」
今何て? それって、僕にチョコをくれるってことですよね? ポカンと口を開けたまま、僕はしばらくさよりを見つめていた。
「じゃあね」
電車が駅に着き、さよりは天女の笑みをたたえたまま、軽く手を振り電車から降りていった。さよりの姿が見えなくなっても、僕は茫然としてさよりの消えた方向を見つめていた。
これは、夢じゃないよな。頬をつねってみたりする。
「現実だよな?」
小さな痛みを頬に感じたまま、僕の顔は自然にほころびてくる。僕にもようやく春が来たか! しかも、その相手があの萩原さよりだなんて! ここが車内じゃなければ、飛び上がって叫びたい気持ちだった。
もうバレンタインが嫌いじゃない。
毎年、義理チョコしかもらえないバレンタインデイが大っ嫌いだった。けど、今年は違う。さよりからチョコをもらえるんだ! しかも、本命チョコかも!
「フン、今年は悟史に自慢してやる」
バレンタインデイを間近に控えた休日の街を、僕は一人歩いていた。どこを見回してもラブラブなカップルだらけ。親友の悟史も今日は彼女とデートだ。なんでだか、あいつは昔からよくもてる。
いつもなら、一人で休日の街を歩いてると、惨めな気持ちになってくる。あぁ、でもこれで僕にもようやく彼女が出来るんだ。春を思わせるようなうららかな日差しを浴びて、僕の心は弾んでくる。
昨夜もさよりの夢を見た。いつもと同じあの夢。さよりが何を言っているのかは、聞こえなかったけれど。
「清隆君が・好・き」
って、言ってるような口の動きに思えた。そんな事を考えると、自然に顔がにやついてくる。あぁ、春だよなぁ。いいなぁ春って。鼻歌でも歌いたい気分だ。
交差点の信号待ち。前を歩くカップルがイチャイチャしながら腕を組んでいても、全然むかつかない。僕にはさよりがいるからな。
信号が青に変わり、人の波に押されるように歩き出す。晴れた空の青空が眩しい。心地良い少し冷たい二月の風。目の前には白くそびえるビル。大きなビルの壁面には、何かのCMの映像が映し出されていた。
その正面のビルを何気なく見ながら、横断歩道を半分近く渡った時。
突然、CMの映像が変わった。晴れた緑の草原。白い服を身にまとった少女が駆けてくる。ふわっと白いワンピースの裾が翻って……。
「えっ?」
僕は立ち止まり、食い入るようにその映像を見つめた。白い天女の羽衣? 黒い髪をなびかせ、駆けてくる一人の美少女?
「これって……」
度アップになった少女の顔。潤んだ瞳で僕を見つめる。
『ブラックとミルクどっちが好き?』
さよりの声は聞こえなかったけれど、画面に大きく文字が映し出される。そして、バレンタインのチョコレートは○○製菓……。
「……」
軽い目眩を覚え倒れそうになった。
「これだったのかっ……」
信号が変わり車のクラクションで我に返った僕は、慌てて横断歩道を走った。
バレンタインデイ。
久しぶりに学校に来たさよりに、僕はチョコレートをもらった。一枚一枚赤いリボンで飾られた○○製菓の板チョコ。
「はい、清隆君はブラックね」
いつもと変わりない笑顔で、さよりは僕にブラックチョコを渡した。
「あ、どうも……」
僕は出来るだけ平静を装って、さよりからチョコを受け取る。さよりは袋の中からチョコを取り出し、もう次の奴に笑顔を向けていた。
「オー、清隆」
教室の隅で悟史がチョコを持って手を振る。彼奴はミルクチョコだった。
さよりは、女子も含めたクラスメイト全員に、○○製菓のチョコを渡したのだ。そりゃ、自分が出てるCMのチョコだもんね……。
僕はガックリと肩を落とし、悟史の方に歩いていく。彼奴は彼女や他の女子からも本命チョコをもらっていた。
バレンタインデイなんか、大っ嫌いだーっ! 心の中で絶叫する。
そう言えばさよりのあの夢。毎晩続けて見た夢を、いつの間にか見なくなっていた。夢と現実の境界線が、はっきりと引かれたって訳かな?……。 了
読んで下さってありがとうございます!
あらすじは去年から出来てたんですが、なかなか書く時間がありませんでした。ずっと保留にしてましたが、書き始めたら一日で書けました〜
他の皆さんの作品に比べてとっても軽いです。^^; 軽い気持ちで楽しんでいただけたらと思います。バレンタインが近いこともあって、バレンタインもからめました。
ブラックチョコとミルクチョコどっちが好きですか〜?(^^) 私はどっちも好きです。




