蜂蜜より甘い恋
「三葉地(みつばち)さん! 僕と付き合ってください!」
香(かおり)の前で男子生徒が頭を下げて手を差し出す。
「ごめんなさい」
香は軽くお辞儀をして断りを入れる。
「うう……」
男子生徒はうなだれる。
「はい、次ー」
彼方(かなた)はそんな男子生徒をさっさとはけさせる。香の前には、ずらりと行列ができている。全て、香に告白しようとする男性だ。
それが、彼方と香の日常。
この世界には異性を惹き付けるフェロモンを持つ女性が存在する。彼女達は『クイーンビー』と呼ばれ、日々苦労している。
なんせ面識の無い男性から毎日毎日告白をされ、女性からはやっかまれ、時には危険な目にもあう。
けれど、政府はそんな彼女達になんの対策も保証もしてくれないから、自分の身は自分で守るしかないのだ。
香はそんなクイーンビーの一人だ。幸い、彼女には幼なじみの彼方が護衛役を買って出てくれたので、日々をほんの少し平和に暮らせている。
彼方はクイーンビーのフェロモンに耐性を持っており、香を前にしても正気を保っていられる。
「やっと終わった……」
香はがっくりと肩を落とす。
「次は昼休みな」
「やだあ……」
彼方の言葉に香はさらに肩を落とす。
彼方はいつも香と一緒だ。学校に頼み込んで、クラスは同じ、席は隣、体育は彼方が香が体育をする姿を見学する。
もちろん登下校も一緒どころか、彼女の母親が家に帰ってくるまで一緒に宿題をしたり遊んだり家事をしたりする。なんなら夕飯も一緒に食べる。
「あ~……わかんねぇ……」
「これはね、ここを……」
端から見れば恋人同士だ。けれど、彼らは付き合っていない。
「ただーいま~」
「お母さん、お帰り!」
母親の声に香は反応する。
「今日はカレー作ったよ」
「お、ありがとう~」
母親は香の頭を撫でる。香は、えへへと笑う。そんな顔は母親か彼方にしかしない。
「ん~! 香のご飯は世界一だね~」
母親は美味しそうにカレーを頬張る。
「彼方も手伝ってくれたんだよー」
「お、いつもありがとね」
「うす」
彼方は母親にぺこりと頭を下げる。
香の母親は彼方の師匠だ。彼女は空手の有段者であり、ずっと彼女を守ってきた。
父親は……香が幼い頃に離婚した。
彼は香を襲おうとした。自分の娘を。
幸い、素早くそのことに気づいた母親が父親をぼこぼこにして事なきを得た。そして離婚届を突きつけた。
香は自分のせいだと嘆き悲しんだ。けれど、そんな香を母親は優しく抱き締め、
「あいつの自制心が足りなかっただけ。香は私の自慢の娘よ」
そう言った。香はわんわん泣いた。
夕飯を食べ終わり、後片付けを終えると、彼方は香を母親に託し、自分の家に帰る。
香はいつものように彼方を見送る。でも、その様子はいつもとは違っていた。
「彼方……」
「なんだ?」
「私……彼方のことが好き」
「俺も好き」
香は焦れったそうに言う。
「そういう意味じゃなくて……」
彼方は黙る。
それはライクじゃなくてラブの方。香が彼方を好きになるのは自然なことだろう。しかし……。
「俺は……お前とは恋人になれない」
「なんで!」
香は思わず声を荒げた。彼方はぽつりぽつりと話す。
「俺は他の奴らと同じなんだよ。身勝手に香を好きになって、身勝手に香を好きなようにする。だから……駄目なんだ」
「彼方……」
彼方は香に背を向ける。
「護衛は今まで通りするから心配すんな」
そう言って歩き出した彼方は香が見えなくなると、手を握り締めた。
翌日、二人はいつものように登校していた。……いや、いつものようにとはいかない。ギクシャクしていた。
気まずい沈黙を破ったのは、とある男だった。
「彼女を渡せー!!!」
「!」
その男は鉄パイプを持って彼方に殴りかかってきた。
過激派。そう言われる男達がクイーンビー界では存在する。クイーンビーの女性を自分のものにする為に手段を選ばない男達。暴力、恐喝、監禁……あらゆる犯罪に手を染めることをいとわない。
普段の彼方なら即座に対応できていただろう。しかし……昨日のことを引きずっていてワンテンポ、動きが遅れた。
「くそっ……!」
彼方は最悪を逃れる為に頭を左腕でかばった。
ボキィ……!
嫌な音がした。痛みに顔をしかめる。だが、もう遅れは取らない。彼方は安全靴で男の鉄パイプを蹴り上げ、そのまま首を刈って頭を叩きつけた。男はのびたようだった。
「全治三ヶ月ですね。安静にしててください」
彼方は病院で医者からそう言われた。
そして、彼方が怪我をした噂が広まり、過激派が動き出した。
彼らは毎日のように彼方達を襲撃する。彼方は左腕骨折というハンデを抱えながら戦った。彼方の方が圧倒的に強い。しかし、そのハンデは彼方へ着実に怪我を増やしていく。
心配する香に彼方は
「大丈夫だ」
と応えるばかり。
そんなある日、彼方達は複数の過激派に囲まれた。彼方は応戦するが、腹を蹴られ、顔を殴られ。
香は震えながら呟いた。
「もう……もういいよ……」
彼方に向かって叫んだ。
「もうやめて!! 私のせいで……彼方が傷つかないで!!」
彼方は過激派の一人に蹴りを入れてのした後に香以上に叫んだ。
「好きな女一人守れないで何が男だ!!!」
香は驚いた。
「かな……た……?」
彼方は叫びながら過激派に反撃する。
「たとえ結ばれなくても!! それでも!! そいつの幸せを願うのが!!」
過激派の最後の一人に彼方は渾身の一撃を食らわせた。
「男ってもんだろうがああああ!!!!!」
激しい戦闘の後、彼方は肩で息をしながら香の下へやって来た。
「怪我はねぇか……?」
「それはこっちの台詞だよぉ……」
香は泣きそうになりながら彼方の胸に顔を沈める。
「香……?」
「ねぇ……私、やっぱり彼方が好きだよ……」
「それは……」
香は顔を上げ彼方を見る。
「彼方は他の人と同じじゃない……。身勝手なんかじゃないよ……。だって、ずっと、ずっと私のこと守ってくれてる……。だから私は……」
香の目から涙が零れ落ちる。
「彼方が好きなんだよ」
「香……」
二人は、どちらからともなく顔を近づけ……キスを交わした。
それから、二人が付き合ったという噂が広まった。噂とはすぐ広まるものだ。
それでも香に接触しようとする者はいたが、彼方の威圧で諦めるようだ。過激派の接触も近頃は無くなった。
「ねぇねぇ彼方! 今日はクレープ食べたい!」
「ん、良いぞ」
二人のイチャイチャぶりに、悔しがる者、呆れる者、いろいろいた。
この恋路には試練がたくさん訪れるだろう。でも、きっと大丈夫。
蜂蜜より甘い恋には誰も勝てないだろうから。




