2 攻防
〜 day 1 ぬいぐるみ作戦 〜
「はると。一緒に寝るよ」
「なんで当たり前のように僕の部屋にいるの」
「ちゃんとノックして入ってきたじゃん」
「ノックして0.1秒で扉開けたよね。僕が返事する前に入ってきたよね。ノックの意味を辞書で引いてきてください。というわけでゴートゥーハウス」
「私が何かに抱き付かないと眠れないの知ってるでしょ?ちょうどお気に入りのぬいぐるみを洗濯してたからチャンスだなって」
「チャンス」
「はると」
「なに」
「もし私が兄に抱き付かないと眠れない体質だったらどうする?」
「病院に連れてく」
「冷たい」
「医学の力を信じてるだけ」
とうかは小さくため息をつく。
「仕方ないな」
「何が」
「今日は腕だけでいいよ」
「妥協した感じで条件を呑ませようとするな」
「兄の腕を枕にするだけ」
「それもダメ」
「ケチ」
「普通」
「じゃあこうする」
そう言って、とうかは僕のベッドにごろんと横になった。
「電気消して」
「自分の部屋で消して」
「はるとの部屋がいい」
「なんで」
とうかは枕から顔だけ出して、少し笑った。
「だってはるとの隣、落ち着くし」
「……」
「ぬいぐるみの次に」
「それは複雑」
もちろん妹に欲情するわけなかった。
〜 day 2 ささやかな抵抗 〜
今日僕はとうかと映画館に来ている。「家族愛」というブラコン気味の義妹が兄の結婚を機に気持ちに整理をつけ、違う人と結ばれていく───といった内容の漫画が原作になっている映画を観に。
映画館を出てしばらく歩きながらとうかに声をかける。
「いい映画だった。やっぱあれこそ正しい家族愛だよな」
「……本当につまらなかった。ポット出の女に兄を盗られるなんて本当に愚か。私だったら兄が結婚する前に外堀を埋めて私以外の選択肢を奪う。──全ての初めてを私が貰うために」
「……今初めての恐怖を貰いました」
逆効果だったかもしれない。
「いやでもさ」
僕はなんとか軌道修正を試みる。
「最後、妹が兄の背中押して送り出すシーン良かったじゃん。ああいうのが大人っていうか──」
「理解できない」
即答だった。
「どうして自分から負けに行くの?」
「負けっていうか卒業っていうか」
「兄はトロフィーじゃないから譲り合うものじゃない」
「例えがおかしい」
とうかは腕を組みながらぶつぶつ言う。
「そもそも兄が他の女と結婚する展開がありえない」
「世の中には普通にあるんだよ」
「兄が浮気したらどうするの」
「誰の話をしてるの」
「映画の話」
「映画の話だよね?」
とうかは少しだけ考える顔をしてから言った。
「……でも」
「?」
「もし兄が本当に誰かと結婚するって言ったら」
一瞬だけ、いつもの強気な声が弱くなる。
「私は──」
そこで言葉が止まった。
数秒の沈黙。
「……どうするんだろ」
「……」
珍しく自信なさそうだ。
僕は軽く笑って言う。
「安心して」
「?」
「そんな予定ないから」
「……」
「そもそも僕モテないし」
「それは違う」
「違うの?」
「私が全部排除してるから」
「怖い」
とうかは少しだけ笑った。
「……でも」
「?」
「さっきの映画の妹」
「うん」
「最後まで、兄のことちゃんと好きだったよね」
「そうだね」
「……」
とうかは少しだけ空を見上げてから言った。
「私だったら」
「うん」
「絶対に渡さないけど」
「結局そこなんだ」
〜 day 3 妹襲来 〜
書店でのアルバイト中のこと───
「らっしゃいませーってとうか!?」
「いらっしゃいました。この書店の平均顔面偏差値を上げに」
「いや本当に何しにきたんだ」
自分の顔に対する自信凄いんだよなこの娘。
実際可愛いし、可愛くなるための努力も怠っていないので当然モテる。モテすぎてナンパ対策として普段からマスクとサングラスをしているくらいだ。1ミリでいいから顔面力を分けて欲しい。
「何かおすすめの本はありますか。店員さん」
「…ちょうどありますよ。今映画化もしてて大ヒットしてる『家族愛』っていう作品なんですけど」
「この『義妹結婚』って本面白そう」
「なんでおすすめの本聞いたの?てか本当に何をしに来たの?意図が分からなくて兄さん怖いです」
わざわざ学校から離れたところでバイトしているのに、なんでここに来たんだ。
「はるとの彼女として彼氏のバイト先に他の女がいないか偵察しにいくのは義務みたいなものでしょ」
「僕に彼女はいないし、とうかに彼氏はいないよ。目を覚ましてそれぞれの未来に向かって歩いていこう。お出口はあちらです」
「あと15分で退勤だよね?外で待ってるから一緒に帰ろ」
「なんで僕のシフト把握してるの」
「兄のスケジュールを把握するのは妹の基本スキルです」
「そんなスキルは存在しない」
そう言った瞬間──
ピンポーン
店の入店チャイムが鳴った。
「あ、いらっしゃいませー」
反射的に接客モードに切り替える。
入ってきたのは僕と同じ高校の制服を着た女子高生二人組だった。
(……頼む、気づくな)
僕はこの書店をバイト先に選んだ理由がある。
学校から遠いからだ。
クラスメイトにバレるのは普通に恥ずかしい。
しかし──
「ねえ、あの店員さんってもしかして──」
(やめろ)
「え、ほんとだ」
(やめろやめろ)
その瞬間。
隣で静かに本を眺めていたとうかが、すっと僕の腕を掴んだ。
「……なにしてるの」
小声で聞く。
「彼女アピール」
「やめろ」
「安心して。兄妹アピール」
「もっとやめろ」
女子高生2人組が小さな声で何かを話している。
(晴翔くんって彼女いたの!?)
(しかも相手の女の子すっごい可愛い!)
(これは明日の井戸端会議の議題に決定だね)
何か取り返しのつかないことが起きている気がする。
自慢じゃないが僕の嫌な予感は外れたことがない。
しばらくして2人組が出て行き、僕はこれから先の未来に頭を抱え深くため息を吐いた。




