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悪役令嬢、断罪後の終わらない晩餐 ~食あたり死から始まる異世界フードファイト~  作者: 南蛇井


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第5話「聖職者の混乱と胃袋伝説」

第1幕:教会の動揺

王都の中心、黄金の塔を貫くようにそびえる大聖堂。

その奥深く、燭台の炎が揺れる円卓を囲んで、聖職者たちは眠れぬ夜を迎えていた。


議題はただ一つ。

――“断罪の儀”で起きた、前代未聞の奇跡。


司教マルドは震える手で報告書を握りしめた。

「断罪の聖炎が……食われた、だと?」


ミルディアが、白い法衣の袖を握りしめながら頷く。

「はい。確かに見ました。

 彼女の胃袋が炎を吸い込み、そして……香ばしい匂いに変えました。」


静寂が落ちた。

神官たちは互いの顔を見合わせ、次の瞬間にはざわめきが広がる。


神官A「それは……神罰ではなく、神の加護では?」

神官B「いや、暴食の悪魔が力を授けたのかもしれぬ!」

神官C「どちらにせよ、常識の枠を超えておる!」


マルドは頭を抱えた。

聖典のページを乱暴にめくり、古い一節を指でなぞる。


「……まさか、“胃袋の聖痕”伝説が現実に……?」


その言葉に、空気が一変する。

ミルディアが顔を上げた。


「胃袋の……聖痕?」


マルドは頷き、重々しく語る。

「古代の創食神――バルガスト。

 かつて飢えに苦しむ世界に“食を与える器”を遺したとされる。

 それが《胃袋の聖痕》だ。

 神の炎を喰らい、命へと変える……“創食”の象徴。」


沈黙。

燭台の炎がぱちりと音を立てた。


神官のひとりが小声で呟く。

「では……断罪の儀で現れたあの光と香り……あれこそ神話の再来……?」


マルドは静かに首を振る。

「……まだ断定はできぬ。だが――」

彼はミルディアをまっすぐに見た。


「もし本当に“聖痕”が蘇ったのだとすれば、

 あの娘――暴食令嬢リョウコ=ササキーナは、神の器かもしれん。」


その言葉に、ミルディアの瞳が揺れた。

あのとき、炎を吸い込んだ少女の笑顔が、脳裏に蘇る。

――恐れではなく、喜びを宿した笑顔。


“食べたいです”と、言い切ったあの少女の声が。


ミルディア(心の声)


「……あれが、罪人の顔に見えたでしょうか……?」


外では夜明けの鐘が鳴り始める。

しかし、聖堂の中では誰も眠ろうとしなかった。


――“暴食”が、神話へと変わり始めていた。


第2幕:ミルディアの葛藤


王都の夜は、静まり返っていた。

けれど、大聖堂の最奥――祈りの間だけは、まだ灯が消えない。


そこにひとり、白衣の聖女・ミルディアが座していた。

両手を膝に置き、深く息を吐く。


(……どうして、あの娘に神の炎が届かなかったの?)


彼女の脳裏に蘇るのは、断罪の広場で見た“異様な光景”。

断罪の炎――本来なら罪人を灰に変えるはずの神聖な炎が、

少女リョウコの胃袋に吸い込まれ、香ばしい香りへと変わった。


ミルディア「……神の御業、なの……? それとも――」


彼女の前に置かれた銀の聖皿。

断罪の儀式に使われた“聖なる器”だ。

皿の底には、ほんのわずかに焦げた跡。

近づけば、パンが焼けたような匂いがする。


ミルディアは思わず目を閉じた。


(……罪の匂いのはずなのに……なぜ、こんなにも“救い”に似ているの……?)


その瞬間、彼女の心に芽生えたのは恐れでも怒りでもなく、温かい混乱だった。


彼女は祈りの姿勢のまま、静かに問う。


ミルディア「――創食神バルガストよ。

 もしあの娘が“胃袋の聖痕”を持つ者だというのなら……

 私は、いったい何を信じればいいのですか?」


答えはない。

ただ、香ばしい風が教会の窓を揺らした。


その香りはまるで、

「信仰」と「食欲」の境界線をやさしく溶かすようだった。


第3幕:王都に広がる噂 


朝の王都は、パンとスープの香りで満ちていた。

けれどその日の香りは、いつもより少しだけざわついていた。


露店のパン屋の前――焼きたてのパンを並べながら、老婆が声を潜めて言う。


「聞いたかい? あの“暴食令嬢”が、炎を食べたって話。」


買い物かごを抱えた女が目を丸くした。


「ええ、聞いたわ。

 しかもね、食べたあと、周りの人が“お腹いっぱい”になったって!」


通りすがりの魚屋が割って入る。


「はっ、そんな馬鹿な話――……

 でも、昨日のうちの干物、ひとりで売り切っちまった客がいたらしいぜ。

 “聖女リョウコに供えるため”だってさ。」


「リョウコ様? 聖女だって?」


「そう、“暴食の聖女”――いや、“胃袋の奇跡”とか呼ばれてるらしいぞ!」


笑いながらも、誰もその話を完全には笑い飛ばせない。

それほどまでに、飢えの国で「食べる」という行為は切実だった。


――そして噂は、瞬く間に広がっていく。


パン職人が祈る。

「どうか、あの娘の胃袋に祝福を。」


農夫が願う。

「この畑にも、あの奇跡の香りを。」


子どもたちは空腹を忘れ、パンの欠片を分け合いながら叫んだ。


「ぼく、リョウコさまみたいに食べたい!」

「わたしも、“おかわりの奇跡”起こすんだ!」


――その日、王都に新しい言葉が生まれた。


それは“断罪”でも“罰”でもなく。


ただ、希望の匂いを持つひとつの噂。


「暴食令嬢、食べるたびに世界を満たす。」


そして、誰も知らなかった。

その“胃袋の奇跡”が、やがて王国の運命すら飲み込む物語になることを――。


第4幕:ミルディアの決意

大聖堂の鐘が、朝靄の中で静かに鳴った。

その音を背に、聖女ミルディアは祈りの手を組む――いや、決意の手を。


司教マルドは、机の上の古びた書を閉じながら低く問う。


「……行くつもりか、ミルディア。」


ミルディアはゆっくり顔を上げた。

その瞳には、断罪の夜に見た**“パンの光”**が映っている。


「はい。彼女を追います。」


マルド「……あれは神ではない。

 あの女は、食を穢す暴食の器――」


ミルディア「――それでも。」


声が震えた。けれど、その震えは恐れではなく、祈りのような熱だった。


「彼女が“悪”だと言うなら、私は自らの信仰で確かめます。

 そして……もし“神の使い”なら、その真をこの目で見るまでです。」


マルド司教は深く息を吐き、老いた手で額を押さえた。


「……危険だぞ。あれは、人の理を超えている。」


「だからこそ、放っておけません。」


ミルディアは静かに祭壇に歩み寄る。

その手には、断罪の儀に使われた焦げ跡の残る聖皿。


皿に顔を寄せると、微かに香ばしい匂いが残っていた。

パンの焦げた香り――それはなぜか、涙を誘うほど優しい。


「……あの光は、神罰ではなく“救い”だったのかもしれない。」


司教の呼び止める声を背に、ミルディアは白い外套を羽織る。

外はまだ夜明け前、雲間から一筋の光が差す。


「リョウコ……あなたが何者であれ、私は――

 “食べる奇跡”の意味を、見届けに行きます。」


その瞬間、教会のステンドグラスに光が差し、

パンを掲げる天使の絵が、まるで微笑んだように輝いた。


第5幕:伝説の始まり

がたん、がたん――。

流刑の馬車が、夜明け前の街道をゆっくり進む。

荷台の上には皿の山、スープの鍋、そして両手を湯気にあてる少女。


リョウコはふうっと息をついて、

木の椀を口に運んだ。


「……うん、あったかい。」


遠くから鐘の音が聞こえる。

王都で鳴る朝の祈りの鐘――けれど、リョウコにはそれが祝福のように響いた。


鳥が鳴き、風が吹き抜ける。

その風に混じって、焦げたパンの香りがかすかに残る。


リョウコは、ぼんやりと空を見上げて呟いた。


「ねぇ、バルガスト。なんかさ……世界が“お腹すいてる”気がするんだよね。」


バルガスト(声)「なら、食わせてやれ。お主の胃袋でな。」


リョウコは笑う。


「胃袋、神対応だね。」


その笑顔の横で、馬車の後ろに積まれた皿がひとりでに淡く光り始めた。

パンの欠片がふわりと浮かび、再び形を取り戻す。

それを見つけた一羽の小鳥が、翼を震わせながら近づいた。


ちょん、とついばむ。

パンは砕け、光の粒となって風に溶けた。


リョウコはそれを見て、少しだけまぶしそうに目を細める。


「……あ。食べた。」


バルガスト「うむ。小さき命の腹も、満たされたようじゃな。」


パンの香りが風に乗って広がっていく。

その香りを嗅いだ旅人たちは、

「どこかで焼き立てのパンを食べた気がする」と微笑んだという。


それはほんの小さな出来事。

だが――後に語り継がれる。


“その日、流刑の馬車の上で、世界に最初の恵みの光が灯った”

――そしてそれが、“胃袋伝説”の始まりだった。





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