表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、断罪後の終わらない晩餐 ~食あたり死から始まる異世界フードファイト~  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/135

第31話「王都への旅立ち ― 胃袋革命の噂」

東街道を進むこと三日目。

焦げ鍋ギルドの馬車は、丘を越えた先の宿場町へと入っていった。

屋根瓦が少し煤けた古い町だが、井戸の周りには人の笑い声が満ちている。


宿の主人が大声で呼びかけた。

「お客さん方、王都へ行く途中かい? 今、面白い話が出回ってるんですよ!」


リョウコたちが首を傾げると、主人は湯気の立つカップを差し出しながら言った。

「“焦げ鍋の女”が貴族たちの味覚をひっくり返したって噂です。

 なんでも、王都の晩餐会で“焦げたスープ”が大流行なんだとか!」


セイラが、カップの縁に唇を当てたまま眉をひそめる。

「……流行ってるの? 焦げが?」


「ええ、ええ! 『焦げは深みの象徴』だってさ! お偉いさんがこぞって真似してるんですよ!」

主人は笑いながら、自慢げに黒いパンを掲げた。

「これもね、わざと焦がしてるんだ。王都仕込みの“革命パン”ってやつだ!」


ミナが机に突っ伏して吹き出した。

「うわー、早いね流行って。焦げがブランド化してるじゃん!」

リリエはくすくす笑いながらも、どこか不安げに呟く。

「……でも、焦げを飾りにしちゃうのは、ちょっと違う気がする。」


リョウコは黙ってパンをちぎり、焦げの香りを嗅いだ。

確かに香ばしい――けれど、その香りには“必死さ”がない。

ただ形だけを真似た焦げ。

それは、あの村の鍋で見た“生きるための焦げ”とはまるで違っていた。


リョウコ:「……腹が減って焦げを食べたときの味、あの人たちは知らないんだろうね。」


ミナ:「そりゃそうでしょ。あっちは腹じゃなくて名誉を満たす街だから。」


ノクスがテーブル越しに静かに言葉を落とす。

「――王都では、噂が最も早く消化される。

 本物の味が届く前に、“物語”が胃袋を満たすんだ。」


その言葉に、リョウコの手が止まった。

パンの焦げ跡を見つめながら、小さく笑う。


「なら、その“物語の味”も、焦がしてあげなきゃね。」


窓の外では、夕暮れの風に乗ってパンの香ばしさが漂っていく。

それはまるで、これから始まる“胃袋革命”の火種のようだった。

石畳の街道沿いに、小さな宿場町があった。

旅人と商人の声、焼きパンの匂い、昼下がりの陽光。

焦げ鍋ギルドの馬車は、旅の途中でそこに立ち寄っていた。


宿屋の主人は、リョウコたちを見るなり大げさに声を上げた。

「おやまぁ! 王都行きの旅人さんですか! 今ねぇ、“鍋の女”の話で持ちきりなんですよ!」


ミナがスープを啜りながら、目を丸くする。

「“鍋の女”? なんか響きが微妙に怖いんだけど。」


「いやいや! いい話ですよ!」

主人は勢いよく手を振りながら続けた。

「貴族さまの宴会で“焦げ料理”が大流行してるんです! 『焦げは人生の深み』とかなんとか!」


セイラがスプーンを止め、呆れたように眉をひそめた。

「……流行ってるの? 焦げが?」


「そうなんです! 王都のパン屋じゃ、わざと焦がしたパンを“革命パン”って売り出してるくらいで!」

主人は胸を張って笑う。

「おかげで焦げ臭くても怒られなくなりましてねぇ、ありがたい話ですよ!」


リリエが苦笑しながらつぶやく。

「……それ、ありがたいのかな。」


ミナは肩をすくめて笑った。

「いいじゃん、焦げが王都制覇! リョウコ、やったね!」


リョウコはカップを口に運びながら、静かに目を伏せた。

湯気の向こうに、村の人たちの笑顔がふと浮かぶ。

あの夜、焦げた鍋を囲んで笑った人々――

“焦げ”は生きるための味であって、飾るための香りじゃなかった。


(流行は、腹を満たさない……)


彼女は湯気の中で小さく息をつき、そっと呟いた。

「焦げを真似るより、焦げるまで作る方が、ずっとおいしいのにね。」


窓の外では、夕焼けが宿場町を染めていた。

焦げた香りが漂うなか、風が王都の方角へと流れていく。

その風は――やがて“本物の味”を試す都へと届こうとしていた。

夜。

街道沿いの森の外れで、焚き火が静かに燃えていた。

炎がぱちりと弾けるたびに、赤く照らされたリョウコの横顔が揺れる。

昼の喧噪が嘘のように、空は深く、風は冷たい。


ノクスが火を見つめながら口を開いた。

「……王都は、食を“支配の道具”として使う場所だ。」


リョウコは少し目を細める。

「支配、ね。」


「飢えを満たすためじゃない。

 “誰が食べ、誰が作るか”――その序列を決めるための食だ。

 味は、力になる。だからこそ、誰が舌を支配するかが争いになる。」


焚き火の音が二人の間を埋める。

風が灰を運び、暗闇の奥でふっと消える。


リョウコは火の先を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「焦げも、力になるなら――」

彼女は小さく息を吐いて、笑った。

「私は焦がし続けるだけよ。」


ノクスはその言葉に、短く息を漏らすように笑う。

「……やはり、君は危険だ。」


「どうして?」


「“本当の味”を知ってる人間は、権力者にとっていちばん厄介なんだ。」


リョウコは答えず、ただ焚き火の炎に手をかざした。

掌の影が赤く揺れ、夜の中でひときわ鮮やかに浮かぶ。


遠くで、王都の方角に淡い光が見えた気がした。

その光が何を照らすのか――まだ、誰にもわからなかった。

夜明け前。

街道を覆っていた霧が、ゆっくりと晴れていく。

焦げ鍋ギルドの馬車が、丘をひとつ登りきったところで止まった。


「……見て。」

リリエの声に、全員の視線が前方へ向く。


そこには、夜と朝の狭間に浮かぶ王都の姿があった。

金と白の尖塔群が、朝焼けの光を受けて鈍く輝いている。

だが、その塔の下――巨大な調理場と煙突の群れから、黒い煙が立ちのぼっていた。

まるで、街全体が焦げているようだった。


「……空が、焦げてる。」

リリエが小さく呟く。

その声は、誰に聞かせるでもなく、風に溶けていった。


リョウコは少し笑って、煙の向こうに目を細める。

「――あの焦げ、食べられるかしらね。」


馬車の荷台に積まれた鍋の蓋が、がたんと鳴る。

ミナが手綱を引き、馬が前へと進み出す。

丘を下り、王都へと続く道に影が伸びる。


やがて朝日が昇り、焦げた煙の向こうに、

新しい一日の光がかすかに差しこんだ。


その光は、焦げ鍋の旅の続き――

“王都の胃袋編”の幕開けを、静かに告げていた。


街道の先に、巨大な城壁がそびえていた。

白い石造りの壁面には朝の光が反射し、

その向こうに王都の尖塔群が、まるで無数の刃のように並んでいる。


焦げ鍋ギルドの馬車が、ゆっくりとその門前で止まった。

鉄の扉の前に立つ門番たちが、鼻をひくつかせる。

風が吹き抜け、馬車の中からふわりと焦げ香が漂った。


リョウコは荷台から降り、手の中の小瓶を強く握りしめる。

――ルミナ・ペッパー。

焦げ鍋村から持ってきた、あの光る香辛料。


門の前で、彼女は一度、深く息を吸った。

焦げの匂いと、王都の風の匂いが、ひとつに混ざる。


その瞬間、

ナレーションが静かに重なる。


「焦げの匂いが、王都の空に混じった。

 それはまだ誰も知らない、“胃袋の革命”の始まりだった。」


門がきしみを上げて開く。

光と影の境界を、焦げ鍋ギルドの馬車が進み出す。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ