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悪役令嬢、断罪後の終わらない晩餐 ~食あたり死から始まる異世界フードファイト~  作者: 南蛇井


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第3話「最後の望みは『食事です』」

――第1幕:沈黙の宣告


王都エルミナ。

断罪の鐘が、空を裂くように鳴り響いた。


広場は静まり返っている。

民、聖女、騎士、そして王族までもが列席し、中央の石壇に一人の少女が立たされていた。


鎖の音が鳴る。

暴食令嬢――リョウコ=ササキーナ。


金の髪は乱れ、かつて絹で包まれていた手は土と涙にまみれている。

けれど、その瞳だけは、不思議と明るかった。


王子アレクシスが玉座の階段を降り、一歩ずつ壇上へと進む。

その姿に、群衆は息を呑む。


「――暴食令嬢リョウコ=ササキーナ。」

「汝は罪深き満腹により、民の飢えを招いた。」

「その罪、死をもって償え。」


沈黙。

聖女ミルディアが静かに目を閉じ、祈りの言葉を紡ごうとする。

しかし――


(……満腹って罪になるの?)


リョウコの心の中で、突っ込みが走った。


(てか、私、ただ食堂で倒れただけじゃん……“食あたり死”ってやつ!)

(どうして死んだと思ったら異世界で“暴食の罪人”になってるの!?)


空腹が、よりにもよってこの緊張感を打ち壊す。

お腹が鳴った。

「ぐぅう……」


群衆「……。」

王子「……。」

聖女「……。」


兵士Aが小声で告げる。


「陛下、最期の言葉を……。」


アレクシス王子は眉をひそめ、冷ややかに問う。


「最後の望みはあるか。」


その一言に、リョウコは真顔で即答した。


「――食事です。」


一瞬、時間が止まる。


聖女「……え?」

アレクシス「……食事、だと?」

リョウコ「はい。最後に、ちゃんとご飯を食べたいです。」


静寂を破るように、群衆のどよめきが広がる。


「暴食の罪人が、まだ食う気か!」

「恥を知れ!」


それでも、リョウコはどこか誇らしげに笑った。


「最後の一口くらい、ちゃんと味わいたいじゃないですか。」


王子の瞳が揺れた。

その瞬間――物語は“断罪”から“開宴”へと、静かに転がり始めたのだった。

――第2幕:予想外の返答


ざわめきが、風のように王都広場を駆け抜けた。


聖女ミルディアが息をのむ。

兵士たちは動揺し、民衆の中には泣き出す者や、怒りに任せて石を投げる者さえいた。


だが、ただ一人。

鎖につながれた少女だけが、まっすぐ王子を見上げていた。


「……食事です。」


一拍。

二拍。

完全に、音が止まる。


ミルディア「……は?」

アレクシス「……もう一度言え。」


リョウコは怯むことなく、静かに言った。


「食べたいんです。何か。できれば、あったかいスープとか。」


広場が爆ぜたようなどよめきに包まれる。


「この期に及んでまだ食う気か!?」

「暴食の化身だ!」

「パンを返せー!」


怒号。罵声。

その全てがリョウコに浴びせられる。


だが、彼女は笑わなかった。

真剣そのものの眼差しで、王子を見据えていた。


「死ぬ前に食べたいって、そんなに変ですか?」

「だって、食べるって……生きることでしょう?」


風が、止まる。

誰かが、息を飲む音が聞こえた。


その瞬間、広場の熱が少しだけ変わった。

怒りの中に、かすかな戸惑いが混じる。


聖女ミルディアは胸の前で手を組み、微かに震えた。

王子アレクシスは、剣の柄を握りしめながら、言葉を失っていた。


リョウコの瞳は、どこまでも澄んでいる。

罪人のそれではなかった。

まるで――世界の根本を問い返すような、飢えた光。


「お腹が空いてる人がいるなら、私、分けますよ。」

「でも……今の私は、何も持ってないから。」

「だからせめて、食べることで思い出したいんです。生きるってことを。」


その声は震えていなかった。

まるで、飢えを超えたところでしか届かない真実のように――

広場全体を、静かに包み込んでいった。

――第3幕:王子の試し


静寂を破ったのは、玉座の前で響く一つの声だった。


「……よかろう。」


ざわめきが広がる。

王子アレクシスが、椅子の肘掛けに手を置き、ゆっくりと立ち上がった。

金の瞳が、罪人の少女を射抜く。


「望みを聞き入れる。

 死の前に、貴様の“最後の晩餐”を用意せよ。」


ミルディア「陛下、なりません! この者に情けをかけるなど――!」


アレクシス「情けではない。試すのだ。暴食の末路を、自らの目でな。」


短く、鋭く。

だがその声音には、どこか――わずかな興味と、不可解な期待が混じっていた。


リョウコは目を瞬かせたあと、まるで希望が芽生えたように笑う。


「えっ、まじで!? 何系!?」

「洋食? 中華? それともエルフ料理!?」


兵士たち「……死刑前のテンションじゃねぇ。」


一方で、王宮の厨房は騒然となった。

前代未聞――“罪人のための饗宴”を作れ、との王命。


料理長「……これは、試練ではなく、罰だ。」

副料理長「いや、芸術の機会かもしれん。」

助手「でも、罪人の最後の晩餐って、何を出せば……」


王命に背けぬまま、調理場が炎と香りに包まれていく。


香草が刻まれ、スープが煮立ち、焼き立てのパンの香りが夜風に乗って広場へ漂う。

群衆の胃袋が鳴り、誰もが一瞬だけ――「飢え」ではなく「食欲」を思い出す。


リョウコはその香りにうっとりと目を閉じ、呟いた。


「……ああ、いい匂い。死ぬなら、こういう香りの中がいいなぁ。」


ミルディア「不敬な……!」

だが王子アレクシスは、わずかに口の端を上げた。


「さて――“暴食の令嬢”よ。

 お前の食卓が、罪か、それとも祝福か。見せてもらおう。」


その夜、王国史に残る“断罪の晩餐”が幕を開けた。


――第4幕:最後の晩餐の始まり


王宮の大広間。

百の燭台が灯る長卓の上に、金と銀の皿が果てしなく並ぶ。

ローストドラゴン、天空スープ、黄金のパン、果実酒。

それは祝祭ではない――断罪のための饗宴。


だが、目の前に座る少女は、まるでそんな意味を知らぬように微笑んでいた。


アレクシス「食え。命の尽きるその時まで。」

リョウコ「――いただきます!」


ナイフとフォークの音が、静寂を破る。

彼女は、食べた。


恐怖も、後悔もない。

そこにあるのは、ただ純粋な“生”の実感――。


ローストドラゴンの肉を頬張るたびに、香ばしい煙が立ちのぼり、

天空スープを口にすれば、湯気の中に淡い光が舞う。


兵士「……止まらねぇ……。」

ミルディア「これが……暴食……?」


違う。

その光景は、どこか祈りのようだった。


パンを裂く手つきは優しく、

スープを味わう瞳は真剣で、

食べるという行為そのものが、命を讃える儀式に見えた。


アレクシス(心の声)

「いや……これは“暴食”ではない。

 ――これは、“生きている”という証だ。」


やがて、彼女の周囲に微かな光が集まり始めた。

スプーンの先から、皿の縁へ。

それはまるで、食べ物そのものが彼女に応えるように。


ミルディア「な……この光は……?」

兵士「食べ物が……再生してる……!?」


神紋《暴食のスプーン》が、彼女の胸に浮かび上がる。

それは、禁忌のはずの“加護”の証――


だがリョウコは、ただ微笑んでスープをすくい、そっと呟いた。


「ああ……やっぱり、食べるって、生きることなんだ。」


そして、香り立つ湯気の中で、

“断罪の晩餐”は、静かに“奇跡の始まり”へと変わっていった。


――■ラストカット:運命の転換点


広間に残るのは、空になった皿と、香りの余韻だけ。

リョウコの前には、もはや一欠片の料理も残っていなかった。


アレクシスは静かに立ち上がり、剣の柄に手を置く。

そして、冷徹な声で――しかしどこか、愉快そうに告げた。


アレクシス「……この者を――処刑ではなく、流刑にせよ。」

ミルディア「は……? 陛下、それは……!」

アレクシス「“食べ終わるまで”だ。」


沈黙。

次の瞬間、リョウコの瞳がぱっと輝いた。


リョウコ「食べ終わるまで……って、つまり、一生ってことですか!?」

アレクシス「……ああ。そうかもしれんな。」


兵士たちがざわめき、聖女は呆然と口を開け、

そして――場内のどこかから、クスクスと笑いが漏れた。


その笑いは、やがて波のように広がっていく。

処刑の広間が、いつしか“食卓”のような温もりに包まれていた。


リョウコは皿を胸に抱き、まるで祝宴の後のように満足げに微笑む。


「食べ終わるまで……なら、がんばって生きなきゃ、ですね。」


アレクシスは思わず視線を逸らした。

その笑顔は――罪人のものではなかった。

それは、絶望の中に芽吹いた“希望の味”だった。


――鐘が鳴る。

重く、荘厳に。


だがそれは、死刑を告げる鐘ではない。

“世界を食べ尽くす”物語の始まりを告げる、開幕の鐘だった。


香り立つ風が吹き抜け、

神の紋章《暴食のスプーン》が淡く光を放つ。


「――いただきます、異世界。」





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