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悪役令嬢、断罪後の終わらない晩餐 ~食あたり死から始まる異世界フードファイト~  作者: 南蛇井


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第19話 バルド将軍の護衛任命

 蒼鱗族と灰牙族の和平から、まだ数日。

 戦火の跡が残る辺境の村には、久しぶりの静けさが訪れていた。


 リョウコは焚き火のそばでスープをかき混ぜていた。

 湯気の中には、魚の骨と青藻、そして少しの塩。

 ほんの数日前まで争っていた両族が、いまではこの味を一緒に飲んでいる。

 その事実が、どんな勲章よりも誇らしかった。


 だが、のんびりした時間は長くは続かなかった。

 地を蹴るような蹄の音が、遠くから近づいてくる。

 砂煙を上げながら現れたのは、王国の紋章をつけた黒馬の騎士団だった。


 「――リョウコ・ミナ・リリエ殿。

  蒼鱗族と灰牙族の和平を確認した。国王陛下は、その功績を称え、直々に召喚しておられる。」


 騎士の声は硬く、そして少しだけ戸惑いを含んでいた。

 “料理人”が王に呼ばれるなど、前代未聞のことなのだろう。


 焚き火の前で、ミナが大きくため息をついた。

 「また面倒事か……あんたのスープ、ほんとに厄介な味ね。」


 リョウコは木杓子をくるりと回して、笑う。

 「胃袋で戦を止めたなら、次は胃袋で国を動かす番だね。」


 ミナは肩をすくめた。

 「そのうち“胃袋で世界征服”とか言い出しそう。」


 「それも悪くないかも。」

 リョウコは、まるで本気で言っているように微笑んだ。


 風が、スープの香りを王都の方角へと運んでいく。

 ――新しい戦いの匂いを、ほんの少しだけ混ぜながら。

王都――。

 白亜の尖塔が並ぶ大通りを抜け、リョウコたちは王城へと足を踏み入れた。

 蒼い旗がはためく謁見の間は、冷たい石の床と、静寂だけが支配している。

 左右に並ぶ儀仗兵たちの鎧が、わずかな動きで金属音を鳴らした。


 リョウコは、場違いなくらいのんびりと歩いていた。

 「やっぱり、王城の空気って味がしないね。」

 そんなことを口にして、隣のミナが小声で突っ込む。

 「味とかじゃなくて、空気を読め。」


 玉座の前で立ち止まる。

 そこに、ひときわ大きな影が立っていた。


 バルド・ヴァルン将軍。

 王国随一の実戦指揮官にして、戦の英雄。

 筋骨隆々の体を金属鎧で包み、その背筋は槍のように真っすぐ。

 だが、その目には深い皺と、戦場を見続けた者にしか宿らぬ疲れがあった。


 王がゆっくりと立ち上がり、荘厳に告げる。

 「リョウコ・ミナ・リリエ。

  そなたらの手によって、長きにわたる辺境の争いが終わった。

  これは、王国の名誉であり、誇りである。」


 玉座の間に、ざわめきが走る。

 兵も貴族も、まさか“料理人”たちが讃えられるなど思ってもいなかった。


 王は続けた。

 「よって、そなたらを――バルド将軍の護衛兼随行として任ずる。

  次の遠征において、“食による調停”の力を示してもらいたい。」


 リョウコは一歩前に出て、軽く頭を下げた。

 「胃袋で争いを止めたんです。きっと、胃袋で国も動かせます。」


 その瞬間、鎧の音が響いた。

 バルド将軍が、ゆっくりと歩み寄る。

 至近距離で見上げると、まるで鉄壁のような体格だった。

 その瞳がリョウコを射抜く。


 「――戦場での和平など、信じぬ。」

 低く、岩を削るような声だった。

 「だが、“食”で止めたというなら……俺の目の前で、もう一度見せてもらおう。」


 沈黙のあと、リョウコは穏やかに笑う。

 「じゃあ、まずは将軍の“好き嫌い”から聞かせてもらいますね。」


 玉座の間に、緊張が溶けたような微かな笑いが生まれた。

 ――こうして、戦場の英雄と料理人の“胃袋外交”が始まった。


王城の謁見を終え、夕暮れの石畳を歩いていた。

 ミナが肩をすくめる。

 「ねぇリョウコ。あの“護衛任務”、どう考えてもおかしいでしょ。」


 リョウコは買い食いしていた串焼きをひょいと口に入れた。

 「うん、おいしい。……で、どのへんがおかしいって?」


 「おかしいのは全部よ!」

 ミナが低い声で続ける。

 「情報筋の話じゃ、バルド将軍の命を狙ってる勢力がいるんだって。和平を壊したい連中がね。」

 「つまり、私たちの“護衛任務”ってやつ――実は将軍の“囮”ってこと。」


 リリエが眉を寄せる。

 「囮って……私たち、戦士でもないのに……」


 そのとき、リョウコは軽く笑った。

 「囮でもいいじゃない。敵が来るなら、食卓を用意しておけばいいのよ。」


 ミナは思わず振り返る。

 「……また変なこと言い出した。」

 「だって、“食べる”ってことは、一番無防備になる瞬間でしょ?

  敵でも、一口食べたら、同じ人間になれるかもしれない。」


 リリエは呆れたように息をつき、ミナは頭をかいた。

 「ほんとにあんた、胃袋で世界動かす気なのね……」


 リョウコは笑いながら、手に持った串をくるくる回した。

 「戦い方はいろいろあるけど、私は“味”で戦うだけ。

  将軍の胃袋を掴めば、敵も掴めるかもね。」


 西の空、城壁の上に赤い光が差し込んでいた。

 それはまるで、次に訪れる“戦場の晩餐”を予告するかのようだった。

王都の宿舎。石壁の冷たい廊下に、ブーツの音が二度、三度、響いた。

 扉が叩かれ、ミナが眉をひそめて言う。

 「……誰よ、こんな時間に。」


 ドアを開けた先に立っていたのは、一人の女性。

 灰色のコート、鋭い瞳、無駄のない動き。

 「久しぶりね、リョウコ・ハルサメ。」


 リョウコは少しだけ目を丸くした。

 「セイラ。まだ監視、続けてたの?」


 セイラは肩をすくめ、ため息をひとつ。

 「いいえ。任務は解除されたわ。……あなたが“戦争を止めた料理人”になった時点でね。」


 ミナがすかさず前に出る。

 「何しに来たの? また監視か、それとも“護衛対象の確認”?」


 「どちらでもないわ。」

 セイラは腰の短剣を机の上に置き、代わりにスプーンを手に取った。

 「これからは……一緒に、料理を味わう側になるの。」


 部屋の空気が少し緩む。

 リョウコは小さく笑い、鍋をかき混ぜた。

 「ようこそ、“食べる側”へ。うちの入隊試験は簡単だよ――まず、一口。」


 スープの香りが、夜の宿舎を満たしていく。

 温根芋と夜光茸の甘い匂い。ほんの少しの焦がし香。


 セイラは警戒しながらもスプーンを口に運ぶ。

 ……そして、次の瞬間、瞳が震えた。

 「……こんな温かいスープ、任務中には……飲めなかった。」


 ぽたりと、頬に涙が落ちる。

 リョウコは微笑んだまま、そっと火を弱めた。

 「ほらね。味覚は嘘をつけないでしょ。」


 ミナが腕を組みながらも、口元を緩める。

 「信用していいの?」

 「うん。もう“味方”になったよ。胃袋でね。」


 その夜、鍋の中で静かに湯気が立ち昇った。

 戦場で出会った者たちが、ひとつの食卓を囲む。

 それは“新しい隊”の始まりを告げる、最初の晩餐だった。

王都を離れた一行は、薄曇りの荒野に張られた野営地へと到着した。

 そこには、かつて幾千の兵を指揮した男――バルド将軍がいた。

 白髪まじりの短髪、鉄のような眼差し。

 周囲の兵士たちが息をひそめるほどの圧を放ちながら、彼はただ、焚き火の前に腰を下ろしていた。


 将軍は無言でスープをすくい、金属の匙でゆっくりとかき混ぜる。

 戦場の沈黙が、そのまま食卓にまで続いているようだった。


 「……戦場で食う飯は、味がしないものだ。」

 低く、くぐもった声が野営地に響いた。


 リョウコは、炎の向こうから静かに微笑む。

 「では、今日から“味のある戦場”にしましょう。」


 鍋の中では、干し肉と香草の香りが混ざり合い、わずかに金色の湯気を立てている。

 リョウコが木椀を差し出すと、将軍はしばらく無言のままそれを受け取り、ひと口すする。


 ……その瞬間、野営地の空気が変わった。

 兵たちの緊張が、わずかに和らぐ。


 将軍は目を閉じ、数秒の沈黙ののち、短く呟いた。

 「……悪くない。」


 それだけの言葉なのに、場の空気がふっと温かくなる。

 セイラが焚き火の影で小さく笑い、囁く。

 「この一言、十の部下を救う価値があるわね。」


 ミナが肩をすくめる。

 「さすが“胃袋で戦を止めた女”……今度は将軍の舌まで掌握か。」


 リョウコは微笑みながら、湯気の向こうで呟いた。

 「食べるって、命令よりも早く伝わるからね。」


 その晩、荒野の夜風の中、ひとつの食卓が灯りをともした。

 戦場の真ん中で、静かに湯気が上がる。

 それは“味で始まる信頼”――まだ名前のない外交のはじまりだった。


「その日、リョウコたちは初めて“胃袋外交”という言葉を意識した。

 戦を終わらせるのは剣ではなく、共に囲む皿かもしれない。

 バルド将軍の護衛任務――それは、胃袋で国家を守る戦いの始まりだった。」


 焚き火が小さく弾け、夜空に一筋の煙が昇る。

 その香りを、誰もが少しだけ深く吸い込んだ。

 ――戦場にも、味はある。

 そう信じられた夜だった。





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