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悪役令嬢、断罪後の終わらない晩餐 ~食あたり死から始まる異世界フードファイト~  作者: 南蛇井


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第11話 毒草をスパイスに

朝靄がまだ残るヴァルグロウ村。

夜露を含んだ畑の端で、村人たちがざわついていた。


「まただ……昨日より増えてる。」

「“呪い草”だ。魔獣の瘴気が染みてるに違いねえ。」


黒ずんだ茎、毒々しい紫の葉。

それは数日前から畑に蔓のように伸び、作物を押しのけて生えていた。


村人Aがつぶやく。

「この草を煮た家は皆、腹を壊したって話だ。」

村人Bが続ける。

「魔獣を焼いた場所の近くだ。……きっと神罰だ。」


火掻き棒で草を掘り起こし、燃やそうとする手を――

リョウコがそっと押さえた。


「待ってください。」


彼女は膝をつき、抜かれた草を手に取る。

陽に透かすと、葉の縁がわずかに銀色に光っていた。

指先でちぎり、鼻先に近づける。


「……ちょっと、いい香り。」


その瞬間、周囲の空気が凍りついた。

「聖女さま! それは毒ですぞ!」

「触っただけで倒れる人もいるんだ!」


けれど、リョウコは微笑んで首を横に振る。

「毒かどうかなんて、まだわかりません。

 “匂い”だけは……おいしそうですから。」


朝の風が吹く。

呪われた草の香りが、ほんの一瞬、

焚き火の灰と混じり合って、どこか懐かしい香ばしさを残した。


その場にいた誰もが――その“匂い”を、恐れよりも先に覚えていた。



焚き火の赤い火が、朝の光に負けじとぱちぱちと音を立てていた。

リョウコはそのそばにしゃがみ、拾ってきた“呪い草”の葉を小さくちぎる。


「聖女さま、本気で……?」

村人の誰かが声を詰まらせる。


リョウコは笑って肩をすくめた。

「もちろん、味見はちょっとだけ。

 ……私だって、お腹を壊したくはありませんから。」


葉の切れ端を火の上で軽くあぶる。

じゅっ、と湿気が飛び、焦げた苦い香りが立ちのぼった。

それはまるで――雨の後の土と、焚き火の煙が混ざったような匂い。


リョウコは木の枝で葉をつまみ、鍋の中のスープへとそっと落とす。

ぐらぐらと煮立つ湯の中に、わずかな黒いかけらが沈む。


「味ってね、」

リョウコは杓文字をくるくる回しながら言った。

「“毒”と“美味しい”の境目が、とても狭いんです。

 だから――少しずつ、確かめるしかない。」


焚き火の明かりが、彼女の瞳の中で反射する。

見守る子どもたちが、思わず息を呑んだ。


スープをすくい、そっと一口。


……苦い。

けれど、舌の奥にわずかな香りが残る。

今までのスープにはなかった“輪郭”が、ふっと立ち上がるようだった。


「……うん、苦い。でも、悪くない。」


リョウコの口元に、少しだけ微笑みが浮かんだ。

恐怖と好奇心、その狭間で――

“味”という未知の世界が、静かに形を取り始めていた。

スープを飲み下した瞬間――

焚き火の周囲が、一斉にざわめきに包まれた。


「やめろ! 聖女さま、それは毒だ!」

「呪い草だって言ったろ! 腹を壊すどころか、命を落とすかもしれねぇ!」

「奇跡をもたらしたお方が、毒を口にしてどうする……!」


次々に声が上がり、鍋の周りに人垣ができる。

誰もが恐怖と敬意の入り混じった目で、リョウコを見つめていた。


だが彼女は、騒ぐ村人たちを静かに見回し――

やわらかく、笑った。


「“味”ってね、怖いものと向き合うところから生まれるんですよ。」


焚き火の炎がゆらめき、

その横顔を、まるで聖画のように照らす。


「恐れてたら、何も作れない。

 “おいしい”って、それだけで奇跡なんです。」


その声には、不思議な強さがあった。

毒を口にした女のはずなのに、

まるでその体からは光が滲み出ているかのように見えた。


誰も反論できなかった。

焚き火の音だけが、静かに響く。


やがて、村人の一人がそっと頭を下げた。

「……聖女さまの言うとおりかもしれません。」


――恐れを超えたその瞬間、

“呪い草”は、まだ知られぬ“香辛料”への第一歩を踏み出した。夕暮れ。

ヴァルグロウの空は、赤く燃えていた。

焚き火の上では、リョウコがまた一つの鍋を見つめている。


何度も失敗を繰り返した。

焦がしすぎた草は苦すぎ、

煮込みすぎると香りが消える。


「……もう少し、火を弱くしてみようか。」


リョウコは毒草をほんの一瞬だけ火にくぐらせ、

灰をひとつまみ落とした。

ぱち、と音がして、ほのかな香りが立つ。

それは、どこか懐かしく、温かい匂いだった。


「……いい、かも。」


鍋の中で、毒だった草が、

ゆっくりと“味”へと変わっていく。


その様子を、物陰から子どもたちがのぞいていた。

一人の子が、勇気を出して一歩踏み出す。


「……ちょっとだけ、飲んでいい?」


リョウコは、驚きもせずに微笑んだ。

「もちろん。気をつけて、熱いからね。」


スプーンを受け取った子どもは、

おそるおそる口をつけ――小さく息を漏らす。


「……にがい……けど、あったかい。」


その言葉に、リョウコの目がふっと細まる。


「そう、それが“味”なんだよ。

 苦いのに、もう一口ほしくなる。

 それが、命の味。」


焚き火の炎が静かに踊る。

毒草はもう、呪いではなかった。

それは――世界をほんの少し温める、“はじまりのスパイス”になっていた。




夜風が、焚き火の煙をなでていく。

噂を聞きつけた村長が、杖をつきながらゆっくりと現れた。

その姿を見た村人たちは慌てて道を開ける。


村長

「……また妙なことをしているそうだな、聖女殿。」


リョウコは微笑み、灰色の鍋を指さした。

「はい。今度は“苦味”の実験です。

 ――食べる人を、少し選ぶ味なんですけど。」


村長

「選ぶ、だと?」


リョウコは小さな木椀にスープを注ぎ、両手で差し出す。

「どうぞ、お試しを。

 “毒”と呼ばれていた草の、新しいかたちです。」


焚き火の光が、村長の皺だらけの手を照らす。

彼はしばらくその湯気を見つめ――やがて決意したように一口すすった。


沈黙。

村人たちが固唾をのむ。


……そして、村長の口から小さな息がもれる。


村長

「……悪くない。苦いが、目が覚めるようだ。」


ざわ……と、村人たちがどよめく。

驚きと安堵、そして――どこか誇らしげな空気。


リョウコは小さく笑った。

「“苦い”って、嫌われ者ですけど……

 でもね、世界を起こす味なんですよ。」


焚き火の火が、ぱち、と弾ける。

夜空の下、村に初めて“調味”という言葉が芽吹いた。


夜の静寂。

焚き火の赤い光が、リョウコの頬をやわらかく照らしていた。

彼女は小さなノートを膝に広げ、焦げた木炭で文字を走らせる。


焦げ

香り


――そこまで書いて、ペン先が止まる。


リョウコはふと、先ほど摘んだ“毒草”を見やる。

火のそばで乾ききったその葉は、もう毒々しさを失い、ほのかに甘い香りを放っていた。


彼女はそっとページの隅に、新しい言葉を記す。


苦味 = 毒ではなく、命の輪郭


リョウコ(心の声)

「毒も、使い方ひとつで、世界の味になる……

 きっと“恐れ”の向こうに、本当の味があるんだ。」


火の粉がふわりと舞い、夜空に星と溶け合う。

その光はまるで、彼女のノートに宿る小さな灯のようだった。


ヴァルグロウの夜に、“調味”という新しい祈りが生まれた。

翌朝。

朝靄が畑の上を流れていく。

昨日まで“呪い草”と呼ばれ、火で焼かれていた草が、

今は村人たちの手でそっと摘み取られていた。


村人A

「これ……いい香りだな。」

村人B

「苦いけど、悪くない。食べると体が温まる気がする。」


ひとりの若者が、草を掌にのせながら呟く。

「これ、“スパイス”って名前にしよう。」


リョウコは鍋をかき混ぜながら、その声に微笑んで頷いた。

彼女の瞳には、朝日が反射して小さく輝いている。


ナレーション:


「こうして、“毒”と呼ばれた草は、“味”へと変わった。

 それは、人が恐れを越え、はじめて世界を“味わった”日。

 ――胃袋の聖女が、初めて“調味”という奇跡を生んだ夜である。」


焚き火の跡から立ち上るかすかな香煙は、

風に乗り、村じゅうを包んでいた。

それはもう、“呪い”ではなく――“食欲”の香りだった。







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