二つに分かれた道
ナナ医師は机に身を預け、声を落とした。静かな水面に石が沈むような重い声だった。もう後ろを振り返らず、ただ目の前の学生たちの顔だけを見つめている。窓から差し込む光が疲れた瞳に反射していたが、その奥の光は鋭かった。
「きっと君たちは疑問に思っているでしょう。なぜ私がこの科目を選び、そしてどうして夫と別れることになったのか。それは、ルナの墓の隣で起きた、あの衝突の始まりだった。」
「その日、私は昏睡から目を覚ました。ルナが埋葬された翌日だった。目を開けて最初に言ったのは、ルナの墓へ連れて行ってほしいという言葉。もちろん、アドリエンが付き添った。私はふらつきながら、彼の腕を借りて墓地を進み、生々しい赤土の盛り上がったあの場所に辿り着いた。」
「たった一日。それだけなのに、上に置かれたバラはすでにしおれていた。私は彼の手を振り払い、その場に膝をついた。泣くまいとしたけれど、ただ土を抱きしめ、そこに残された空白を抱きしめるしかなかった。」
ナナは一度言葉を止め、深く息を吸った。湿った土としおれたバラの匂いが再び胸を刺すようだった。
「あの時の喪失感は、耐え難いほどだった。だからこそ、ルナの死に潜む違和感に、誰かが責任を負うべきだと強く感じた。」
「なのにアドリエンは、私の追及を徹底的に止めた。ルナを手放して、ただ静かに生きてほしいと言った。」
アドリエンはナナの隣に膝をつき、肩に触れようと手を伸ばした。
「もういい…受け入れよう、ナナ。」
だがその手は払いのけられた。ナナは立ち上がるようにゆっくり体を起こし、夫を見据えた。悲しみは、冷たい怒りへ変わっていた。
「私は医者よ、アドリエン。医者。」かすれた声で囁く。「見れば分かる。あれはただの発熱でも、アレルギーでもない。別の何かがあった。」
彼女はさらに詰め寄った。
「ルナは、私が意識を失っている間に埋葬された。答えて。お願い…ルナは解剖されたの?」
アドリエンはうつむき、震える息を吐き出した。
「いや…されていない。」
「何ですって?」
「私が…止めたんだ。」
アドリエンの声は、疲れ切った威圧を帯びていた。
「どうして止めたの?異常があったって分かっていたでしょう!」
「分かっていた!でも、これ以上あの小さな身体を切り刻ませたくなかったんだ。苦しみ抜いた後に、今度は解剖室で…そんなこと、させたくなかった。ルナには静かに眠ってほしかった。」
ナナは乾いた笑い声を洩らした。砕けたガラスのような笑いだった。
「静かに?証拠もないのにどうやって静かに眠るの?死亡診断書には何て書いてあるの?」
アドリエンは必死に説明した。
「担当医の報告はすべて一致していた。毒物反応もない。犯罪性もない。ルナは…急性呼吸不全で亡くなった。」
「呼吸不全は結果よ!じゃあ原因は?」
「臨床的に最も妥当なのは、重度のアナフィラキシー反応だ。免疫系が暴走して、心臓も肺も耐えられなかった。医学的には合理的な説明なんだ。」
ナナはよろめき、空を見上げた。彼女の視線は、あの時いつも現れた黒いカラスを探すようだった。だが、そこにあるのは穏やかすぎる青空だけ。
「あなたは…解剖を拒んだ。『アレルギー』で片付けたのね。」
「合理的だからだ、ナナ!迷信や幻覚ではない現実を生きてほしいんだ。ルナの苦しみも、君の幻影も、もう終わりにしたかった!」
ナナは土を抱きしめるように再び膝をついた。
「違う…ルナ…あなたは殺された。私の未来も砕かれた。そして…あなたの父親も証拠を殺した。」
彼女の涙が乾ききらない土に落ちた。
「あなたは盲目的な『合理性』を選んだのよ、アドリエン。」
そしてその墓の前で誓った。
「私は医師として、科学で真実を暴く。証拠が埋められたなら、自分で別の証拠をつくる。」
「それから私は探し始めた。残ったケーキの欠片、突然消えた隣人の正体。法的にも医学的にも、彼らを追い詰める要素はどこにもない。すべてが『重度アレルギー』という診断で覆い隠されていた。」
「だから私は前の大学を辞め、この大学でこの奇妙な講義を作った。真実にたどり着くために。」
ナナは机の端を握りしめた。
「結果として私は多くを失った。アドリエンの誇りを傷つけ、その関係も失った。それでも私は、あの子のために進む道を選んだ。」
「そして二年。ようやく彼らの痕跡を掴んだ。」
ナナの視線は、窓の向こうの何かを射抜くように遠くを見つめた。
「ラウ山の麓にある小さな村。二つの一族が代々住み続ける村…」
その時、後ろの席から静かな声が割り込んだ。
レノ・バトゥロガだった。表情を変えず、淡々と古い文献でも読むように言った。
「マドゥクロモとマングントポ。」
ナナは一瞬だけ息を呑んだ。
レノは前を見たまま続けた。
「カラスを崇める村。外部には決して明かされない秘密を持つ村。」
そして最後の言葉を淡々と落とした。
「その名は『サンガラウ』。」
レノはナナに横目を向けた。ほとんど分からないほどの薄い笑みを浮かべて。
「合ってますよね、ナナ先生。」
教室には再び静寂が広がった。今度はナナ自身が注目の中心だった。開かれたはずの幕が、レノの一言で一気に引き裂かれたかのようだった。




