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現代科学における文化:ナナ医師とカラスの村  作者: カンボロ


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4/7

トンド・テルパティ ( 死まで三日)


その食べ物――セサラ――は、私の子どもの命が長くは続かないという前兆となった。


その日は満月の三日前で、ジャワ暦では十五日にあたる満月がもうすぐ訪れようとしていた。


「トンド・テルパティ。」

一人の学生の声が、静まり返った教室を破った。


ドクター・ナナは振り返る。入ってまだ一週間の新入生、レノが無表情のまま鋭い眼差しで彼女を見つめていた。まるで、知るはずのない何かを知っているかのように。


「トンド・テルパティ。」

彼はゆっくりと言葉を繰り返す。一音一音を確かめるように。


「死へ向かう兆しの始まり。そうですよね、先生?」


教室が再び静まり返る。数人の学生は互いに見回し、何の話か理解できずに戸惑っていた。一方でドクター・ナナの胸は、説明のつかない不安でじわりと締め付けられていく。


「その通りよ、レノ。」

彼女はかすれ声で答える。声の震えを必死に抑えながら。


「ルナがあの食べ物を口にして三日後…満月が来た。その夜、あの子は息を引き取った。」


ナナはレノを鋭く見つめた。


「でも…どうしてその言葉を知っているの?」


レノは小さく微笑んだ。それは悲しい話の最中に浮かべるべきではない笑みだった。


他の学生たちは困惑した表情で彼を見ていたが、ドクター・ナナには別の感覚が襲いかかっていた。トンド・テルパティという名は、ただの古い言葉ではなく、何かを警告している…目の前の少年が、知るべきでない何かを握っているという警告。


「差し支えなければ…亡くなったお子さんの話を続けていただけますか?」

レノの声は静かだが、異様に落ち着いていた。新入生とは思えないほど、迷いがなかった。


彼は少し前のめりになり、鋭い眼差しをナナへ向けたまま動かない。


「医師であるあなたが…医療では説明できないものによって子どもを失った時、どう向き合ったのか。」


教室は再び静まり返った。


天井のファンの軋む音だけが、妙にはっきりと響いた。


ドクター・ナナは長くレノを見つめる。

その瞳には、学生の好奇心などではない、得体の知れない“知識”が宿っていた。


ナナの脳裏に浮かんだ疑問は、ただひとつだった。


――この子は、何者?


レノは指を組んで机の上に置き、静かに前へ身を乗り出す。その表情には大きな動きはないのに、目だけがかすかに輝いた。それは興味の光ではなく、まるで答えを“待っている”ような光だった。


「もし…よろしければ、先生。」

声は丁寧で、穏やかな圧力だけがその奥に潜んでいた。


数人の学生が不安げに顔を見合わせる。


アリアラが、緊張に滲む声で言った。

「え、レノ…先生を無理に話させるのはおかしいでしょ。それ…すごく個人的なことなんだから。」


レノはそちらに一度視線を向け、薄く笑っただけで、まるで風の音に返すように何も応じなかった。そしてまた前を向く。


ドクター・ナナは手を軽く上げ、教室を落ち着かせた。


「大丈夫よ、アリアラ。」

穏やかに言いながらも、視線はレノから外さなかった。


「もう、この出来事とは向き合えるようになったから。」


ナナは微かに笑う。


「それに…この“新入り”がどれほど知っているのか、確かめるのも悪くないでしょ。」


黄昏どき、電話がけたたましく鳴った。


ネナの声は震えていた。

「奥様…早く帰ってきてください。ルナが…ルナがずっと吐いているんです。どうしたらいいか…!」


私はすぐに仕事を放り出した。


帰り道は濃い霧の中を走っているようだった。胸の奥で、不安と恐怖が重なり合ってひどいざわめきを起こす。


頭の中に浮かんだのはひとつ。

――あの新しい隣人たちが、また何か食べ物を渡したのか?

――ルナはそれを食べてしまったのか?


最悪なのは、私はネナにその“注意”を説明し忘れていた。


家の扉を開けた瞬間、ミントのようなオイルの香りが漂った。

廊下の奥から、ネナのすすり泣く声が微かに聞こえた。


部屋に入ると、ルナは薄い毛布にくるまれて横たわっていた。

顔は青白く、呼吸は浅い。


その傍らでネナが膝をつき、小さな洗面器を握りしめたまま震えている。


「奥様…シティさんに電話したんです。」

彼女の声は掠れていた。

「ルナちゃん、卵アレルギーだって…。知らなくて…私、手作りプリンを少しあげちゃって…本当にごめんなさい…」


テーブルにはそのプリンが残っていた。

淡い黄色で、やさしい甘い香りが漂っていた。


たしかに、ルナは卵アレルギーだ。

一瞬だけ、説明がついたような安心が胸をかすめた。


でも、その安心はすぐに砕けた。


私は医者だ。

嘔吐物の色が、症状が、“ただのアレルギー”では説明できないものになっていた。


震える声で尋ねる。

「ネナ…本当に、そのプリンだけなの?」


私は深く息を吸い、言葉を整えた。

「新しい隣人の家から何かもらっても、ルナには食べさせないようにって言ってあったはずよ。」


ネナの顔が強張った瞬間、すべてが理解できた。


「もしかして…」

私の声は喉で途切れた。


ネナは再び涙を流し、ルナの身体を抱きしめる。

「ごめんなさい…プリンを食べる前に、二人で隣の人からもらったお菓子を少し…口にしてしまって…本当に…知らなかったんです…」


膝が崩れ落ちそうになった。


世界がゆっくり回り出すような眩暈が襲い、私はルナの冷たい毛布を掴んで耐えた。


――大丈夫なはず。

――大丈夫でなきゃ困る。


「ネナ…」

かすれた声で言う。

「信仰は違ってもいい。どうか…ルナのために祈って。」


窓の外は夕闇が落ちていた。


「お願い…これがただの偶然でありますように。」


私はすぐにルナを抱き上げ、脈を確認しながら頬を軽く叩いた。

「ルナ、聞こえる? 病院に行くよ。」


車に乗り込んだ瞬間、夕方の風が妙に重く感じた。


庭の虫の声すら途絶え、嫌な静けさだけが広がっていた。


そしてその時だ。

私は“それ”を見た。


――あの鳥。


呪われた鳥。

カラスだ。


薄暗い道を走る車の後方に、その影が映った。

黒い翼が広がり、低く飛び、私たちの後を追い続けていた。


あの鳴き声。

「カァ…カァ…」


死を運ぶ鳥。


その夜、私は初めて――本当に信じてしまった。


ルナの後ろに座る“何か”を。


病院に到着した時、私は一瞬だけ安堵した。

明るい白い灯りが広場に差し込み、まるで安全地帯に入り込んだようだった。


でも安心は続かなかった。


カラスは、消えたように見えただけだった。


私は車を降り、急いで扉を閉めようとした瞬間、二人のスタッフが走ってきてルナを担架に移した。

ネナは涙を流しながら追いかける。


私はその場に数秒立ち尽くし、呼吸を整えようとした。


そして――ぞわりと背が粟立った。


空を見上げるよう、何かに引っ張られた。


病院の建物の上で、一羽の黒い鳥が旋回していた。

ゆっくりと、確実に。


また…追ってきていた。


私はうつむいて喉を鳴らし、急いで救急室へ向かった。


ルナはすぐに応急処置を受けた。

淡い電子音がベッド脇で鳴り、彼女の小さな手には点滴が刺さっている。


看護師たちが行き交い、医師がいくつかの指示を出す。

その後、私たちは病室へ案内された。


私はベッドの端に立ち、青ざめたルナを見守った。

ネナはドアの近くで俯き、濡れたハンカチを握りしめていた。


母として、胸が張り裂けそうだった。

怒りもあった。責めたい気持ちもあった。

でも分かっている。

彼女は悪意でやったのではない。


彼女もまた、知らぬ間に――何か得体の知れない闇に巻き込まれてしまっただけなのかもしれない。


私は息をゆっくり吐き、落ち着こうとした。


その時、廊下から重い足音が響いた。


振り返る。


作業着を羽織ったままの長身の男が、病室の入口に立っていた。

鋭い目つきの奥に、深い不安が見えた。


アドリエン。

ルナの父。

当時の――私の夫。



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