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謎の少女。


人がいる。


目があった瞬間には失礼だが声が出そうになった。

上品だが鬱蒼とした薄暗闇の中に座り、コップを持って足を組みながら微笑している。

誰もいないからと好き勝手にチラついていた興味が、その人へ一気に釘付けになった。

ゆっくりと手が動いている。手招きの所作であるということに気づくのに時間がかかった。

分厚いマントに特徴的な癖毛の少女。中は暑くないと考察できるのと同時に、初めてできたあの魔女の友達を思い出して、緊張は緩まった。


からん、からんと鐘が鳴る。


「ごめんくださあい.....。」


扉をあけて言葉を発す。あの少女と目を合わせながら。

外気温は外と変わらないが、直射日光と砂埃がないため少しは心地よい。



「こんにちは、君は昨日あの子と一緒いた子だね。」



あの子というのはアーマの事なのだろう。やはり同じ人間同士知り合いなのだろうか。


「まあ。とりあえずここに座りなさい」


見た目は小学5.6年生ぐらいだろうか。随分と貫禄がある。

促されるまま机を挟んで彼女の向かいの席に着く。壁からさす光が少しまぶしい。

分厚いマントは暑くないのだろうか。

まっすぐ見据える。よくよくみたら膝の上に動物のぬいぐるみを置いている。



「ああ、これ?ここの店主」


「えっ?!」


目線に気がついたのか少女が口を開く。よくよくぬいぐるみを見たらお腹が動いている。

狐のような大きな耳、少女よりも一回り小さい体、飲食店員らしい服は着てるが、布の隙間から見えるのは卵色の毛皮。夜には見たことないタイプの人外が、少女の膝上ですうすうと寝息を立てている。

にやにやと少女の口角が上がっている。いたずらに成功した時の妹たちの顔を思い出した。

少女は三つ編みをきつく結び、ギラギラと歯を輝かしている。耳の大きな星のアクセサリーは飛び切り人の目を引く。そして、私の髪についたリボンを凝視している。


「私の名前はひまわり。小輪瀬ひまわり、よろしくね。あなたの名前は?」


少女はあっけらかんとして、目を少し泳がせた。だがすぐに視線を戻し、再びとびきり口角をあげた。


「ミモア...ミモア・ソワフィー!」


骨を砕き肉を引きちぎるような歯を見せながら、笑顔で答えたミモアはすぐに口角を下した。


「ひまわりは、アーマと住んでいるのかい?」


「うん?まあ...そうなるね、住み始めたというのが正しいけど」


転移とかの話はわざわざいう必要がないだろう。

印象年齢がころころが変わる子だ。質問も突飛で驚かされる。


「ミモアはアーマと知り合いなの?」


口角がまた上がる。


「ううん、でもね。かなりかなり有名だからね。亜人のくせして奴隷たちの中で3本指に入るほど強いってね。」


「奴隷...!?」


店に響くほどの大きな声を出した。思わず立ち上がっていた。店主はまだ寝ている。


「女の子があまり大きな声を出すもんじゃない。聞いてなかったの?」

 

「アーマはここを低賃金の労働所だっていっていた....。」


「かか、それはそうだね。奴隷だからね。お金はまともに貰えないでしょうね。」


独特の笑い声を出しながら、コップに入った飲み物を啜っている。


「一応聞いておくけど、ここでの奴隷の定義は....?」


「ホントに世間知らずだねえ。まずは座ったら?」


また促されるままに座る。店主を撫でているミモアは、こちらを見ようともしない。


「まず奴隷の定義だっけ....?難しいことを聞くもんだね。そうだな。ここでは魔術紋を使った魔術契約をした物を指すね。まあ。聞きたいことはそれによってもたらされる災いだろう。

 まず一つ。契約者と契約者が定めた仮契約者に絶対服従。端的に言うと奴隷をシェアできる。

 二つ目は行動制限。一個目は反逆するという意思を丸ごとなくす一種の洗脳だけど、これはやろうと思えば違反することができる。だが反抗するとこの世のものとは思えない激痛が走るらしい。

 三つめは、利益ととるか不利益とるかはきみ次第だが、契約者の命令一つで身体能力の底上げが簡単にできる。ただ、安全なやり方でやってないから幾度となくやれば体がボロボロになる。」


「……魔術紋って?」


「魔術を使った契約。魔術契約の手法の一つのことだよ。魔術契約書と魔術紋の二つがある。魔術契約書は、その名のとおり契約書だよ。契約内容を破ると魔術で罰が下される。ただこれは自分の自由意思で結べるからね。魔術紋は手形の裏書き譲渡みたいなもん。他人が勝手に結べてそのまま引き渡せるんだ。親とかね。かなりきびしい条件付きだけど。」


店主を撫で続けながら、そう答える。ミモアはまた口角が上がっていた。


「それ、どうやったらぶっ壊せるの?」


ミモアの口角が一番上がった瞬間だった。


「ここにいる奴らは、大体がろくでなしさ!金だったり酒だったり賭博だったりで借金漬けのね。だから借金の借主と契約書で魔術契約してから魔術紋をつけられてここに来た。大本は契約書だから、それを他人が燃やせば解放

できる。もちろんそうできないように色々対策はされているがね。

でも、アーマはどうかな。あれは親に売り渡されてここに来たから契約書がない。」


にやにやと、ミモアの口角は上がりっぱなしだった。


「じゃあ、アーマを解放する手段はないっていうの?」


「かっかっかっ、そうだねぇ!」


満面の笑みで答えたミモアに、ふつふつと何かが湧き上がっていた。


「帰る。」


座っていた木椅子が転がりそうなほどに勢いよく立ち上がり、そのままつかつかとわざと足音を立てながら出口に向かう。私の心の中は不快感で満たされていた。


「…?まって…!なんで突然…!」


ミモアの静止の声と一緒に、袖を引っ張っられて立ち止まる。すでに彼女の腕が届く距離ではないのに。


「…私をここに招き入れて、知りたいことを教えてくれたのは本当に感謝している。でもね、その態度が許せない。どういう心境なのかわからないけど、あなたの笑いはアーマの境遇を小馬鹿にしているようににしか感じない。」


ミモアの方向へ向いて答える。彼女はまだ寝ている毛むくじゃらの店主を小さい体で抱きしめている。

揺らいでいる目には動揺が見て取れ、彼女と出会ってから一番幼く見えた。

まるで、悪戯が過ぎて怒れることを覚悟した末の妹のような狼狽。


「で、でも、ひまわりはミモアの名前を聞いてくれた…よ。ミモアのこと…す…好きじゃないの?」


動揺しすぎて自分でも発した言葉の文脈が理解できていないのだろう。店主のエプロンを強く握っている

きっと、彼女は私との会話で感じた最も鮮明な価値観を土壇場で捻り出した。


「好きか嫌いかでいったら、好きだったよ。でもね、さっきも言った通りミモアは私の友達を馬鹿にした態度をしていたと私は感じたの。なんでミモアは笑っていたの?」


出口へと向かっていた体を返してミモアに近づいた。彼女と目線を合わせて会話できるように、屈みながら返答を聞く。


「う…笑っていたのはわざとじゃないよ。本当に。ただ、契約を破る方法が見つかるのか、それがどういう方法なのか知れるなら、面白いなって…!ミモアは勉強が大好きなの…!」


さっきの貫禄はどこへやら。完全に見た目相応の少女的言動になったミモアへ少し和みを感じていた。


「そっか、じゃあ私の早とちりか、本当にごめんなさい。」


「…!ううん。ミモアも今後の言動に気をつける。まだ居るでしょう?さあ席に座って!」


片手と上半身で店主を抱き抱えながら、空いている片手で机をぺちぺちと叩く彼女は、また元の貫禄を取り戻そうとしていた。


「ここはねぇ、いわば巨大なおままごと会場みたいなものなんだ。」


「おままごと?」


私が席に戻って、少し間を置いてからミモアが口を開いた。


「うん、おままごと。なんだっけな?今ここを運営している奴が社会学を半端に勉強していて、親から事業を引き継いだ時に研究のためここを作ったらしい。」


「研究?何の?」


社会学というのは社会と人間をテーマに社会現象を研究する分野のはずだ。


「わからないが、どうせくだらない経済流通の調査さ。第一、研究というには杜撰がすぎるよここの仕組みは、奴隷達は契約者を恐れるせいで、経過観察というのが機能していない。この時点で破綻している上に、おそらく研究の要であるだろう飲食店は奴隷達が運営している。朝晩みっちり働かせて、睡眠時間を削ってまで働きたい精神まで奴隷根性のやつはそういないさ。必ず手を抜く。」


まぁ、そこまで研究の範囲内だっていうならお手上げだけどね、と付け加えつつまたコップの水を啜ったミモアは、口端がぴくぴくと動いていた。

そういえば、ミモアとそこの店主は働かなくていいのだろうか?


「ねぇ、ミモアは働きに行かなくてもいいの?」


ミモアはきょとんとした後、口を開いた。


「ミモア、奴隷じゃないもん。」


「はぁ!?!?」


今度は立ち上がらなかったが、さっきよりも驚いた。いや、それよりも恐怖が上回った。

ここまで情報を知っていて奴隷じゃないということは、運営側の者である可能性が高まるからだ。

私をここまで引き留めたのも、もしかしたら捕獲のためとか……。


「ま、知らなくても仕方がないか、ミモアは普通に外から来たけど、ひまわりは別世界からの来訪者だもんね。」


「っなんで知って!?」


先程からずっと驚かされている。ミモアは人差し指を唇につけて、話を続けた。


「あの小娘にわかってミモアにわからないとでも?酒場の古代魔法、薄氷の向こう側へ物質を持たずに干渉できる。なんでそんな貴重なものがあそこにあるのかがわからなかった。網に落ちた魚をひっくり返すためだったとは、ね。」


ミモアは、自分だけわかる言葉で話す。彼女の爪を初めて見た。

まだ、幼さが残る小さい爪にコーティングされた、暗い空を透き通る蒼。散りばめられた星の光。爪が皮膚に近づくほど、薄くなっていく色。私は、それを。見たことが_______。


「もし、もーし?ひまわり?」


「っえ?じゃっ、じゃあそこの店員は?」


焦って心底どうでもいいことを聞いてしまった。


「店主ね、この子は夜働くの。夜働く子は高級取りだから、昼間はアーマと同じようなところで寝られるんだけど、どうしても店を持ちたいらしくて」


睡眠時間を削って働いている。と言いたいのだろう。ただ和むだけだった店主の様子も、ここではただの不遇な人だ。


「ねぇ、アーマってなんでそんなに稼いでいるの?」


「うん?…力が強いからだよ。」


ミモアが飲み物を飲んでいる最中に話しかけてしまい、少し返事が遅れていた。



「そうじゃなくって、そもそも給料の仕組み的に奴隷はお金を稼ぐことができるの?」


「できるさ、奴隷の中にも地位がある。五体満足のやつ、力が強いやつ、魔法が使えるやつ。この順で地位が高まる。アーマは魔法が使えるのさ、だから偉くて比較的お金がもらえる。」


魔法はみんなが使えるわけではないのか。ミモアはまた、私の髪飾りをみている。


「ま、アーマはここでは強くても外では下の上くらいかな。魔法の腕は。」


私は魔法については何も知らない。


「ふぅん、外での上の上はどの程度なの?」


突然ミモアの表情は暖かさを失い、でも何かを気がついたように温度を戻した。


「わたしぐらい。」


一人称を変えた少女に、何の反応もできなかった。


「そろそろかな。」


目を伏せてそう答えた彼女は、コップに残った水を飲み干した。そういえば喉の渇きが気になって来た。


「何が?」


「支払いだよ。情報料の!このお茶一杯分ってとこかな?」


「はい!?私お金持ってないよ!?」


突然ふざけたことを言い出したミモアは、砕けた笑顔で続けた。


「いやぁ。助かったよ!この奴隷達の寮に迷い込んだいいものの結界が張り巡らされていて、外に出られない!住み場所もなく水道もないから喉が渇いても潤すこともできない!仕方なく店に入ったら今度はお金がない!君がここにホイホイ入り込んでくれて本当に助かった!ありがとう!」


本当にふざけている。百歩譲ってそういうことは先に言え、喉が渇いているのはこっちの方だ。お前が茶をよこせ。全ての反論が空を切った。体だって動かせない。


「店主、今は眠っているけど中身は見た目通りの獣だから!お気をつけてねぇ!これに懲りたら、種族で人を判断してはいけないよ!かっかっかっ!」


未だに寝ている店主を机の上に置き、どんどん出入口までミモアが遠ざかっていく、依然体は動かせない。

壁から点す日差しはまだ黄色い。私は詐欺師に騙されたのだ。

ただ願うのはいくらか相手が良心的な詐欺師で、手に入れた情報が本当であることと、ここの店主が話が通じる相手であることだろう。



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