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魔女の部屋。


こつん、こつん、こつん、


わずかな灯りのみの狭い廊下を歩く。床は大理石だろうか、直接触れなくても石の冷たさが想像できる。

その冷たさに当てられたのかはわからないが、ひまわりは少し冷静さを取り戻していた。


ひまわりはあの後、握手のつもりで手を差し出したが、結局そのまま手を引かれてここまできた。

歩いていてわかったこと、ひまわりが転移したのは2階の酒場で2階は娯楽施設がメインであること。

そのまま下に降りたが、露店は広場の中心によっていたので一番端の階段から降りたひまわりは後ろ姿しか見られなかった。そのまま歩いてすぐに、今歩いている通路に続く階段へ入った。


一応はこの建物の大まかな全体構造がわかった。中心が吹き抜けになっているo型の木造の建物だ。吹き抜けの下は広場であり、端々にはこの建物より数メートル高い木がまばらに生えている。階段は左右の端に設置してあり、ひまわりが下ったほうの階段の先には地下がある。それがアーマさんの自宅に続いている。と本人が言っていた。



こつん、こつん、こつん、こつん



先ほどから続くヒールと大理石がかち合う音。アーマが足を止める気配はない。このまま暫くはひまわりの思考の整理が続くと思われた。


「ついた。」


また予備動作もなく魔女は止まった。今度はひまわりの完全な意識外だったため、先ほどより足が絡れ体勢を大いに崩した。転ばなかったのは近くに掴まえられる照明器具があったからだ。


照明器具を掴んだまま魔女が見据える方向を向く、蝋燭の光でひどく明瞭になった視界には、白く、薄暗い扉が映った。自宅の扉と言うにはあまりにも簡素な扉。ポストもない、スコープもない。ただ薄汚れた白の板に、金属製のドアノブのみが張り付いている。

徐に魔女がノブを回して扉を開けた。鍵もないのかと驚愕した。


「ほら、入って、入って。あ、段差気をつけてね。」


先に部屋に入ったアーマに促されるままに下を見ると、確かに床材が上に乗ったコンクリートの段差がある。まるで床を扉前床をでぶつ切りにしたみたいに。


そんなことを気にしても仕方がないので、借りたマントを小さく上げ、足元をよく見て部屋に入った。



ぱちんっ とアーマが指を鳴らし部屋を明るくした。

それを見たひまわりは、すごく魔女っぽいと感心し、改めて部屋を見る。部屋の半分以上をベットが占めている。


寝具以外の家具や窓、収納具などがおけるスペースが一切なく、ベットの横の隙間には人が仰向けになれる幅もない。自宅というより、寝に帰るだけの部屋。かろうじてベットの上の木製のハンガーにかかった替えの服が、白い壁と黒い木材の部屋を色を与えている。


ベットが特別大きいと言うわけでもなく、部屋が小さすぎるのだ。おそらく3畳一間もない。

ひまわりが部屋の大きさに驚いていいると、アーマが声をかけた。


「えへへ、、驚いたでしょう!この大きさの部屋に個室だなんて!これでも結構稼いでるんだよ!!」


ふふん、と音が鳴るような顔でこちらを見るアーマさん。また予想外の声かけだったが、今度は声が出た。


「そ、そうですね…!」


私はこういう性格なのだ。 




服を着替えさせてもらった後に、私たちは二人ベットに腰掛けていた。アーマさんは帽子を脱ぎ、私がマントの上に置いている。


「この服、アーマさんと色違いなんですね。」


ひまわりの上の服は黒色の半袖タートルネック。下は太ももの付け根あたりまで薄水色のジーンズ生地、その下が黄色のクルマヒダスカート…制服のひだひだスカートみたいなガウチョパンツ、上に比べて下が随分特徴的だ。


「アーマでいいよ、それと敬語も。数年前キャラバンで買ったんだ。街の流行らしいよ!」


まあ、型落ち品だろうけどね。と付け加えながら、コロコロと表情と声色が変わる。

ひまわり的には大恩人なので敬語はやめたくないのだが、本人がそう言っているので甘えることにした。


「じゃあお言葉に甘えて、」


暫く沈黙が流れる。お


(互い、会話のネタが尽きたかな…いや、向こう側の意図はわからない。質問しようにも疑問が多すぎて何がわからないのかがわからない。質問した内容をした内容を知っているのかもわからないな。)


ひまわりは隣に居るアーマの表情を伺い、少し考えた。


(何か、知ってそうと言えば言語かもしれない。アーマに酒場で話しかけられた途端に全ての言葉が明瞭に聞き取れるようになったし、いや、それは普通に魔法かなぁ。)


とにかく、こちらを横目にチラチラとアーマが見ているから、ひまわりは会話を切り出すための口実に、答えの出た憶測を確かめてみることにした。


「あの__ア」


「あの!あのあのあの…な、名前聞いてもいいかな?」


ひまわりは予想外の切り出しに、思わず言葉が詰まった。そう言えばまだ自己紹介すらしていない。


「そういえばまだだったね。私の名前は向日葵。小輪瀬向日葵。」


「こわせひまわり…?すごいな…姓もあるんだ………」


ひどく遅い自己紹介を聞いたあと、小さい声でそういう彼女にまた一つ疑問が湧いた。


「あ!ごめん!何か言おうとしていたよね?」


聞こえてたんだ。ひまわりは思考を悪意なく声に出しそうだったが失礼なのでグッと抑えた。


「うん、大したことじゃないんだ。私、最初は言葉わからなかったんだけどアーマに話しかけられた途端にわかるようになったから…」


「魔法使ったの。」


(ズバッと言われた!)


「それと__」


「あとさ!」


二人の切り出しがまた被ってしまい、理由もなく顔を見合わせた。今度はアーマも抑えている。


(でも耐えきれ無さそう。目がキュルキュルしている。)


「お互いに質問が多いみたいだから、交互に行こうか。まずはアーマからどうぞ」


と言ってもひまわりには一つしか持ち合わせがないが。


「うん、うん!ありがとう!……えっと。」


アーマが耳元に顔を近づける。


「…ひまわりって、外の世界から来たんだよね?」


予想外の返答に、ひまわりは自分が目を大きく見開いたのがわかった。



「っ!!私の世界のことしっているの!?」


違う。まずは外の世界の定義を聞くことだ。


「私、私、帰れるの!?」


さっきまで忘れようと勤めてたくせに。


「教えて、教えて!」


声がでかい。



ひまわりは息が上がっていることに気がついた。目の前は水彩のように歪み目元が熱くなっている。

ひまわりの頭の中では、まだ物言いたげな理性が睨みを効かせている。


ひまわりは己の失態がどうしよう者なく恥ずかしくなり、下を向いて冷静になろうとした。

白いシーツが目に入る。アーマの肩をわずかに掴んでいる。


それでもアーマはいたって冷静に、ひまわりの背中をさすりながら話し始めた。


「私が知ってる外の世界というのはね、ここから地続きにつながっている場所のことだ。ここは…低賃金の労働者が住む場所で、働いている誰もが外に出たいと願っている。そして君はおそらく____。」


「遥か彼方の外国からきたんだよ!」




「だって君は、ここで使われている言語にかすりもしない言葉を使う。ここは各国から寄せ集めた輩たちが集う場だ!それに、見たことがない意匠の服をきているし。さっきの酒場があっだろう?あそこにあった掲示板。あそこに書かれているのは古代の魔術紋だ学がない奴らにはただの紙切れにしか見えないだろうね!」


アーマはひまわりの手を握り、はしゃぐ子供のように地をはねた。


「そして君はその前に突然現れた!音もなくね。おそらく君は外の世界で負傷を受け、何らかの条件が満たされて魔術式が起動した。身に覚えは?」


ふるふると首を横に振る。負傷というのはお腹の傷のことだろう。


「なるほどね…一時の記憶喪失か、それとも生まれた時から組み込まれていたか、どっちにしてもここに転移するのは謎だけどね。何にせよ、ずっとあそこに前から目につけていた甲斐があった!!

あの魔術を使えば君と僕は外に出られる!僕はやっと君と出会えたんだ!君は僕の宝物だよ!外に出られる鍵として!外の世界を知っている憧れとして!」


そう捲し立てるとアーマは口を閉じた。ニコニコと笑っている。


アーマが話す言葉の殆どがわからなかった。でも、ひとつだけ耳に残った。


外に出られる、ひまわりがいるから。と、アーマは言った。



落ち着いた雰囲気のすぐそばには、子供のような無邪気さが潜んでいる。

ひまわりがひまわりでないことを、この何も知らない幼気な少女に求められている。

ひまわりは、あのとき、あの夜の道でわずかに彼女のひまわりに対する憧憬を見た。


それが何故だかわからなくって、ただひまわりは、アーマの背中についていくことしかできなかった。でも、その理由を今知った。望まれる像を今知った。


これだから偶像(アイドル)はやめられない。

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