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後始末はまだ先。


「お前さぁ…」


荒れた室内。私の乱れた髪。気絶した主催。腫れる頬。向かい合う二人。


最初に響いたのは狼の呆れ声だった。


「本当にさぁ!…あぁ!ダメだ!言葉が出てこねぇ!!!!」


アーマは意識を失った主催を無言で縛りあげている。それが終わったら、ひまわりに近づいて乱れた髪をひと撫でした。


「なんで、私たちを呼んでくれなかったの?」


呼んでくれなかったの、とアーマは言った。

実際、この部屋にはこの狼と魔女の姿は見えなかった。だが、ひまわりが主催に鉄拳を食らわせて一言呟いた後、この二人は臨戦体制で影から飛び出した。


ミモアの魔法である。初見ではない。ひまわりが初めて歌った夜、ミモアはこの影に潜む魔法を使って歌を特等席で聞いていた。その魔法を三人にかけておいたのだ。

当の本人の姿はここにはない。


影に潜むものは暗闇の中で音しか聞こえないこの魔法。視覚的な情報は一切遮断されており、合言葉が発せらた場合のみ影から飛び出す計画だった。だから、どんな罵倒が聞こえても飛び出さなかった。

その我慢が、ひまわりを守るわけではないと知らずに。


アーマとひまわりを二人きりにするべきだと判断した狼は、当初の目的の金庫へ向かう。

金庫の中には魔術契約書が入っており、これを破壊すれば全体のおよそ8割の奴隷を解放できる。


狼が部屋の端にある金庫へ歩みを進める中、自分よりも小さな獣が立ち尽くしている姿を目にした。

狼はその獣と目があった。何かを言いたいのか、舌のない口で必死に意思を表示している。

それを気にせずに狼は金庫を破壊し、中身を取り出した。


「ひまわり、こんな事言いたくはないけど、君は僕たちよりも武力はない。

だから、こんな目にあった。君がすぐ僕たちを呼んでくれたら、今頃全員無傷で主催を懲らしめてた…!」



アーマは、固く閉ざした拳を震わせている。ひまわりはアーマをじっと見つめて、自分の気持ちを探した。


本当ならば、解放された全員で主催を倒し、すぐに金庫を破壊することもできた。


ただ、それでは主催がどんな人間性なのか、ひまわりがわからないまま終わってしまう。

何もわからないまま日常が崩れていく、その人の成り立ちも思いもわからないまま壊していく。


ひまわりは、そんなのは嫌だった。

救えるものなら救ってやりたい。彼の話を聞いて見たい。

一方的なやり方はひまわりの矜持に反する。


ただ今回は、その万人が偶像を求めなかっただけで。

ただ今回は、その万人が偶像を軽んじただけで。


誰かに救いを求める偶像なんて言語両断だった。誰かのために生きるのならば、欲求ではなく人生を満たしたい。弱さを魅せるのならば、満足ではなく己を顧みるのに使わせたい。


己の自尊心で耳を閉ざした男には、ひまわりの歌声は聞こえなかった。


だから、諦めた。


「…それは違うよ。アーマ。」


己の思考を整理したひまわりは、アーマの問いに解答する。


「確かに、髪を掴まれた時点でアーマ達を呼んでおけば私の頬は無事だった。

だけど、それじゃあこの人の真意がわからなかった。」


「それが、どうしたっていうの…!」


アーマの顔を見る。発せられたのは冷たい声ではない。寧ろこれ以上ないぐらいに温かい。

怒っているんだ。

守れない無力感。助けを求められない悲しみ。温かい、怒り。


でもそれは全部、アーマは私が弱いと思っていたから飛び出した気持ち。

違うんだよ。私がアーマに守られるべきは今じゃない。だから、今はもう少しだけあなたの偶像から外れさせてもらう。

ひまわりは口を開いた。


「真意がわからないとスッキリ復讐できないでしょう?」


アーマの顔が一瞬緩み、くしゃりと笑った。




その時だった。



「命令だ!ルフナー、殺せ!こいつらを!殺せぇ!!」


男の怒号が辺りを切り裂いた。アーマは縄で縛ってはいたが、口枷までは付けていなかった。

二人は言葉の意味が理解できず、初動が遅れた。


その僅かな隙間を縫うように、黄色い何かが飛び出した。


ひまわりを後ろにつけたアーマが腕で防ぐ。けたたましい破裂音、アーマが力任せに弾き飛ばした。


「っいったぁ…!君、置物じゃなかったんだ?」


ぽた、ぽた。と、小さな獣の腕からから赤い液が垂れている。

縛られたまま二足歩行もままならない男を背に、金色の赤い獣。


店主が立っていた。


「命令だ!早く!まずはアーマを殺せ!」


男がまた叫ぶ。その言葉を受けとった店主は目を大きく開き、天井へ飛び上がる。

天井へ足をつけたと同時、その天井板を踏み抜いてこちらに突進した。

その店主の動作と同じスピードで、アーマは手近な椅子を破壊し、長い破片を手に取った。


鳴り響くは地鳴りような衝突。


店主が足を振りかぶればアーマはそれを拳で相殺し、アーマが破片を叩きつければ店主はそれを受け止めた。


狼がひまわりに向かって叫ぶ。


「っひまわり!破壊できない!」


ひまわりが狼の方へ目を向けた。契約書は破損もせずに未だ狼の手元にあることを確認する。


「ルフナー身体強化だっ!必ず殺せ!」


男が叫んだその瞬間、狼の持つ契約書が青白くひかり、南窓の方向へ近くの何かが吹き飛んだ。


アーマだった。

店主に押されているようではあるが、まだ立っている。


「ルー!!お前は来るな!」


アーマが狼へ呼びかけ、ルーは頷く。そのままアーマは南窓の窓枠を蹴り飛ばして外に出た。

店主もそれに続いていき、アーマよりも乱暴に飛び出した。部屋に残ったのはひまわりと狼。それに縛られたままの男。

男は笑った。


「ははっ!はははは!アーマは逃げたか!?良い!時期に異変に気づき、駆けつけた僕の護衛がお前ら…を。」


男から笑みが消えた。そう、ここに居るのはひまわりと狼。

それに、縛られたままの男。


圧倒的弱者は誰か、明白だった。


「…チッ、わかった!わかったよ。あの獣の命令を取り消す、窓の外に出してくれ。」


「いやですよ、誰があなたみたいな男を信用するものですか。どうせ、他の奴隷達に命令してアーマを袋叩きにしようとする。」


ひまわりの言葉に、男の肩が跳ねる。


「じゃあなんだ!?金か?そうだ!お前らには僕の奴隷を少し分けてやろう!命令一つで言うことを聞く愛玩具…!」


「ちげぇよ。」


狼が男を蹴り飛ばす。男は悲鳴を上げながらのたうち回った。ひまわりが男に近づき、男の額に垂れた血を拭って言った。


「契約書の壊し方を教えてください。」

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