表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/28

悪辣の真打ち退場


こつ、こつ、こつと階段を登る。夜風がよく体に沁みる。


広場の裏側に周り、壁に引っ付いた木の階段である。

男が先を歩き、ひまわりがそれを追う。女は男の三歩後ろを歩け、と旧時代的な地元の言葉が、脳裏をよぎる。男はその考えは決して口に出さず、態度で表しているようだった。


偏見ではない。男の歩くスピードの話だ。不安定な木の階段の上で、突然早くなったり遅くなったり、止まったりしてしまうから、三歩以上後ろを歩かないとぶつかってしまう。


まるで私を試しているようだ、とひまわりは考える。

そんな事を考えていると、ひまわりと男は扉の前についた。


扉を開けて、男が先に入る。その空いたままの扉が閉まってしまわないうちに、ひまわりは中へ入る。


兆す月光を全て跳ね除けてしまう閉鎖的な部屋の作り。外よりも暗く、僅かに置かれたキャンドルがほんのりと生暖かい印象を残す。金庫と、テーブルしかない殺風景な部屋。


男はブレザーを脱いで壁にかけた。その様子をみていると、部屋にひまわりと男以外の人がいる事に気がついた。


卵色の毛皮。


エプロンの下の洋服。


あの店の店主だった。


店主はこちらに見向きもせず、ただ下を向いている。男は部屋の中心にあるテーブルの近くに置いてあるソファに座り、扉前で一歩も動かず周囲を観察しているひまわりに声をかけた。


「そう緊張することはない。ここに座りなさい。」


ひまわりは小さく返事をして、男が指した木椅子へ座った。


今、この空間に私を守ってくれる人は、誰もいない。


恐怖はない。魔法の言葉を知っているから。


「さて、早速だが君の歌を聞かせてもらった。…ひまわり…?だったかい?君は、人生で一番大切なものはなんだと考える?」


足を組みながら男が答える。ひまわりは予想外の返答に少し困った振りをした。


本心で答えてはいけないのは分かっている。ただ、男が何を望むのかがわからない。

学、金、力。今までの情報から、そのような事を言って置けば安牌ではある。


だが、今ここに座っているのは、反逆を目論む来訪者ではない。

男が支配するべき奴隷。まだ見ぬ金のなる木。そして、他には何もないただの空っぽ。

そう考えて、ひまわりは回答を叩きつける。


「歌を、歌う事です。」


男は鋭い犬歯を見せ、苦笑した。だが、その目には確かに愉悦が感じ取られる。


「はは、確かにそうか!君にとってはそうなんだろう。だがね、もっと大切なものがある。それはね。…親だよ。」


意外にも道徳に沿った男の回答に、ひまわりは思考を修正する。男は店主を呼びつけ、どこから持ち出したのか、酒を注がせた。


「親はね、大切なんだよ。僕の親はここを経営していてね。おかげでなんの苦労もせずに、大金と高級取りの仕事を引き継いだ。この服もそうだ。これは君たちが聞いたこともない値段で売られている。

あんまりにも高額だから、購入時は店員が付いて歩いて、飲み物をせっせっと注いで接待する。」


ひまわりは唾を飲み込み、態とらしく驚いた。男はそれを見ながら酒を飲み干し、隣の店主にグラスを預けた。


つまらない。


「はは、それに対して君はどうだ?見窄らしい服に、貧しい暮らし。僕は生まれてこの方奴隷になんてなった事がない!それは親が僕を愛していたからさ。金を積み、手塩に育てた。君は親に愛されずに奴隷になった。つまり、根本的に君と僕とじゃ品位が違うんだよ!」


男は勢いよく立ち上がり、ひまわりの下ろした髪を乱暴に引っ張り上げた。

その様子を店主は黙って見ている。男は、ひまわりを見下して耳元で叫ぶ。顔が赤い、酔っているんだ。


「この状況は、歌があったら変わるのか?じゃあ歌ってみろよ!?

ほら!ほら!もう一度言ってみろ!?人生で一番大切なものはなんだ!?なぁ!?

早く言わないと、女の自慢が禿げ上がってしまうぞ!?ほら!?」


ゆさゆさと、掴んだ髪の毛を頭ごと動かす。あまりに力が強く、ひまわりの体は椅子からずれている。

きっと、ひまわりは正解を掴んでもこうなっていたのだろう。


「親です…ごめんなさい!親…です…!」


ひまわりが謝罪を口にした途端、頭からかかる負荷が消え失せた。

その勢いでひまわりは床に伏せ、乱れた髪の隙間から男を覗いた。


笑っている。


「はは、すまない!少し酔ってしまったようだ!このまま話を続けてもいいかな?」


男は暗に、床に伏せ続けろ、とひまわりに命じた。

この行動は、酒失ではない。奴隷としての立ち振る舞いを教える躾である。


奴隷にあるまじき、凛とした姿勢が気に入らなかった。それだけのために、ひまわりを痛めつけたのである。男は続ける。


「君は確かに僕より全てが劣るがね。君の歌は素晴らしいんだ!君は気がついていないかも知れないが…あれは大層金になる!」


こちらを見下して、周りをゆったりと歩く。ひまわりは、少しだけ顔を上げる。


「知っているかい?巷では偶像劇が流行っているんだ。」


偶像、という言葉にひまわりの体が反応する。


「若き才能を持った少年少女を裕福な爺婆が支援する。勿論、ただ若ければいいってもんじゃない。

同情を集める、それなりの経歴がないといけない。まさしく君みたいな。ね?

他人を支援するような馬鹿どもは、悲劇の少女を救う茶番(偶像劇)に夢中になって、裏で我々が癒着している事に全く気が付かない。その支援は丸ごと僕のもの。」


男はそう言いながらしゃがみ、ひまわりの顔を覗き込み肩を掴んだ。


「元奴隷の歌姫…うん、うん、いいじゃないか!ただ紙を浪費する絵描きよりも、ただ破壊するだけの魔法よりもずっといい!コストカットだよ!!勿論、力になってくれるよね。」


彼の目が光った。

協力を仰ぐ姿勢。彼の手の甲に浮き出る血管から、それが仮面である事を物語っている。

ひまわりは、伏せていた体を起こして立ち上がり、そのまま木椅子へ座った。


「お断りします。」


「…………は?」


乱れた髪を整えると、男の顔が目に入った。苛立ちのような、驚きのような顔をしている。


「だから、お断りしますって。」


その瞬間、男の白い頬が吹き出した溶岩のように真っ赤に紅潮し、息を荒げ太い静脈が浮き上がる握り拳を、ひまわりの頬に叩きつけた。


男の荒い息が部屋中に響いている。


「ちっ、もういい…おい、命令だ。服を脱げ。」


ひまわりは、錆びた刃物のような鈍い光を目に入れるだけで、人形のように反応も示さなかった。

男はその態度に狼狽える。


「…つまんない。私はあなたの話を聞くためにここに来たのに、あなたは私を見ていない。

私を自分と照らし合わせて、足りない部分を嘲笑っているだけ。そんなもの、会話でも何でもない。」


南窓から、月光が差し込んでいる。


「ま、まて…なんで、命令を聞かない!?服を脱げ、服を脱げよ!?」


「…求めるべき協力を、歩むべき苦難を、あなたは何も指し示していない。それは、この世で最も愚かで、私が最も忌み嫌う事。あなた。私が人生で一番大切にしていることはなに、って聞きましたよね。」


ひまわりは木椅子から立ち上がり、男に忍び寄る。

男は腰を抜かし、床を張って後退った。


所詮は、契約による束縛。自分よりも圧倒的に弱い人間にしか、王として立ち振る舞えない小さな獣。


「そんな事、あんたなんかに教えるわけないでしょう?バーカ!」


ひまわりは、男の金的を的確に蹴り上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ