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復讐は大義名分。



溢れるばかりの汗はおさまっていた。その本来の役割を思い出したかのように、体が涼む。


そういえば、あの童話。オチがつまらなくって嫌いだった。



泳がせていたアーマの目が、ひまわりを捉える。待っていた時を、彼女が逃さず口に出す。


「ねぇ、アーマ。復讐したい?」


ひまわりが聞く。


「…したくない!」


アーマが腑抜けた様子でくしゃりと笑う。されど響くは芯が通った寛闊声。



「そう…でも、私はしたーい!」


「……え、」


「えぇええ!?」


アーマが全身を使って驚きを表現している。ミモアもこれには驚愕したようだ。いつのまにか起こした体を壁に預け、張った目をこちらに向けている。


「まぁ…復讐っていうか、個人的な嫌がらせ。…私、ここの人手を減らしたいの。」


アーマは私が言っていることが分からずに、目を細めている。アーマよりも後ろにいるミモアは意図を理解したのか、ざっくばらんに置かれていたアーマのマントを勝手に使い、二度寝を決め込もうとしている。


「人手…まさか、仮契約者を殺そうと…!」


「違うよ?」


流石に発想がバイオレンスすぎる。アーマの様子を察するに、いまいち此方の話に集中できていないため、私はアーマの近くに身を寄せた。子どもの内密話のように、口から出る言葉を手で覆い耳元で囁く。


「ここの奴隷を解放するの。」


アーマの黒目がぎょろりとこちらを掴む。話に食らいついたことを確認したため、顔を離して説明をする。


「腐っても此処は事業体。奴隷たちは働いて、何らかの利益を主催に落としているはずなの。

じゃあ、その人たちがいなくなったら?きっと、その利益がなくなって主催は窮す。」


アーマの表情を確認し、この線で間違ってはいないかを確認する。


「__そして、失った奴隷を補填する為の費用も、奴隷を失って発生した負債に加算される。ついでにこの施設の設備を幾許か壊していけば主催はもっと困るだろうね。困って、困って。主催は泣いて反省するかも知れない。」


アーマが下を向く、暫くアーマは考え込みそうだ。


私は主催がアーマに何をしたのかも、その顔をすらも知らないで、形ばかりの復讐することにした。

いいや、この嘘に復讐という名分をつける事すら烏滸がましい。


アーマの琴線に触れそうな言葉並びをイメージして、暴力での復讐と、直接的な暴力ではない復讐という二つの道を照らした。


全部、口から出まかせ。


私はただ、アーマにこの三人で此処を出るという選択肢を与えたくない。思い付かせたくない。


私が素直に奴隷を解放したいと言ったら、きっとアーマは拒絶する。だって、アーマは拒絶された側だから。自分の夢を、信頼したかったはずの大人達から否定された。


実行者が乗り気でない計画というのは必ず失敗する。だから、どんなに嘘をついてでもあなたをお膳立てさせてもらう。


下を向いたアーマにすり寄る。ベットが揺れて、音を鳴らす。


「この復讐は暴力でも、支配でもない。」 


畳んだアーマの足にそっと、手のひらを置いた。


「あなたの怨みを倍返すわけでもない。」


彼女と塞ぎ込んだ顔を上げないように、下へ頭を回り込ませる。


「でも、成功すればきっと面白い。」


アーマの目が、光っている。


「この復讐、したくない?」

 

アーマの震える口角が、次第に大きな動きを見せてくる。


「……したい…!」


ああ。本当に、あなたはなんて健気なんだろう。



 



「はーい!みんなぁーっ!盛り上がってるぅー!?」


翌日夜、ひまわりはまたステージの上で歌っていた。鳴り響く手拍子が止まり、高声に変わる。


「ひっまわり!ひっまわり!」


歓声から出る彼女の花の名は、どこから漏れたのか、一体いつ打ち合わせたのか、発音の終わりと初めが綺麗に揃って連呼されている。

民衆の心とは小鼠の体重よりも軽いもので、以前の悪意は何処へやら、ただひたすらに彼女の歌の甘味を噛み締めるためにその人生を生きているかのような喜びようであった。


彼女が今日ステージに上がった瞬間には、この下品な出し物台には相応しくない上品な拍手が喝采、鳴り響いた。


一方、アーマとミモアはというと馴染みの獅子と、あのベンチで話し込んでいるようであった。


「そんでぇ?俺に何を聞きたいって?ちまいの。」


「…ちまいのってどっちのこと?うぅん。慈鳥ちゃんのことだよね!」


無論ミモアのことであろうが、獅子の訂正のための僅かな発声も虚しく。ミモアは続けた。


「ちょっと紋見せて。」


「あ?もん?」


「まーじゅーつーもーん!あぁ!もう背中のやつ!こんなことも知らないなんて!アーマ!」


ミモアがぶつぶつと文句を言いながら、獅子の背中を見せるようにアーマに指示した。アーマはその指示に適当な相槌をうち、実行に移す。

獅子はどうにもこの二人に調子が狂うようで、斑声をあげながらアーマの手の動きに従いしゃがみ込んだ。


「ふぅん…?…はんっ!」


「な…何だよ…?」


ミモアが獅子の魔術紋を覗き、息を多分に含んだ鋭い笑いを出す。結果は良好だったのだろう。

獅子は狂う調子を取り戻せないのか、あのおちゃらけた様子は何処へやら、自分より一回りも小さな少女の一挙一動を背中越しに過剰反応する。


「お前、名前は?」


「り、りおん…ですけど…?」


哀れかな、とうとう敬語まで使い始めてしまった。ミモアは笑って答える。


「かかか、りおん!りおんか。お前はわたしの足だ!きちんと従え?」


「はぁ…?」


ミモアはその返答に不服そうに顔を顰めると、くるりと体を返して何処かへ歩き出した。

その様子を見て、ミモアを見失う可能性はまだないと判断したアーマは、獅子に話しかける。


「なんか様子が変だけど、あの子と知り合い?」


「いいや…アーマお前わからんのか?あいつ。なんかやばいだろ。」


獅子が立ち上がり、手近なベンチに大きな音を立てながら座った。


「やばいって?」

 

「生命の危機というか…ありもしない恐怖の集合体というか、俺の中にある百獣の声が…っておい!」


これ以上、獅子の抽象話を聞いても意味がないと判断したアーマは、一瞥もくれずにミモアの方向へと歩き出した。


気は向かない。


これから、私を笑った仲間達を救わなければいけないのだから。



アーマが暴力ではない復讐の執行に、承諾した後のことだった。 

ひまわりは、奴隷の中で有力者に刻まれた魔術紋を確認してほしいと、魔女二人に頼んだ。

有力者を解放すれば、計画がばれた時でもある程度戦力になるからという名分である。奴隷達の中で戦力

になり得るものといえば、アーマの班員が当てはまる。


つまり、アーマにとっては苦渋の選択でもあった。顔馴染みの奴隷達は、アーマがその性質をよく知っている分、面識のない奴隷達よりもコンタクトを取るのが憚られるのである。


あはは、あはは、と。


馬車の中での笑い声。昔馴染みの、幼い顔。


「慈鳥ちゃん。」


考え事をしていたら、アーマは思ったよりも進んでいたらしい。ミモアが後ろから声をかけた。


「ひまわりの為に言っておくけど、この…復讐?っていうのは、慈鳥ちゃんの為にひまわりがやって上げてるんだからね。間違っても、自分はひまわりの私利私欲に付き合ってる。なんて考えちゃダメだよ。」


アーマは振り返って、そんなことは考えていない。と言い切りたかったが、別の感情がその言葉を邪魔した。


ミモアは、私の知らないひまわりのことを、知らないところで知っている。


ただそれだけ、それだけの言葉の連なりが、アーマの感情のさざ波を荒らした。


「慈鳥ちゃん?」


ミモアの方へ振り返ったまま固まっていたようだ。体が硬まっているのか、上ずる声を抑えながら答える。


「そんなこと、考えてない。」


不明な感情の処理ができなくなって、アーマは目的地の場所へ小走る。ミモアはそれに背越しに聞こえる程、息を大きく切らしながらついてきた。

普段は空いていないカーテンで仕切られたガラス張りの部屋。ミモアはこの部屋の鍵をツテで手に入れたと言い渡してきた。私の班のメンバー、残り二人と個室で話をする為に。


「はっ、はっ、はぁ。まってよ慈鳥ちゃん…!」


その部屋の扉に手をかけた時、ミモアが息を整えながらついてきた。完全に息が整うのを確認した後、中で待っているはずの二人と対面する。


暗い部屋に入る。ミモアが先に蝋燭に火をつけて、灯りを出した。


視界が広がる。


緑トカゲと狼の獣人はぐったりしたまま、木の椅子に縛り付けられていた。


 

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