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悔しさ

「ひまわっ…!」


ステージにいるひまわりへ声を出したが届かない。階段を使うことも忘れて飛び降りた。そのまま走ってステージまで向かう。

大勢の奴隷達ステージの上のひまわりを見ている。その背中が壁のように私の行手を阻んだ。


「ちょっと!退けて!!」


声を出すが音楽が鳴り響いて通じない。少しずつ進んではいるが、小柄な自分はすぐに民衆に溺れてしまい、ステージにいるはずのひまわりの姿すら確認出来なくなった。

その時、視線が不自然に上がった。


「おい、何してんだよ。アーマ」


嫌な声が私の名前を呼ぶ。金色の体毛。大きな立髪。屈強な体。私の襟を掴み、体を浮かせたのは獅子の獣人リオン。仕事場の同僚だった。


「どうでもいいでしょ、早く下ろして。」


私はこいつが…いや、ここの奴隷達が皆嫌いだ。外に出ることを、自由を望まないで不幸な人生を生き続ける、浅慮なここの奴らが大嫌いだ。触られたくもない。話たくもない。


「あぁ?そういう訳にもいかねーだろ?」


リオンはそういうと、私を掴んだまま周りの奴隷を押し除けて人混みから出た。

枯れた草の花壇の前。ひまわりの姿が遠巻きながらよく見える位置に私を下ろして、近くにあったベンチに座った。私は下ろされたことを確認すると、そのままステージへ走り出そうとしたが、すぐさまマントを掴まれ阻止された。



「なに?何のよう?」


さっきから行動を抑制されてばかりで腹が立ち、声を低くして言った。ああ、何で今日は酒場にいないんだ。いつもは止めても酒を飲むのをやめない癖に。


「アーマお前、あいつの演目止める気だろ。やめとけやめとけ。あんなに大勢の奴隷達を惹きつける出し物なんて他にはねぇ。台無しにしたら反感買って半殺しにされるぞ。」


ひまわりが演目。その言葉に少し驚いたが、そんなことはどうでもいいんだ。ひまわりが外の者だと誰かにバレる前に、今すぐ部屋に引き戻さないといけない。

返事もせずに歩を進める。今度は何処も掴まれなかった。民衆に埋もれる覚悟を決めて、足に力を入れる。


「…あいつが外から来た人間だからか?」


後ろから、変な言葉を投げかけられた。力が抜けて、思考が停止し、頭の中で数度反芻してから理解する。なぜ?頭の鈍いお前がなぜ?なぜわかったんだ。特異の顔色伺うため、後ろを振りえる。汗が頬を伝う。


「その反応、やっぱりかよ。ついさっき突然自白されたんだ。間に受けてはいなかったが。…全く、胸も尻も色気もねぇガキだと思って見ていりゃぁ、外の世界ってのは恐ろしいな。見てみろよ。」


後ろを向いていた頭ををゆっくりとひまわりに向ける。遠くて、あの人の優しい声はよく聞こえない。だが、あの人は、笑っている。松明だけの心許ない明るさを、強い光で照らすように朗らかに歌い、踊っている。民衆達は悪意もなく、それを穏やかに笑って見ている。段々と意識がはっきりしてきた。五感が、正確に情報を処理し始めている。


私の不安の言葉を掻き消す声は、ひまわりへの声援だった。


「あのガキが壇上に上がった時は、酒場から見る分にも、まぁ白けてたよ。あそこはいい体付きした雌が観客を楽しませる場だ。肌もまともに見せてねぇガキに何ができんだって、散々罵られて、それでも壇上に立ち続けていたからよ。見せ物にして笑ってやろうと、会場が静まり返った。」


その話を黙って背中越しに聞いていた。たとえ真実だろうと腹が立つ。

ここで何もできていないのは、お前らだろうに。ここでいい見せ物なのは、お前らだろうに。

怒りを噛み締めるまもなく、リオンが話を続けた。


「その静まりを待っていたかのように、あのガキは歌い始めた。知らない曲だったが、真の通った歌声がくすみなく響いた。…最初に聞こえたのは手拍子だった。今まで壇上にいた雌の一人が、あのガキの歌のリズムに合わせて手を叩き出した。それからはあっという間に会場が盛り上がった。

…武力でも、権力でもない。ただの歌声。それ一つでこの狭い世界を黙らせた。技能一つで、この世界を無理矢理自分の手中に収めた。」




いつのまにか、私は振り返っていた。リオンと目が合った。

そして、笑って言った。


「確かに…あれが外の世界なら、いつか出てみてぇよなぁ」


話を終えた獅子は私の横に立ち、ひまわりを眺めていた。体が、何か苦しい。何かに縛れているような重い圧迫感がある。少し泣きそうなんだ。


空っぽな脳内に、物心がついてからずっと触れてきた感情が浮かぶ。否定したいはずなのに。卑しい僕は、嫌いなのに。


悔しい。


私がずっと引き出せなかった言葉を、ひまわりが引き出してしまったことが

…なんで、悔しいんだろう。



僕はお前らとは違う。こんな世界で燻っているお前らには違う。


いつかの言葉が鳴り響く。


ひまわりは私とは違う。この狭い世界で燻っていた私とは違う。


私が外に出られることは、ひまわりが外に出られることに直結する。でも計画が破綻した。それでも笑顔を絶やさずに、一人で勝手に立ち上がった。

それが怖い自分がいる。理解したくない現実から、目を逸らしたい自分がいる。



一人ぼっちが怖いから、お前たちに外に出たいと叫ばせたかった。ただ大切な同僚たちに、外の光を見せてやりたかった。

それでも私は、どれだけ希望を叫んでも、一生ここで道具として使われるんだと思っていた。

ただ力が強くなれば奴隷たちの中で優遇される。私はお前達とは違うんだって、心の何処かではそれで満足していた。

空っぽな私は、いつか見た夢にだけしがみついて、何も変わらずに生きていた。


ステージの前に群がる群衆達の顔を見る。やっぱり皆、笑っている。


私には、こんなことはできない。


あの群衆たちは皆、私が嫌っていた僕自身。外を望む私と、それができない弱い僕。

私は希望は捨てられなくって。捨てた奴らが憎くって、諦めの言葉を吐ける奴らが羨ましくて、黙らせることもできなかった。ひまわりは私が仕方がないって切り捨てた醜さ弱さを、気づかぬうちに飛び越えた。


あれが、あの力が。外の世界で必要になる力。



わたしは、僕はできないこと。



私には、外に出られる力なんてない。







浮遊感と共に、突然視界が広がった。リオンの顔が近くにきている。


「よし、ひまわりの歌でも聞きに行くか!」


「はぁ!?…いい、いらない!!下ろして!」


リオンは私の言葉に聞く耳を持たず、小刻みに揺れている。

怖い。怖い。ひまわりを見て、この大きな溝が広がってしまうことが。


「人混みは引く気配がない。今から近くに行くには無理がある。ひまわりだって仕事をして疲れてるんだからずっと歌っているわけでもない。だから…」


「勇気を出さない言い訳を探すなよ。そりゃ、お前が一番嫌いなことだろう。」


そう言って、獣人は私を小脇に抱えて走り出した。



本当に雑な扱いで運ばれて、揺れて、揺れて。たくさんの人にぶつかった。ひまわりの近くにきた時には血が頭に溜まって吐きそうで、最悪だった。


そして、目が合った。知らない歌を歌いながら、おろした髪が松明の光に照らされていた。不思議そうな顔でこちらを見ていた。そして、少し笑って頬を掻いた。


なぜか手には木の棒。リズムに合わせて体を可愛く動かして、歌を歌っていた。


一瞬だけ、私の小さなプライドも、外の世界への渇望も、忘れてしまった。


…そうして、少し気づいた。抱いた悔しさは一つじゃないこと。



この狭い世界で、私はずっと一人だった。

外の世界に出られないと知りながら、外の世界へ出てみたいと望んだから。

班員も、学を教えてくれた恩師も、他者への愉悦も、外への渇望も、恐怖も、孤独も、私を縛る枷だった。



だから願った。正体不明の古代魔法に、雁字搦めに結びついた私の鎖を解いてくれよと。

二日前の夜の道。酒場から連れ出したのは服を渡すためなんかじゃない、悪漢から彼女を庇うためなんかじゃない、誰にも取られたくなかった。早く君を手中に収めたかっただけなんだ。

正体不明の魔法から生まれた光を、私の希望を。あの日、あの時。君だけがこの世界で異質であれと願った。弱い私をもう一人にしないでくれと望んだんだ。


その偶像が今、輝ききって私の前に立っている。

 

あぁ、ああ!望み通りの結果じゃないか!君の奇跡を隣で見れなかったことが悔しいんだよ!



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