馬車の中で笑い声
ミモアが最初に口を開いた。
「無理だろうね、君はおそらく仮契約者、契約者の特権である行動制限…の範囲拡大などを狙っているんだろうけど、そんなのは織り込み済みだから、防止策は当然用意されている。
簡単な話、新規仮契約者は契約者と仮契約者に許可がないと登録できない。つまりは、必ずここの運営側の奴らに、運営側の人間としてひまわりが接触する必要がある。」
予測していた通りの返答だ。対策は必ずされている。だから、素っ頓狂な考えと自称していた。ただ、アーマが次に答えた。
「…労働……奴隷側が仮契約者として他の奴らを従わせる事例はある。いや、事例というよりはもう恒常化しているけどね。鉱山地帯…作業場はとても危険なところだから、万一にでも事故にあったら嫌なんだろうね。奴隷側が完全にリスクを負うように、一番優秀な奴がリーダーとして抜擢されて仮契約者となる。
まあ、でも仮契約者になる前には絶対裏切りがないよう、一つ一つ丁寧にルールを命令されるんだけどね。」
私が考えつくのと、ミモアが考えを口に出すのは同時だった。
「じゃあ、ひまわり。君が奴隷に成り済ませばいいじゃん。」
「えぇっ…?いやいやいや!!」
アーマが驚きの声をあげてこちらを見た。私も同じことを考えていたので特に驚きはしなかったが、アーマは澄ました私の表情をみて悟ったらしい。
「第一、魔術紋ないじゃんっ!奴隷じゃないってバレたら終わりだよ!!良くて侵入者として摘み出されるし、悪くて奴隷化だよ!」
「それってなかったらすぐにバレるものなの?ていうか、いちいち確認されるの?そもそも運営側は、奴隷一人一人の顔を覚えているものなのかな?」
アーマは苦虫を噛み潰したようにあっちを向いたりこっちを向いたりして続けた。
「さっき言ったでしょ…優秀な奴隷しか仮契約者になれないって、僕は、その…優秀…仮契約者側になれる立場…だから、ひまわりは、僕よりも優秀に…なら、なきゃ…」
気を使おうとはしているが、アーマは気遣い方がわからないようで、ダイレクトに全てを吐き出した。
顔が赤面している。
「いいじゃん、現時点で外に出れる可能性が一番高いし、ミモアは欲しいものがあったら使い捨てられるものは全部使い切ってでも手に入れるよ、慈鳥ちゃんは慎ましいねぇ、」
「なんで私が使い捨てられる前提なのよ。そう言うならミモアが行ってよ。」
「ミモア病弱だからパスぅー!」
壁に両足をもたれかけさせて寛ぐミモアは、全方位に対して失礼な毒を吐いた。子供特有の見栄えを気にせず全体重を壁に預ける体制をしている。
「うぅん、そんなに言うなら…明日ちょこっと行って見る?偵察程度に…大人しく…あ、でもやっぱり最低限は魔術紋を取り繕わないと…!やっぱり無理だよ!ね!」
どうしても行くのを阻止したいのか、折れかけていた心を復活させたアーマはこちらに食い入るように話を続けた。
私は徐にベットの下の壁にある化粧ポーチをつかみ、開け口を広げて中身を取り出した。
ミモアもアーマも顔を向けて、私の様子を伺っている。
お腹を出して、へその左側へと手を伸ばす。
アイシャドウとマニキュアで葉と全体を大まかに再現して、アイライナーとアイブロウで蔦の形を整える。ミモアも徐に手を伸ばして手伝ってきた。
「どうよ!」
「…いいと…思うよ。」
アーマがまた、苦虫をすりつぶしたような顔で答えた。
「んじゃ、私たち行ってくるけども」
「かかか、心配しなくても、もう勝手に出て行って部屋に帰れなくなる。なんてことはないよ」
朝、アーマが蓄えた魔術書を片手に、人の黒歴史を嘲笑うミモアはベットの上で寛いでいた。
昨日外に出た話をしたら、アーマが対策してくれたらしい。
「そうじゃなくって、本当にお水とかいらないの?」
アーマが玄関先で私の問いの続きを答えた。流石に三人の人がいるこの部屋で身支度をするのは辛かったらしい。
「大丈夫だよ、必要になったら店主の店に行くし、あの子。話し相手になるだけでも全然お茶出してくれるんだよねぇ。損得勘定がないと言うか、なんと言うか。」
ミモアが語ることを聞くに、昨日は完全に損をしたと言うことだ。
「はぁ…ミモア、はいこれ。ちょっと溶けてるかもだけど。」
「何これ?」
「私の世界のお菓子。」
今更怒っても仕方がないので、ミモアにチョコを差し出す。ガムは初めて食べるかもしれない人には癖が強いし、飴はアーマが気に入ってしまった。この暑い中置き去りにするのは、なんだか気の毒に思えたからだ。
ミモアは包み紙を凝視して中身を手に取り、口に入れて言った。
「いってらっしゃい」
がたがだと、乗り心地の悪い馬車に乗り、小声で呟く。
「みんな、寝ているんだね。」
「うん、ほら。この間、夜まで騒いでいたでしょう?あれ全部奴隷たちだからね。酒場の従業員も。僕は専用の部屋があるからさ、戻って休んだりできるけど、専用部屋がない人たちは詰所から追い出されて時間になるまで帰れないの、だからいっそ楽しもうって。馬鹿騒ぎ、そして疲れて寝ちゃうの。」
ミモアから借りたマントの装飾が光る。屋根があるドーム型の馬車だからかみんな奥に行って睡眠を妨げ得る光の回折を避けているが、私達…アーマは率先して馬車の入り口に乗っていた。
直射日光がないから涼しく、入り込む風が気持ちいい。
「アーマは、寝なくていいの?」
「うん、だってさ。見てあれ。」
アーマが入り口から手を出して指を差す。なんの変哲もない青空が、雲ひとつなく乾燥地帯の土地に広がっていた。
「作業場にもよるんだけどさ、たまに結界の外側…外の風景が見えるんだ。森林だったり、湖だったり。それを見逃したくない。」
アーマは続けた。
「それに、空だよ。あの空は、住まいから見える空よりも、ずっと外の世界の近くにある。ここは、乾燥して、植物も何もない場所だけど、ずっと、空だけは平等に豊かなんだ。この空だけは、この世界の外にあって、それを僕の目一杯に写すと、少しだけ自由なれた気がするんだ。」
アーマを見ている目を、アーマが見ている所へと移動した。一面の蒼から入り込む風が涼しくて小気味良い。
「へぇ…素敵だね。」
結界の外…ミモアが夜、結界は魔法の力を抑制するためにあると言っていた。人を閉じ込めるだけの力はないが、魔法を使えるアーマがほんとうに自由になるためには、出なければいけない壁の一つだ。そんな事を考えていると、アーマが続けた。
「この話は、僕が大好きな本の一文から考えたんだ。…それで、昔。一度だけ仲間にこの話を此処でしたことがあった。…みんな一瞬外を見た後、バカなことを考えたなって私を笑ったんだ。その時はほんと、恥ずかしくて自分と笑った仲間を酷く責めた。」
笑い、という言葉でアーマの顔を確認する。アーマはもう外を見てなかった。
「さっきも、この話をするのが少し怖かった。
でもやっぱり、ひまわりは…僕の考えを笑ったりしない、私の夢を馬鹿にしないって安心が欲しかった。
僕の話を笑わないで聞いてくれてありがとう、ひまわり。」
いつのまにか二人で向き合っていた。雲影が馬車内を差し、揺れは酷まるばかりで視界もはっきりしない。
私はまだ、アーマのことを知らない。
「ねぇ、アーマ。時々一人称に僕を使うのはなんで?」
「づぅっ!!!」
数分の沈黙の後。純粋な疑問の襲来によって、アーマは驚きと悲痛の混じる叫びをあげた。近くに座っていた人型の緑色トカゲの方には睨まれたが、私が軽く会釈をしたのを見ると再び目を閉じた。
「言いたくなかったら言わなくても…」
「ごめん、大丈夫。…ほら、僕は生まれた頃から奴隷だからさ、女って性別だけで危ない目に遭ったりしたの。小さい頃はあんまり男女とか…区別しにくかったから、魔法を使えるようになって体が強くなるまでは、髪を短く切って、一人称を変えて、男のふりしてたの。…でも、それは、私が弱くて脆かったことの象徴のように思えて…」
アーマは息を吸って、間を開けて続けた。
「私は、弱い僕が嫌いで…でも、今更過去は変えられなくって、髪を伸ばして、一人称を変えて、でも結局は、昔と同じ事しかやっていなくって、大嫌いな弱い僕から変わってないんじゃないかって。」
頬の傷を細い指でさすっている。
「ごめんね。こんな話聞いても、慰めるしかできないでしょう?ずるいよね、ごめんね」
謝罪。彼女は、謝罪を繰り返している。
「…私があなたを外に出す。」
「…え?」
「私はあなたを外に出す。あなたが嫌いな過去から連れ出す。それから嫌いなことも、楽しいことも、一緒に全部体験しよう。…それで、嬉しくて楽しくて、腹の底から叫びたくなるほど笑える思い出を作ろう。
貴女が嫌いな貴方も、笑える空を一緒に見よう。でも、もし、嫌いな貴方に対しても、空が平等じゃなかったら___。」
アーマの手を取る。
「一緒に私の世界へ行こう?」
独善的な魅力。確固たる自信。対人に対する胆力。全部アイドルに必要で、全部私が求めたもの。
だから、私はあなたを外に連れて行ける。
「君は…ここから一生出られない。なんていう心配は微塵もしていないの?」
私は、ただ笑う。
「…ずっと思ってたの。外の世界がここと同じように、どうしようもなかったらって。ただ生きているだけでも心が荒んで、朝になったら魔術紋が肋を刺激して痛みで無理やり起こされる。夜になったら無理やり外に出されて、無理やり活動させられる。外の世界でもこの紋が形を変えてずっとついてくるんじゃないかって、嫌いな自分が、一生ついてくるじゃないかって、でも。でもね、この世界がダメだったとしても。」
アーマの目の輪郭がぼやけ出す。
「君がみていた世界なら、きっと素敵なところだろうね!」
私は、知らない。生きることを制限される苦しみも、自分の生き方を曲げる悔しさも。
私は、何も知らない。だから、私は私の知っていることを教えるよ。
自由に生きる気持ちよさと、自分の生き方を貫く爽快さを。
緑トカゲのお兄さんは、こちらを睨まずに、ただ目を逸らした。




