聖女を召喚した後の話
聖国ドルッセンでは凡そ100年に一度、聖女を召喚し瘴気を浄化してもらっていた。
この世界にはない魂が内包しているあれやこれ(詳細は学術的にも難解である為、理解が難しく省くとして)が瘴気を浄化することが出来ることが判明してから連綿と続いてる事だった。
瘴気は直ちにナニカを及ぼす訳ではないが、じわじわとこの大陸へ、世界へと不調を及ぼす為、無ければ無いに越したことがないのだ。
突然知らない世界に召喚された聖女は反応は様々で、誘拐だ犯罪だと騒ぐ者。ゆっくりと状況を理解して率先して協力を申し出る者。はたまた「異世界召喚キター!」と喜び勇む者。
ちなみに召喚後、数日滞在してもらえるだけでさっぱりきっぱり瘴気は払えるし、なんだったら召喚された者を召喚時の時間軸、状態で送還できる様になっているので損益は極力ないようになっている。
又、希望者にはそのままこの世界に居住してもらうことも可能であり、その場合なんだったらそうしてくれればその者の寿命が尽きるまで瘴気が発生しなくなるので一部の者は是非ともと願う者は少なくない。
現在の王族もその様に願っていたのだが、この度の聖女は帰還を願ってしまった。
そうすれば無理に引き止めることはせず、辛酸を舐めつつもおくびにも出さずに聖女を見送った。
聖女が帰還を願うならばその様にせねばならぬ。そういう決まりがあるのだ。
ちなみに過去、帰還を願った聖女の願いを無視して監禁まがいのことをした時代があったが、浄化されていた瘴気が、再び。しかも以前よりも強大に発生し、未曾有の天災が発生したそうな。
つまりはこの度の聖女を引き止めることは出来ずさっくりすっぱりと送り返した。
さて問題はここからである。
この度の聖女は召喚された当初、この世界に残りたいような素振りがあった。
聖女の対応をしていたこの国の第一王子から見てもその様に見えたし、なんだったら聖女は本当に居住してもいいかな?とも思っていた。
聖女の家族などは幼少期に亡くなって施設で暮らしていたし。わりとドライな性格のため深く繋がった人物などもおらず。執着する物や人も無かった。
一つだけあげるとすれば、もしも居住をした場合、電子機器類は一切ないので暇つぶしがないなぁ…そのぐらいであった。
では何故この度、帰還を願ったかというと単純明快。
数日の滞在の間で、不快な思いをして。しかもこれがそのまま続くのであれば別にこの世界に残る必要も魅力も感じないかなぁ、と思ったからだ。
だからなんの未練も感慨もなくすっぱりと帰還を願ったのだ。
一方、聖女送還後の王城での一室。
腕を組み片側の肘を片側の指でもって、苛立たしげにトントンと叩いている第一王子が居る。
その目の前には縮こまり背を丸め、俯く筆頭公爵と、何故同席させられて居るのか分からない公爵の娘。青い顔をして今にも倒れそうになっている公爵夫人が居た。
「さて、何故この度、この様に呼び出されているのか分かっているのかな?」
第一王子はその容貌に恥じぬ涼やかな、それでいて威厳のある声でもって尋ねた。
肩を少し震わせた公爵は俯けて居た頭をさらに深く低く下げ
「申し訳御座いませんでした!よもや、よもやここまで理解していないとは思わず…っ!」
「………成る程。理解していない、と。ならばその頭は飾りか何も詰まってはおらんようだな」
公爵には言い訳も弁明も出来ずただ、ただ平身低頭で以て口を噤むしか無かった。
この度の聖女の帰還理由。その全ての原因は今なお現状を理解していない公爵の娘にあった。
この公爵の娘、召喚した聖女に悋気を起こしたのである。
例えばそれが、第一王子の恋人、婚約者、婚約者候補であったなら分からなくもないのだが。
端的に言えば公爵の娘の一方的な勘違い、恋情、恋慕であったのだ。
しかも血の近さ故にどれにも当てはまることはないのに、だ。
幼き頃より何度と無く公爵も夫人も伝えていたのだが伝わらず。なんだったら恋の障害とばかりに盛り上がったのは娘のみ。
第一王子には隣国からの姫の輿入れが予定されているのにその事実すら理解しておらず、己が王妃になると疑っていなかった。
いずれ伴侶として並ぶ王子の横には召喚されし聖女。しかも居心地良く、あわよくば居住して頂けるように健やかに居てもらえる様に献身的に世話をする第一王子を見て。
嗚呼、排除せねばと動いたのである。
ひとまず初手は食事に虫や異物を混入し。
次手に寝泊まりする部屋を荒らし、衣服を切り刻み。
そうして本来は聖女専属で付けられる侍女やメイドを家の権力を以て差し止めた。
聖女は将来的に一人で何でも出来るように施設で訓練していたので嫌がらせにそこまで困ることは無かったが、衣服が無いのには流石に困ったので、都度王子へと報告した。
しかし、大々的に王子が動けばエスカレートする可能性があったため、別の部屋を用意し、食事や衣服など秘密裏に用意した。以前の部屋はそのままに、まるで未だ聖女が寝泊まりしているようにすることも忘れず。
聖女の帰還要望の原因である公爵の娘。本来であれば公爵令嬢なのだが、事が分かった時点で籍を抜かれたため、公爵の『娘』となっているのだが。
何故、己がこの場に居るのか理解出来ていないこの娘に。果たして今から言う言葉が理解できるのかは分からないがひとまず沙汰を言い渡さぬ訳にはいかぬ王子は深く息を吐き出した。
「さて、令嬢…いや、公爵の娘よ。沙汰を言い渡す」
やっと話を振られた娘はきょとん、とした顔をした。沙汰、とは?はて、己はナニカを、したのだろうか?心当たりはない。そう思っていることが有り有りと分かる表情である。
「最初に言っておく。お前は私の恋人でも婚約者候補でも、ましてや婚約者でもない。そうして妾や愛人候補にも、友人候補にも挙がらぬ」
「えっ?な、なにをおっしゃって…「発言も許しておらぬ」っ!」
被せるように乗せた言葉に怯む公爵の娘を無視して、王子は淡々と述べる。
「聖女帰還は本人の意思とは言え、貴様が事の一端を担っていると言っても過言はない。ましてや、貴様の思い違いからの勝手でな。せっかく100年余り続く筈であった平和を!貴様が!無くしたのだ!」
堪えられず強められた語気に、薄らと涙を浮かべる公爵の娘。しかし、王子はそんなことなど気にもとめず
「向こう100年の平和を乱した罰として、鞭打ち100回の後に、公爵家からの籍は抜けているため絞首刑ののち、その首を切り離し晒し首だ。又、現公爵家は二段階の降爵を以て責とみなす」
そう言って、王子は席を立ち、振り向かずに退室していった。
その後、刑は速やかに実行され。
屈強な男であっても10度も打てば声を上げる鞭打ちを、気を失えば中断し、しかし合計100回を打ち据え。
貴族籍があれば痛みを最少に斬首とするところを、苦しみもがき、醜い姿を晒す絞首刑でもって命を落とすその瞬間まで。公爵の娘であった者は己が仕出かした事を理解できないままであったのだった。その心にあったのは絶望と苦しみだけ。
この国と大陸、世界のわずかにでも続く筈であった平和からすれば、娘の命一つなど些事にもならず。惜しんだ者たちの鬱憤を少々晴らすだけであった。
ちなみに輿入れ予定であった隣国の姫は事の顛末について、自業自得であるし、なんだったら面倒くさい女が消えて清々したわ、と思ったそうな。




