アイドルと異世界民
「…」
(苅野に見とれる男)
「あのっ、もしもし、大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、あぁ、大丈夫です、すいません」
「よかった、派手に転んでたから」
ん?苅野さん、誰と話してるんだ。異世界民かな。悪い虫じゃなきゃいいが…。
「何をそんなに急いでたんですか?」
「いや、アイドル…?っていうのがライブをするっていうから見に来たんだよ」
「それなりさっき終わっちゃいました」
「えっ?そうなの?俺んち、街の端のほうだからさ、ここまで遠いんだよね」
「あらっ、それは残念だすね」
なにやら楽しそうに会話をしてるな。だが、男のほうもそんな悪いヤツでは無さそうだ。これなら放っておいても、問題は無いだろう。
「『だす』っていう喋り方、かわいいね」
「えっ?ワタス、そんなこと言われたの初めて…」
「自分のこと『ワタス』って言うんだね、それもいい」
「ワタス、田舎もんだから、訛ってるの」
「いいよ、そのままで」
「ほんと?」
「君らしさがあっていい」
おいおい、なんだかいい雰囲気になってないか?ベンジーはこっちじゃ男だぞ…。って言っても聞こえないか。それに、今は苅野さん、女の子としてベンジーになってるわけだし。彼も、もはや中身は女の子だな。
あっ!楽しそうに会話してるから、秀部くんが怖そうな顔してこっち来ちゃったじゃないか。知らないぞ~。
「おい!君!うちのベンジーに何か用かい?」
「えっ?いや、会話しているだけ…だけど」
「ちょっと、ベンジー!こっち来て」
「はい」
秀部くん、自分がプロデューサーだから、お抱えのアイドル・ベンジーのことが心配で仕方ないって感じだな。まぁ、現実世界でもアイドルは恋愛禁止だって言うし、みんなのものであるアイドルを、誰かひとりが独占しちゃダメなのはわかるけど…。
「なんでですか!」
「いやっ、だからベンジー、君は人気アイドルなんだよ」
「でも、少しぐらいお喋りしたって…」
「そんなところをファンの誰かに見られたら大変だよ」
(二人の会話を隣で聞いていた花が苅野に魔法をかける)
「えいっ!」
「ボンッ!」
「ガシャン!!」
「ベンジー、楽しんできて」
「ありがとう花ちゃん」
花ちゃんは優しいな。ベンジーを魔法で変装させるなんて。これならお忍びでデートをしてもファンにバレなくて済みそうだぞ。一方、秀部くんは魔法の檻の中。苅野さんが満足いくまでは出してもらえそうにないな。
「ごめん、待った?」
「ううん、その服、似合ってる」
「えへへ、私、まだこの街あんまり詳しくないからさ」
「案内してよ」
「いいよ」
苅野さんはすっかり女の子になってしまった。一体何なんだこれは。ウチへ来たばかりの頃は瓶底メガネの訛りの強い浪人生だったのに。異世界で数時間過ごせば、中身まで女の子そのものじゃないか。だから、男とだってデートも楽しめるって?異世界はやっぱりすごいな。人を変えてしまう。
悪い変化であれば止めるべきだが、本人が美少女になることを望んだんだ。女の子としての自分も受け入れているし、まぁ問題無いだろう。異世界転生者による恋愛を禁止しているわけでもないからね。色んな楽しみ方があればいい。
「そういえば、君の名は?ベンジーでいいの?」
「そう、ワタスはベンジー、あなたは?」
「俺はユキ、よろしく」
「女の子みたいな名前だすな」
「そうなの?俺は自分の名前を気に入ってるよ」
ユキという男は、雰囲気のいい好青年だ。とても悪いヤツには思えない。私も彼になら苅野さんを預けてもいいと思う。何かあれば、いつでも秀部くんが出動するしね。
それから二人は心行くまで街の中を散策した。一緒に見て回るだけでなく、買い物や食事も楽しみ、これはまるでデートそのものだ。若い男女二人が楽しい時間を過ごしている。見ているこっちも嬉しくなるよ。
今後も苅野さんのように、他の客にも異世界をしっかり楽しんでもらえるよう、私も頑張らなくては。いくつか異世界転生のプランなんかを作ってもいいかもしれないな。
そうして、日が落ち――
「今日は楽しかった」
「また、一緒にお出かけしようよ」
「うん、でも私帰らなくちゃいけないの」
「えっ?どこに?」
「私の国に…」
お別れは悲しいが仕方がない。異世界民を現実世界へ連れて帰ることはできない。それに現実世界でのベンジーは苅野勉二。ただの瓶底メガネの訛りが強い浪人生なのだ。それを見れば、彼も大きなショックを受けてしまうだろう。だって、目の前のベンジーはこんなにも美少女なのだから。
「そんな、今日会ったばかりなのに…」
「そうなんだけど…、ごめんね」
(走り出す苅野)
「ちょっと!また…会えるかな!?」
(その言葉に立ち止まる苅野)
「会えるよ、いつになるかわかんないけど…」
「また、あの桜の木の下で…」
「タッタッタッ」
(走り去っていく苅野)
「ベンジー…、俺、待ってるよ、あの桜の木の下で…」
なんて…、なんて切ないんだ。苅野さん。そして、ユキ。二人はきっとまた出会えるよ。あの桜の木の下で…。
「あっ、ベンジー!」
「やっと帰ってきたか…」
「バッ」
(無言で二人に抱きつく苅野)
「うわぁ~ん」
「どうしたの?ベンジー」
(静かに花を制止する秀部)
「…」
キテレツ公園にはベンジーの鳴き声だけが響き渡った――
「転田さん」
「転生終了」
フッ――
「おかえり」
「ただいま」
「帰りましたぁ」
「どうでした苅野さん?」
苅野さんはたった一日で異世界を堪能しまくった。美少女として転生し、その天性の才能からアイドルとして見出され、実際に現地でライブまで行った。そして、異世界で出会った青年と、初めての恋愛まで。
「す、素晴らしいだす!異世界!」
「それはよかった」
「美少女としての自分もすぐに受け入れられました」
「アイドルとしてのライブも良かったですよ」
「あっ、秀部くん、そして花ちゃんも、ありがとう」
「どういたしまして」
どうやら初めての異世界は苅野さんにとって最高の思い出になったようだ。私たちにとっても初めての予約客が彼でよかった。いいものを見せてもらえたよ。
「また、異世界へ行きたいだす」
「いつでもどうぞ」
「ベンジー、次はどうするの?やっぱりアイドル」
「そうだすなぁ、アイドルもやりたいけど、冒険もしてみたいなぁ」
「冒険なら秀部くんだね」
「強いんだすか?」
「腕っぷしはピカイチだよ」
苅野さんは他にも色んな形で異世界を楽しみたいようだ。人の数だけ、多種多様な転生がある。私もできる限り、客の希望を聞き入れ、それを叶えてあげなければ。
「でも、ワスには受験勉強があるんで…」
「そっか」
「勉強の息抜きにまた予約させてもらいます」
そうして、苅野さんは帰って行った――
次の日から私と秀部くん、花ちゃんの三人で異世界転生のプランを考えることにした。『異世界観光プラン』、『異世界冒険プラン』、『異世界食い倒れプラン』だ。他にもいいプランを思いつけば、その都度追加していこう。
それぞれのプラン内容を充実させるため、秀部くんと花ちゃんには異世界で入念に下調べもしてもらった。どこを観光するのか、どんな冒険をするのか、どういった料理を楽しむのかなど、徹底的に調査を行ったのだ。客に満足してもらえる内容を作るために。
その甲斐もあり、ひとまず観光と冒険、食い倒れにはそれぞれ3つずつのプランを用意した。観光では、有名なバカンスを楽しめる南の島。それに芸術に溢れた歴史が色濃く残る街。それに古い遺跡だ。
冒険は初心者、中級者、上級者に分け、食い倒れは料理が上手い3つの街をピックアップした。なかなかいい出来じゃないか。プラン内容もわかりやすくて、これなら客も迷わなくていい。
「転田さん、プラン内容、サイトにもアップしました」
「ありがとう」
「私は各プランの冊子を作ったよ」
「花ちゃんもありがとう」
私はこんなにも素晴らしいスタッフに囲まれて幸せ者だ。あとは客が順調に来てくれればいいのだが…。まだまだ二人にお給料を出せる状態じゃないが、二人ともそれを納得した上で、ウチにいるんだ。二人のためにも、なんとかせねば。
「あっ!転田さん、また予約入ってますよ」
「おぉ!それは良かった」
「男性かい?女性かい?」
「女性のようですね…ん?」
「どうしたの?」
「三笠茜?えっ?これって…」
「あの最強女子の?」
次回、最強女子現る。