異世界アイドル
「ベンジー、ちょっといいですか」
(なぜか、メガネにスーツ姿の秀部)
「はい、えっ、どうしたんですか?その格好」
「異世界アイドルやっちゃいましょう!」
「異世界アイドル!?」
「そうです」
秀部くんは異世界転生屋としての仕事を発案した人物でもある。私のこともプロデュースしてくれたのだ。きっと苅野さんのことも素敵な異世界アイドルへ育ててくれることだろう。
「ベンジーの才能を見込んでのことなんです」
「やってみたい気もしますけど…」
「私も応援します!」
「それにベンジー、アイドル詳しいんですよね?」
「そうだすね…、でも、本当にワタスなんかで大丈夫だすか?」
「ベンジーしかいません!」
苅野さんは不安そうだが、秀部くんも花ちゃんも彼の才能には惚れ込んでいるようだ。あれだけ天性のものを見せられれば、誰だって彼が『アイドル向き』だと感じてしまうだろう。
そこからは秀部くんのプロデュースにより、苅野さんの異世界アイドル化計画が始まった。苅野さんは歌やダンスの練習に熱心に取り組む。花ちゃんは彼のパフォーマンスに合わせて、魔法でエフェクトを生み出す。現実世界よりも派手なステージが披露できそうだ。
「花ちゃんのエフェクトすごいだすね!」
「ベンジーに勝手に合わせるから、歌とダンスに集中してくれたらいいよ」
「ありがとう」
一方、秀部くんはひとりで会場探し。アイドルのステージパフォーマンスに相応しい場所を見つけたいようだ。彼は街の劇場などを見て回り、ステージや会場の広さを確認。なかなか彼のお眼鏡にかなう場所は見つからない。
「そう言えば、この街は屋外ライブができるような場所はあるんですか?」
「ん~、屋外にそういった会場は無いが、キテレツ公園なら広いから屋外で人を集めても平気かも」
「公園の場所は?」
劇場で聞き込みをした秀部くんはさっそくキテレツ公園へと足を運んだ。
「おぉ~、たしかに広い…」
「これならいい感じの屋外ステージを披露できるかもしれない」
「うん、ここにしよう」
秀部くんが会場に選んだキテレツ公園はとてもいい場所だ。広々とした野原が広がり、中央には大きな噴水が。周囲は木々に覆われ、街の人たちからも憩いの場として愛されている。
場所を確認したあとは、バンド探しだ。ミュージシャンが集まる店などへ聞き込みを行い、ギターやドラムなど、異世界のミュージシャンたちを雇っていく。さすが敏腕プロデューサー。ひとりで何でもこなしていく。
「あとは…、場所の許可取りか」
キテレツ公園の使用許可を貰いにお城へと足を運んだ秀部くんは、役人との交渉中。どうやら簡単には許可が下りないようだ。だが、そこは敏腕プロデューサー。交渉ごとでも見事な話術でなんとか許可を取ろうと食い下がっている。
それからひとしきり交渉は続き――
「一時間か…、まぁ初めてだし、こんなもんか」
秀部くんは見事公園の使用許可を一時間だけ勝ち取った。すごいよ!秀部くん。彼の異世界アイドルへかける熱い想いが、役人たちの固い心を溶かしたようだ。僕と一緒に異世界転生屋なんてやっているのが勿体ないほどだよ。
「お~い!ベンジー!」
「あっ、秀部くん」
「全部準備してきたよ」
「じゃあ…」
「あぁ、異世界でライブをやろう!」
「やったー!」
ついに異世界アイドルとして活動が幕を開ける。秀部くんがいない間も、苅野さんと花ちゃんは頑張って練習していたようだ。涙ぐましいみんなの努力の結晶が、これからどんな結果を生むのか、私も楽しみだよ。
「会場はキテレツ公園って言う広い公園に決まったよ」
「生バンドも来る」
「それと、許可は一時間しか取れなかったけど、少しの間でもみんなに楽しんでもらおう」
「はい!」
そうと決まれば、まずはみんなで会場入り。すでに生バンドのみんなは公園へ来ていたようだ。ステージは花ちゃんの魔法で、作り出し、ミュージシャンたちの楽器まで、現実世界にあるようなものへとブラッシュアップされた。
どんなステージになるのかはわからないが、見た目だけは完璧だ。あとは客の反応次第だが、一体異世界の人たちはアイドルのステージを見てどう感じてくれるのか。喜んでくれればいいのだが…。
「よ~し、じゃあみんな集まったね」
「とりあえず、簡単にリハーサルだけやってみようか」
「はい!」
本番前にまずはリハーサル。苅野さんは歌とダンスも上手かったのか。まるで本物のアイドルみたいだ。バックでは生バンドの演奏も行われ、花ちゃんが生み出すエフェクトもばっちり。
さっきは秀部くんの手腕に関心したが、みんなもやればできるじゃないか。というか、おそらくプロも顔負けの出来だぞ。みんな異世界へ来ると、別人のようになるな。恐ろしい…。
リハーサルの最中にはぞろぞろと公園へ客が集まり始めた。これも秀部くんがどうせ手を回していたんだろう。会場探しをしながら、客集めも行っていたというわけだ。まったく、君はどこまでもすごいね。
そして、いよいよライブ本番のスタート――
「え~、本日はみなさん、お集まりいただきありがとうございます」
「みなさんは『アイドル』、というものをご存じでしょうか?」
「それは多くの人を惹きつけてやまないもの…」
「だが、それに惹き寄せられた者は、皆が皆!活力を与えられるのです」
「そして!私はついに見つけてしまった…、千年に一人の逸材を…」
「そう!それこそが『異世界アイドル☆ベンジー』なのです!」
「短い時間ではありますが、しっかりと楽しんでいってください」
「それでは」
「~♪」
みんなで作り上げたステージは圧巻だった。最初は客の反応が気になったが、みんな苅野さんの歌とダンスに完全に魅了されていた。花ちゃんの生み出すエフェクトが異世界ならではで、会場のみんなをより一層盛り上げる。
私はアイドルには疎いが、これだけのものを大勢の前で披露すれば、誰だってアイドルのことが好きになるだろう。そのインパクトの強さは絶大だ。現実世界でも通用してしまうんじゃないかとすら感じてしまう。
「みんなー!盛り上がってるー!?」
「イエーイ!!!」
会場はすごい盛り上がりだな。苅野さんはもはや男であることを微塵も感じさせない。完璧にアイドルになり切っている。いや、彼女はすでにアイドルなんだ。気が付けば、瞳の中に☆が浮かんでいる。これは生粋のアイドルの証拠だ。
それからライブ終了直前――
「みなさん、聞いてください」
「ワタスは、これまでの人生は苦難の連続でした」
「頑張っても、頑張っても、上手くいかないことばかりで、『自分はなんてダメなんだ~』って、何度も挫けそうになりました」
「ですが、今は、こうしてみなさんの前に立ち、パフォーマンスを無事披露することができました」
「ありがとうございます」
「みなさんも、生きている中で大変なことも多いでしょうが、ワタスはそんなみなさんのことを応援しています!」
「最後に、この曲をみなさんへ贈ります」
「~♪」
そして、ライブが終了し――
「みんな!お疲れ様!」
「お疲れ様でした!!」
「ベンジー、ライブ本当に良かったよ」
「ありがとうございます」
「花ちゃんやバンドのみんなもありがとう」
アイドルのライブというのものを始めて見たが、ここまですごいとは…。私も感動してしまった。会場から帰るみんなの顔もとても満足したような表情ばかり。彼の当初の目的どおり、みんなへ元気を与えられたようだ。
苅野さんは、現実世界では浪人生として、目標の大学のために頑張っているとは思うが、このまま異世界でアイドルとしての活動を続けたほうがいいんじゃないかとすら感じてしまう。この才能が異世界限定なのが私は悔しい。
ライブ終了後、みんなから少し離れた場所で休憩を取る苅野――
「はぁ~、ライブ楽しかったなぁ」
(キテレツ公園にある桜の木の下で座り込む苅野)
「みんないっぱい喜んでくれてたし」
「これからも異世界へ転生するときはアイドルをやろっかな」
「タッタッタッ」
「ガッ!」
「ドテッ!」
(走ってきた男が苅野のすぐ手前で、太い根に足を引っかけ転倒)
「あの、大丈夫ですか?」
「イテテッ、大丈夫です」
(体を起こそうとして顔を上げる男、苅野はそれに優しく手を差し伸べた)
「あっ」
「えっ」
見つめ合う二人の周りを、桜の花びらが舞う。