苅野勉二
「えぇ~っと、名前は苅野勉二さん」
「はい」
「今回が初めてということで、私が転生を担当させてもらう転田生男と申します」
「よろしくお願いします」
瓶底メガネをかけた学生服のこの男性が初めての予約客。美少女に転生することを希望していたようだが…。
「で、美少女への転生が希望ということですか?」
「はい」
「異世界へ行ったときの職業なんかも希望があれば、お伺いしますが?」
「いえ、ワスは異世界で美少女として過ごしてみたいだけなんだす。」
「じゃあ、とくに冒険目的ということでもなく?」
「はい」
ふむふむ。どうやらこの人は美少女に転生できれば、あとはなんでもいいようだ。とりあえず観光目的としておこう。あとはどんな美少女に転生したいのか希望を聞いておかなければ。
「それと~、どういった美少女をご希望ですか?何かデザイン案のようなものがあれば…」
「そうだすね、千年に一人の美少女的な」
「ちょっと待ってくださいね、パソコンでいくつかデザインモデルになるような女性を探してみます」
ネットで美少女と呼ばれる女の子たちを検索し、彼の希望する容姿に近い人たちを何人かピックアップ。その中から好きなモデルを選んでもらった。彼の楽しそうな表情を見ると、こちらも嬉しくなってくる。
「そういえば、苅野さんは学生さんなんですか?」
「ワスは浪人生だす」
「あっ、そうなんですね」
「お恥ずかしながら六浪していて…」
「次の受験は頑張ってください」
「はい」
苅野さんは浪人生か。目標の大学に入るため、頑張っているんだな。私は浪人こそしていないが、大学時代もとくに華やかなキャンパスライフを送ってなかったからな。どこか彼に羨ましさを感じる。
「それと、今回はなんで美少女をご希望なんですか?」
「そ、それは…、美少女が元気をくれたからだす!」
「へ、へぇ~」
「ワス、六浪もしてるから勉強漬けの毎日を送ってるんで、どうしても肉体的・精神的に苦しい日々を送っていて…」
「そんなとき、テレビで美少女アイドルたちを見て、元気をもらっていたんだす!」
「じゃあ、異世界では自分も美少女になって、みんなを元気づけたいと?」
「まぁ、そんなところだす」
不純な考えで美少女になりたいのかと思ったが、意外にも真面目な動機なんだな。どうしても、あの見た目で美少女なんて言われると…。いかんいかん、人は見た目はじゃないんだ。苅野さんの願いを私も全力でサポートしなければ。
あとは転生後の声と衣装か…。声は人気の女性声優から選んでもらい、衣装は異世界でも違和感が無く、それでいてかわいいものをチョイス。このあたりは花ちゃんも手伝ってくれ、美少女感たっぷりのモデルが完成した。
「それじゃ、本日はインストラクターとして花ちゃんも転生に同行しますので」
「わかりました、それで…どうやって転生するんだすか?」
「私が念じれば、異世界へワープするような感じです」
「ほんとに大丈夫だすか?」
「大丈夫です、私、失敗しないんで」
苅野さんは初めての転生で不安そうだが、無理もない。異世界へ転生できるなんて、誰だってそう簡単には信じられないだろう。だが、そんな不安は異世界へ飛んでしまえば消え去ってしまう。
「それではいきますね」
「は、はい」
「転生だおっ☆」
フッ――
「んっ、えっ!?」
「異世界へようこそ、苅野さん」
「わぁ!これが異世界だすかぁ!!」
転生後の苅野さんは、思った通りかなりの美少女だな。訛りだけは変わっていないが、それが彼の魅力でもあるのだ。異世界であの訛りが通用するのかどうかはわからないが、しっかり楽しんでもらおう。
「はい、苅野さん、自分の姿を確認してみて」
(魔法で全身鏡で出す花)
「こ、これがワスだすか!?す、すごい…」
「よかったですね」
自分の容姿にかなり感動してくれているな。しっかりカウンセリングで聞き取りして良かった。客が喜ぶ姿を見るとこちらとしても嬉しい。商売冥利に尽きるとはこのことだ。
「苅野さん、これから…」
「あの、可愛さん、ワスのことは、今からベンジーと呼んでください」
「ベンジー?」
「勉二を可愛くしてベンジーだす」
「そういうことなら、私のことは花ちゃんと呼んでください」
「わかりました」
異世界でベンジーという名前に決めた苅野さんは、一人称も『ワス』から『ワタス』に変更。これで異世界のいなかっぺ美少女が完成だ。訛りの強い美少女もなかなかにかわいいものだ。中身が苅野さんじゃなければ、好きになってしまうかもしれない。
「まずは街の中を見て回りますか?」
「はい」
異世界では美少女の苅野さんとそもそもかわいい花ちゃんのコンビだ。街を歩けば、必然的に男どもの視線を集める。やはりボディーガードとして秀部くんも転生させるべきだったか…。
「転田さん…」
「なんだい?」
「僕をあっちに転生させてください」
どうやら秀部くんも同じ心境だったらしい。さすがにあれだけかわいいと、何かあるかもしれない。秀部くん、頼んだよ。
「転生だおっ☆」
フッ――
「花ちゃ~ん!ベンジー!」
「あっ!秀部くん」
「はぁはぁはぁ…、二人見てたら心配になって来ちゃったよ」
「あぁ~!私だけじゃ頼りないと思って!」
「そ、そんなことないよ、ほら、花ちゃんもベンジーもかわいいから…」
(二人のやり取りをボーっと眺める苅野)
「は、花ちゃん!ワタスに女の子を教えてください!」
「えっ?」
苅野さんは異世界では女の子だが、これまで男として人生を生きてきたのだ。女の子としての立ち振る舞いがわからなくて当然。まずは違和感の無いよう、花ちゃんから所作を学びたいようだ。
花から女の子としての所作を学ぶ苅野――
こんなにも真面目な人だったのか…。彼の学ぶ姿勢にはこちらの身も引き締まるな。なのに、なんで大学受験は六浪もしてるんだ?勉強の仕方を間違えてるんじゃ…。いや、他人の詮索はほどほどにしないといけないな。余計なお世話だ。
それから一時間ほど花ちゃんからレクチャーを受け、苅野さんは中身も女の子っぽくなった。さっきまでと比べても可愛げがアップした感じもする。見た目や声が女の子だからか、すぐに男っぽさのようなものも抜けていった。
「じゃあ、改めて街へ入ろっか」
「はい」
今回三人が訪れた街は商業が盛んな城下町。現実世界で言うところの『都会』だな。街には色んなお店が立ち並び、多くの人で賑わっている。ベンジー…、いや、苅野さんも街の様子を楽しんでくれている。
「苅野さん、あれ食べませんか」
「何だすか?」
「異世界のスイーツですよ」
なにやら露店で売られているスイーツを買っているようだ。相変わらず異世界は羨ましい。どんな味なのかはわからないが、帰ってきたら花ちゃんに聞いてみよう。
「ありがとうございます♪お仕事頑張ってくださいねっ☆」
(苅野の感謝の言葉に、とても嬉しそうな表情を浮かべる露店の男)
「また、来てくださいねぇ!」
「お店の人、とても喜んでましたね」
「元気を与えられました、頑張ってる人にはこれからも積極的に元気を与えるだす!」
苅野さんはその後も街で、いろんな人に元気を与えていった。美少女が感謝をしたり、応援したりすれば、誰だって嬉しいものだ。彼の出会う人たちはみんな笑顔になっていく。どこかアイドルのような、天性の素質のようなものを感じるな。
う~ん…、素晴らしい!街自体は元々活気があったが、彼の存在のおかげか、さっきまで以上に活気づいた気がする。美少女の持つ力は異世界でも通用するようだ。
「転田さん!一旦僕を現実世界に戻してくれますか?」
「転生終了」
フッ――
「どうしたんだい?」
「いや、ベンジーが、すごいんです」
「私も見てたよ」
「街で出会う人、出会う人、みんな元気になっていくんですよ」
「美少女は偉大だね」
「そこで提案なんですけど…」
秀部くんは私になにやら提案があると言う。その内容とは、苅野さんに異世界でアイドルをやってもらうというものだった。すでに街の人たちをあれだけ元気にしているのだ。アイドルとしての素質は十分と言えるだろう。
それに元々彼は「みんなを元気づけたい」という目的を持っていた。アイドルとしてステージパフォーマンスを披露すれば、より多くの人を元気づけられるだろう。そうなれば、彼も本望のはず。
「じゃあ、ベンジーにアイドルの提案をしてみますね」
「転生だおっ☆」
フッ――
果たして苅野は、異世界でアイドルとしての活動を始めるのか…。