異世界転生屋さん
「どうやって異世界転生の希望者を探すんだ?」
「そうですね、まずは僕が友達を連れてきますよ」
「友達?異世界転生を望む友達がいるのかい?」
「任せておいてください」
「あぁ、わかったよ」
「あとは転田さんのWebサイトを立ち上げましょう」
「おっ、いいね」
秀部くんはすぐにイイ案を思いつく。彼は商売のセンスがあるよ。これなら早めに仕事として始められそうだ。幸い、勤めている会社は、社員の副業を認めている。もし異世界転生屋としての商売が成り立ったら、そのときは本業にしてしまおう。
その後は二人でどのようなサービスにするのかを考えた。転生するにはまず最初に予約を入れてもらう。これは必須だ。そして、転生する前にはしっかりカウンセリングを受けてもらう。希望者がどんな人で、どういった転生を望むのか知る必要があるからだ。
私が飛ばせる異世界なら比較的自由が利く。これはここ数ヶ月の経験から学んだことだ。どこかの国の王様や王女様、魔法使いから山賊にだってなれる。だから、最初に転生後についてちゃんと話し合っておかないといけないんだ。
「そういえば、転生させるときの決め台詞や決めポーズなんかも必要ですね」
「それ、必要なの?」
「何言ってんですか、必要に決まってるじゃないですか」
「そうなの?」
そう言うと、秀部くんはひとりでブツブツとつぶやき、色んなポーズを取り始めた。真っ白になって昇天しそうなポーズ。月に代わっておしおきしそうなポーズ。何かを手から打ち出しそうなポーズ。どれもどこかで見たことあるものばかりだ。
「これ!これどうですか?」
「えっ?何それ?」
彼が私に提案してきたのは、酷いポーズだった。左手は腰に手を当て、右目の前でピースサイン。とても中年の私にはあり得ないポーズだ。こんなのを毎回「やれ」というのか。自然と顔は険しくなってしまう。
「それと決め台詞も思いついたんですけど、いいですか?」
「なんだい?」
「転生だおっ☆」
「…」
(ひどい…)
私は静かに膝から崩れ落ちた。商売のセンスがあるのに、決め台詞や決めポーズになった途端、彼はメチャクチャだ。とても人前に出せる代物じゃない。
「秀部くん、私を社会的に抹殺しようとしているのか?」
「なんでですか?インパクトですよ、インパクト」
「!?」
なんと彼はちゃんと考えていたのだ。あえて訳がわからない決め台詞と決めポーズを行い、客に対するインパクトを与えようとしていたのだから。しっかり先を見据えた彼の考えは、さながらアイドルグループのプロデューサーのようだ。侮れない。
「でも…秀部くん、さすがに『だおっ』はちょっと…」
「違うんですよ、アナグラムです」
「!?」
「てんだせいおという名前を並べ替えたんですよ」
「『て・ん・せ・い・だ・お』ってね」
私は驚いて言葉が出なかった。『天才だ』。そう感じたのだから。誰が私の名前をアナグラムにして決め台詞を考えられる?これを天才と呼ばずしてなんと呼ぶべきか。彼のセンスの良さには脱帽しかない。
「すごいよ、秀部くん」
「えへへ」
「なんでそんなに私のために一生懸命考えてくれるんだい?」
「あのとき…、助けてくれたから」
彼はそう言うと、私の手を取り、目をウルウルさせていた。
「僕はあの日までただの『ヒャッハー!』でした」
「ですが、転田さんに出会い、僕の中で何かが変わった」
「今は『今日より明日』という思いで、日々精進しています」
(なぜか秀部くんの後ろから後光が…)
まっ、眩しい。なぜ私との出会いで彼がここまで変わったのかはわからないが、以前の彼よりは明らかにマシだ。もはや見る影もないぐらい彼は変わってしまった。そんな彼が考えた決め台詞と決めポーズだ。無下にすることはできない。
それから私は決め台詞と決めポーズの練習を行った。秀部くんはそんな私に優しくレクチャーし、一生懸命に教えてくれる。良き相棒を持つとこんなにも嬉しいのか。私は素直にそう感じた。
ある程度、決め台詞と決めポーズが決まってきたあとは、Webサイトの制作だ。これは秀部くんが全部やってくれた。私にはさっぱりわからないが、そんなにお金をかけなくてもサイトというのは作れるようだ。
「転田さん、サイト名どうしますか?」
「う~ん、何がいいかな、全然考えてなかったよ」
「そうですか、世界初の異世界転生屋さんだから、わかりやすいのがいいですね」
「そうだね、検索してくれた人が何のサイトなのか、わからないといけないしね」
「じゃあ『異世界転生させちゃう転田さん』ってのはどうですか?」
「いいね、わかりやすくて」
こうしてサイト名は『異世界転生させちゃう転田さん』に決まった。私の名前も入っていて、いい感じだ。それに名前から異世界転生ができるという趣旨が伝わるのもイイ。客はみな転生初心者ばかりだ。まずはどういったサービスを行っているのか知ってもらう必要がある。
基本的にサイトの運営や予約の管理などは秀部くんがやってくれることになった。私には実務のほうに専念してもらいたいとのことだ。カウンセリングはすべて私が請け負い、直接客から聞き取りしたのち、異世界へ出発と言う流れ。完璧だ。
「今日は前祝いだ!パーッといこう!」
「ヒャッハー!」
「秀部くん、それはダメだ」
「あっ?自然と出ちゃいました、すいません」
そして、後日――
今日は秀部くんが初めての客として友達を連れてきてくれる約束の日だ。一体どんな人が来るのだろう?
「秀部くんの友達だからやっぱりあれか、『ヒャッハー!』って感じのが来るのか?」
とそのとき、ドアが開く音がした――
「ガチャッ」
「転田さ~ん、連れてきましたぁ」
私は恐る恐るドアのほうへ振り返る。
「おじゃまします」
「!?」
そこにはとても可憐な女の子が立っていた。とても秀部くんの友達とは思えない。なぜ『ヒャッハー!』だった彼に、こんなにも可愛らしい友達がいるのか。私には理解できなかった。
「はじめまして、『可愛花』です」
「はじめまして、転田生男と申します」
嬉しそうな表情の私を見て、秀部くんは親指を立ててきた。『ナイスだ、ナイスだよ秀部くん、こんな客なら今後もお願いしたいぐらいだ』と言いたげな顔で、彼に感謝を伝える。
「あの…異世界転生できるって聞いてきたんですけど…」
「もちろんです、ささっ、入ってください」
三人で奥の部屋へ行き、まずはカウンセリングで聞き取りだ。この子がどういった転生を希望しているのか、聞いてみなければ。
「えぇ~、それではまずはじめにカウンセリングを行わせていただきます。」
「よろしくお願いします」
「花ちゃん、お願いしたいことを紙に書いて持ってきてたんじゃなかった?」
「あっ?そうだった、これです」
「どれどれ」
彼女から手渡された紙にはいくつか、要望が書かれていた。それは『冒険がしたい』、『魔法が使いたい』、『モンスターと戦ってみたい』というもの。なるほど、彼女は異世界ならでは体験をしてみたいようだ。現実世界ではこういったことはまずできないからな。
「問題ない、この要望なら叶えてあげられるよ」
「やったー!」
「えっと、じゃあ、花ちゃんの性格は?」
「私の性格は…」
「花ちゃんはおっとりしてて、とても優しい女の子だよ」
もぞもぞしている彼女を見て、秀部くんが代わりに答えてくれた。ナイスフォローだ。
「なるほど…、それなら慣れるまでは弱いモンスターがいるエリアが良さそうだな」
その人に適した場所に転生させる。これはとても大切なことだ。こんな可憐な女の子をいきなり高ランク帯のモンスターが、出没する場所に転生させるわけにはいかない。すでに各ランクのモンスターがどの辺りに出没するのかは把握済みだ。
「趣味や特技はあるのかな?」
「え~っと、趣味はコスプレで…、特技は…裁縫です」
「じゃあ自分で衣装も作ってるの?」
「はい、自分で作ったのを着るのが楽しくて」
「わかりました、もし次転生することがあったら、衣装のまま転生することもできるからね」
「ほんとですか?」
「もちろん」
花ちゃんの聞き取りも無事終わり、いよいよ彼女の初めての異世界転生だ。きっと喜んでくれるだろう。
「花ちゃん、初めてなんで僕も一緒にいきますよ」
「インストラクターとして」
「わかった」
「じゃあいくよ」
「はい」
「転生だおっ☆」
フッ――
こうして花ちゃんの初めての異世界転生が始まった。