最終話
それから幾月が経ち、エスト国では混乱が生じていた。
「スュドヴァン国から一部の農作物が輸入されないと大々的に報道され買い占めが起きています!特に玉葱の価格が高騰しており各所から不満が噴出しています!」
「他の国からの輸入促進の件はどうした」
「それが“急には対応できない”と断られており…」
「高くても良いから他国から輸入できるようにしろ!」
「既に観光業ほか多方面に影響が出ています!スュドヴァン国内での報道と照らし合わせて我が国からの一方的な婚約破棄が原因だという報道が国内で過激化しており王族ならびに大臣が責任を取れと…」
「その必要はない。スュドヴァン国の状況はどうなっている。そろそろ値崩れを起こしているのではないか?」
「それが価格は安定しており…。どうやら余剰分は国が買い取り備蓄しているようです」
「ふむ。国庫を削るとは。しかしそれもいつまで続くか。我慢比べというところか」
「それが…スュドヴァン国は買い取った農作物を加工する施設を既に設置し製造業に力を入れ他国へ流通させています。つまりスュドヴァン国が我が国に泣きついてくる可能性は低いかと…」
「やけに対応が早いな…。やむを得ない。こういう時の王族だ。殿下には悪いが犠牲になっていただこう」
エスト国がマール一人に責任を押し付けようとしているその頃、スュドヴァン国では農作物の見回りに一時的に多くの予算をつぎ込み人員を配置していた。国内ではもちろんのこと、エスト国内にも調査員を派遣し盗難を繰り返していた組織を特定した。今はまだ一方的な領事裁判権があるので捕まえることはせず証拠だけを着々と集めている。その間、農業ユニオンを経由して集められた調査員たちは犯人が分かっているのに裁けない、そんな歯痒い思いをした。
「しかしそれももう少しの辛抱だ。我々は十年以上我慢してきた。今が最後の我慢だと考えようじゃないか」
調査員たちはそう言って励まし合った。
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『この度の婚約破棄について責任を取りエスト国の王子であるマールから王位継承権を剥奪するので輸出制限を解除して欲しい』
思ったより早くエスト国から白旗の書簡が届いたのは、スュドヴァン国の製造業が軌道に乗り予想以上の利益を上げ始めた頃だった。
スュドヴァン国では今回の騒動を機に製造業にも力を入れた結果、雇用も生まれ他の国々との繋がりも出来た。微力ながらも社交に力を入れたエシャロットや、他国の製造業を学び国内で助言をしたセリユーズ、そして今では一大ブームとなっているスュドヴァン国製の下着を開発したポワトリンの尽力が実ったのだった。
結果的にエスト国への輸出抑制を解除せずとも経済が回るようになったスュドヴァン国はエスト国の要求を突っぱねた。
『我々はマール殿下の王位継承権剥奪に何のメリットも感じないし、そうなることを望んでもいない。輸出制限を解除して欲しいのであれば、婚約破棄の際に輸出制限の代わりに要求しなかった慰謝料を支払うこと。そして領事裁判権の撤廃自体を望む』
そもそもマールの王位継承権剥奪はエスト国内の不満を少しでも抑えるための措置でありスュドヴァン国に何のメリットもない。それでスュドヴァン国の気が済むと思っているところが本当にスュドヴァン国を見下しているし浅はかだ。
この返事にエスト国はしばらく抵抗したが他国からの補填の兆しが見えず、国民からの不満をマールの王位継承権剥奪だけでは抑えられなかったため結局スュドヴァン国からの条件を呑むしかなかった。
他国からの補填の兆しが見えない…確かに始めこそ“急には対応できない”と断られていて、それは本当のことだったのだろう。しかしいつまで経っても“今はまだ対応できない”だの“少量ならば”との返事ばかり。それは、“ 供給しようと思えばできるがスュドヴァン国への仕打ちを知っているので様子を見たい”という意味だったのかもしれない。エスト国の一部の者はそのことに気付いたが結局は手を打てなかった。全ては遅すぎたのだ。
こうしてスュドヴァン国は多くの慰謝料と不当な領事裁判権の撤廃、さらにはこれまで準備していた証拠を駆使してエスト国内に拠点を構えていた農作物泥棒の一大組織を摘発しスュドヴァン国へ引き渡してもらいきっちりと裁くことができた。その賠償金は到底個人で払える額ではなく、その分はエスト国が補填することを契約に盛り込んでいたのでエスト国は婚約破棄の慰謝料に加えて多額の賠償金を支払うことになった。
さて、代わりにエスト国への輸出制限は解除したものの、玉葱を含む農作物の価格は以前より値上がりして取り引きがなされた。特に玉葱は正しい温度管理のもと貯蔵したことにより甘味が増すという予想外の効果があり、スュドヴァン国産の玉葱はブランド品として付加価値が付いたのだ。他国にも輸入を広げていたので需要が増加しこれまでよりも高値で輸出できるようになった。
結果としてスュドヴァン国は長年の課題であった領事裁判権の撤廃と農作物泥棒の一大組織を潰すことに成功し、さらには玉葱を含む農作物の価値も上がったし製造業にも力を入れリスクを分散することができた。
しかしそれはあくまでも結果論であり、今回の騒動によって国内でも混乱が生じたし急激な変化に対する批判もあった。この変化で得をする人もあれば、損はしないが得もしない人もいるのだ。人間不思議なもので、他の人は得をして自分は得をしていないと損をした気分になる。彼らの目は厳しかった。
さらにあまり報道されていないが農作物の盗難は国内にも協力者が多くいた。彼らは作付け状況や収穫時期、見回りの情報などを提供し見返りをもらっていた。それは一個人に留まらず領主も関わっていた事案もあり国内でも多くの人間が捕まった。その影響を受けた人たちにとっては鬱憤の矛先が国以外になく、これまでエスト国からの盗難を阻止する力が自国になかったことがそもそもの問題だと国に厳しい目を向けた。
エシャロットは表向き、この騒動を止められなかったとして責任を取り王位継承権を辞退した。実際は嫁ぎ先がなくなり後継者争いに一石を投じたくなかったエシャロットが国王に相談したところ、このような表向きで発表することにしたのだった。
実はあれからもマールから手紙が届いていた。それは全て復縁を望む内容であり初めは王位継承権を剥奪されたマールがエシャロットの王位継承権を当てにしているのだろうかと考えていたが、エシャロットの王位継承権辞退を知ってもなお復縁を望むマールにエシャロットはやっとマールが純粋にエシャロットを好いていることに思い至った。
「まぁ、今さらですわね。ふふ、玉葱を笑う者は玉葱に泣くのよ」
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「エシャロット様、お久しぶりです。明日の休みに我が家で食事でもいかがですか?」
「あらセリユーズ、視察から帰ってきていたのね」
「ええ、今回は加工した食品を長期保存できる技術を学びに他国へ行ってきました。とても興味深かったですよ。父を交えて是非その話でも」
無事に学院を卒業したセリユーズは政務官候補として視察に飛び回っている。視察から帰ってきてはエシャロットのところへやってきて食事に誘うのが恒例となっていた。
「あら、とても興味深いわね。でもごめんなさい。明日はポワトリン夫妻と食事をしながら新製品について意見を交わすつもりなのよ」
ポワトリンが婿に選んだのはマールの取り巻きであったエスト国の騎士団長の息子だった。彼はマールの失脚に伴いエスト国内での出世は見込めなかったが、そこに目を付けたポワトリンによって取り込まれた。ポワトリン曰く彼は騎士団に在籍していただけあって体力があり農家の婿に最適らしい。さらには元騎士の目線で商品開発を共に行っており、明日見せてもらう新製品は女性用のショーツのほか、男性用の五本指靴下、そしてズレない肩パッドとのこと。彼は“消えたオッパイ事件”後の堂々とした振る舞いに感銘を受けていたそうで、“彼女こそ戦士だ”とポワトリンを崇めている。
残念そうにするセリユーズにエシャロットは頬に手を当てて首を傾げる。
「それに休日まで上司と食事するなんて、ねぇ?」
エシャロットはマールに続いて学院を退学した。それからは宰相の元で政務に励んでいる。エシャロットはセリユーズの目をジッと見つめ頬に指をトントンしながら話し出す。
「貴方が私を食事に誘う理由、それは本当に視察の報告をしたいだけ、実は他に理由がある…あるわけね。その理由を私に言えないのは…ふふ、なんて。意地悪してしまったわ。…あら、私ったらマール殿下と同じね。ああ嫌だわ。
ねぇセリユーズ、ちょっと意地悪な私は嫌かしら。嫌でなければ後日二人きりでの食事に誘ってくださいな」
そう言ってエシャロットは足早に去っていく。一人取り残されたセリユーズは赤い顔を手で覆った。
「人の気も知らないで…。私の想いの深さを侮る者はその深さに泣く…いいえ必ず笑顔にしてみせましょう。エシャロット様、待ってください!」
セリユーズが赤い顔をしたエシャロットに追いつくまであと少し…。
〜名前の意味いろいろ〜
エシャロット:玉葱の小さい品種(この品種の形だけ見れば最近の玉葱ヘアーに近いのかも)
セリユーズ:真面目
スュドヴァン:スュド→南 ヴァン→風
エスト:東
ポワトリン:おっぱい(美少女仮面をご存知ない?彼女こそ戦士だ!)
マール:搾りカス(でも力強い風味で美味しいらしい※お酒)
最後まで読んでいただきありがとうございました!