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「いたぞ!玉葱女だ!」


活発そうな少年が玉葱…もとい()()()()()()()()()()()()()を見つけて走り出す。


「タッチ!俺が一番!」


一番はじめに少女にタッチした少年は遅れてきた少年に得意げな顔をする。


「さすがマール様だなぁ」

「ははは俺に勝とうなんて百年早い」


その側では勢い良く体当たりされ転けてしまった少女が擦りむいた手をさすっていた。


「エシャロット様!」


慌ててエシャロットの幼馴染であるセリユーズが駆け寄る。


「大丈夫ですか」


セリユーズがエシャロットの手を取り少年たちを睨みつける。


「我が国の王女殿下に何をする!」


何を隠そう玉葱と呼ばれた少女はスュドヴァン国の王女だった。しかしそれを聞いた少年たちはお腹を抱えて笑う。


「我が国の玉葱に何をするだってさ!」


ひとしきり笑った少年はセリユーズの手を(はた)きおとしエシャロットの手を奪い取るとエシャロットに視線を合わせた。


「なぁエシャロット、わざとじゃないんだ許してくれるよな」


「ええ、マール様」


「ははっ!さすがは俺の婚約者だ」


尚も睨んでいるセリユーズを見てニヤリと笑った少年はエシャロットの婚約者、隣国エスト国の王子だった。


「それにどちらにせよお前たちは俺を裁けない。()()()()()()()からさ」


そう言って去って行くマールの背中をセリユーズは唇を噛みながら睨んでいた。


「セリユーズ、いいのよ」


少女は困ったように笑う。


「しかしエシャロット様…」


「セリユーズ、貴方も宰相の息子なら知っているでしょう。マール様との結婚で得られる我が国としてのチャンスを。その機会を得ることが私に課せられた使命と心得ていますのよ」


エシャロットたちの国、スュドヴァン国は農業大国だ。一方マール王子のエスト国は観光産業に力を入れている国だ。


その昔、スュドヴァン国とエスト国はそれぞれ別の大国の属国であり、それらの国の戦争でエスト国側が勝利した。その際に一方的な領事裁判権が結ばれ今なおエスト国の者がスュドヴァン国内で罪を犯そうとスュドヴァン国の法に則って裁くことはできない。エスト国の王子マールは度々そのことを引き合いに出してきた。


-----


その頃スュドヴァン国の大臣たちはある問題に頭を悩ませていた。


「今年も農作物の盗難被害が多発しております。こちらが農業ユニオンからの陳情です」


『こう毎年のように盗まれては(たま)ったものじゃない』

『まだ食べ頃では無かったのに』

『エスト国の者の仕業(しわざ)に違いないので早く対応して欲しい』


「…しかし確たる証拠もなく糾弾できまい。以前捕まえた者たちがエスト国の者だっただけでその件についてはこれ以上の追求はできない」


「しかしエスト国内で我が国の農作物が不当に売り捌かれているのは明らかです」


「知っているだろう。エスト国の者を我が国の法に則って裁くことはできない。我々が出来ることは早く不当な領事裁判権を撤廃できるよう交渉を重ねることだ。幸い数年後にはエシャロット様がエスト国に嫁がれる。この機を逃さず交渉の準備を進めよう」


-----


大臣たちの期待を他所にエスト国のマール王子とエシャロットの関係が上手くいっていないと報告を受けている国王はエシャロットを呼び出した。


「よくきてくれた我が末娘、エシャロットよ。予定通り五年後にエスト国に嫁いでもらわねばならんが何か気がかりなことはあるか」


エシャロットは父である国王を見る。白髪が目立ち始めた父に心配をかけたくはないが、父は国王でありエシャロットはその大切な駒であることを自覚している。リスクは正しく共有しておかなくてはならない。


「マール様は…私のことをお嫌いなのではないかと、そう感じております」


「ほう。しかし婚約はマール王子の希望だと、そう聞いたぞ」


「マール様のお心は私には分かりかねます。しかし私の輿入れという機会が確実なものとは思えないことを私からも報告いたします」


「そうか。後はこちらに任せよ。不測の事態に備えるのが我々の仕事だ」


「あの…差し出がましいのですが、お願いがあります」


-----


数ヶ月後、スュドヴァン国では農業ユニオンと関係省庁の担当者が参加する政策会議が開かれていた。宰相が進行するこの会議は数年前から定例となっている。


「我が国における農作物盗難の被害状況について概要を事前に確認してくれたと思う。組織的な犯行であり被害額は相当であることから国として大きな課題となっていることは周知のとおり。まずは農業ユニオンから詳細を話してくれるか」


「はい。手口は年々巧妙化しており、より効率的に多くの農作物が盗まれています。そしてその九割以上が未解決です。我々としても各地の駐在騎士の協力を得て見回りをしていますが、一日中張り付いているわけにもいきませんから…。以前に農家の収入保険の活用についてご提案いただいたお陰で現在では多くの農家が加入しています。本当に盗まれたのかいくつかの審査はございますが概ねこの保険で減収分を補填(ほてん)しております」


「報告ありがとう。提案していた長期保存できる野菜品種の推奨についてはどうなった?担当の者、説明してくれ」


「はい。長期間の保存に適した玉葱の品種を推奨しております。各地に低温管理が出来る貯蔵庫を設置すればさらに多くの玉葱を蓄えることができます。来年度の予算要求には貯蔵施設の建設に関する補助金の申請を行う予定です」


「この件について財務との話は進んでいるのか」


「その件につきましては財務からお話しします。これまでの補助金は農地に関する事業が対象でしたが今回の貯蔵施設に関してはその一部と見なし法務部と連携し細則(さいそく)を改正するところです」


「ほう、財務省が過大解釈とは珍しいではないか」


「何を言います宰相閣下。必要なことには我々も否とは言いません」


男たちが淡々と話を進めて行く中、少女の白い腕が挙がる。


「どうされましたかエシャロット殿下」


普段このような場にエシャロットが出席することはない。しかし数ヶ月前に国王へ政策会議への参加をお願いし、こうして参加させてもらっている。

国王からは一度はやめておけと止められた。


「エシャロット、為政者(いせいしゃ)は万能ではない。全てに利害があり時に何かを切り捨てなくてはならぬ。感謝されても立場が変われば悪人扱い。それでも一つずつ進めていかねばならぬ。お前に泥をかぶる覚悟はあるのか」


エシャロットはこの国を愛している。今後エシャロットとマールの結婚がどちらに転ぼうとも必ずやこの国の課題を解決する機会を得る駒に成らなければならないと心に決めていた。


機会さえ得ることができれば今日集まっている彼らにバトンを渡すことができる。そのために彼らの考えを正しく理解しておかなければならないとエシャロットは考えた。その思いでなんとか国王を説得し会議に出席できたのだ。


エシャロットはペンを持って聞く。


「我が国並びに近隣諸国の野菜消費量一位である玉葱の長期保存は輸出にも対応した安定的な供給のためであると思いますが、具体的に貯蔵する量と期間は如何(いか)ほどですか」


まだ子供のようなエシャロットの発言に担当職員が嫌な顔もせず立ち上がり具体的な数値が記載されている資料を渡す。


「具体的な数字が出ているのはまだ玉葱だけですがこちらの書類をどうぞ」


「ありがとうございます」


エシャロットは急いでメモを取った。


-----


こうして政策会議に出席する傍ら、宰相の息子セリユーズと共にエスタ国に関する情報を調べ続けた。


「エシャロット様、公開されている記録を借りてきました。我がスュドヴァン国は国内の農業を保護するため多くの関税を設けておりますが、エスト国は野菜に関して(ほとん)ど関税をかけていません」


「エスト国は野菜の自給率が著しく低いから安く輸入したいのね。そういえばエスト国における野菜の輸入シェアは我が国がトップだったわよね?他にはどんな国があるの?」


「大差はあるもののこの国が二位ですね」


「我が国からエスト国へ一部の野菜の輸出を止めるとどうなるかしら」


「うーん、国内に限って言えば需要と供給のバランスが崩れて値崩れしそうですね。そんなことをしたら我が国の農業に打撃を与えてしまいます」


「そうね、それだけではダメよね…でも、もしそれが出来たら…」


「農作物を自国で加工し売り出すという手もありますが我が国ではそこまで製造業に力を入れていませんし、それでも余ってしまうでしょうね」


「うーん、そうね。でもリスク分散のために他国の製造業を学ぶのは良さそうね」


-----


そんな日々を過ごしていたエシャロットはセリユーズと共に中立国にある高等学院へ入学した。近隣諸国の王族、高位貴族が通うこの学院は下位貴族であっても優秀な学生を受け入れている。


一つ上の学年にはエシャロットの婚約者であるマールも在籍しており相変わらずエシャロットに対して嫌な絡み方をする。しかしそんなマールは成績優秀で人あたりも良くカリスマ性があり学院内で人気を誇っていた。エシャロットにだけ意地悪なのだ。


昔のように体当たりしてくることはないがエスト国の騎士団長の息子だという取り巻きと共にエシャロットを見つけては「玉葱女」と小突く。


昔からエシャロットに触れるのはマールだけで取り巻きの男は決して触れることはないが、そのたびにセリユーズが牽制(けんせい)しエシャロットは頬に手を当て困ったような顔をして結局はマールを許した。


「マール様は何故私を嫌うのかしら」


マールのいないところでエシャロットはセリユーズに問う。


「嫌っている人にわざわざ絡んでいきませんよ。マール殿下はきっと…いえ、なんでもありません」


心当たりがありそうな、それでいて気不味そうな顔でセリユーズは言い淀む。エシャロットはそんなセリユーズの目をジッと見つめ指を頬にトントンとしながら話し出す。


「貴方が言い淀む時、それは相手が傷付くかもしれない時、もしくは自分に都合が悪い時…ああ自分に都合が悪いのね。マール様が私を小突く理由は貴方には共感できない、できる…あらできるのね。つまりマール様と同じ感情を貴方は有していて、それを私に伝えることは貴方にとって都合が悪いと…」


「言いますよ!言います!だからそうやって追い詰めないでください!」


セリユーズはしぶしぶ話し出した。


「マール殿下は…貴女に触れたいのではないでしょうか。貴女に触れる口実が欲しいから突っかかってくる。取り巻きには貴女を触らせないし私が貴女の手を取ると毎回手を強く(はた)かれます。そうして貴女の手を取り返したマール殿下は私に見せつけるように悪い笑みを浮かべるのですよ」


「私に触れたいから…?」


意外すぎる理由にエシャロットは目を丸くする。そして頬に手を当てて首を傾げた。


「ということはセリユーズも私に触れたいと思っているということよね?」


途端にセリユーズの顔が真っ赤になる。


「それは言わなくてもいいでしょう!そうですよ!貴女の手はとても綺麗で触れてみたいと思う男は多いはずです!自分で言っておいて気持ち悪いですが男なんてそんなものですよ!」


「そうだったの。知らなかったわ。ご教授ありがとう」


真顔でそう返すエシャロットを見てガクッと項垂れたセリユーズは「人の気も知らないで…」と一人呟いた。




作中の玉葱=異世界玉葱

作中の領事裁判権=異世界領事裁判権


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