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7:打算

朝起きて欠伸をかみ殺すと着替えた。

髪を自分で梳いて、櫛を鏡台に置く。

女子寮は学園の城から見て右側にまあ、東側に置かれている。

男女比は大体半々くらいの比率で約120人+各使用人がここに住んでいるわけだが、随分広い。

巨大な建物は4階建て。レンガの外壁に内装は貴賓室の様だった。

ほぼ貴族が通っている学校だ。こうもなるだろう。

ちなみにこの学園は平民でも通えるが、学費が高額なため大商会の御曹司くらいじゃないと通えない。なので平民や学費を工面できない貴族は別の学園に通うことになる。

ゲームの主人公であるヘレナが男爵という低い地位であるにも関わらず通えているのは実はリシュリュー公爵家から支援がされているのだ。

何故か?それは、ヘレナの出生にかかわる。


ヘレナはオーリック男爵家の娘ではない。


公爵家はイラストリアス王国に4つ存在する。かなりの量だ。はっきり言って分権しすぎである。

だがうまくいっている。理由は3つ。

王家が積極的に血族を公爵家に嫁に出すからと、国土の温暖さ、国土面積の広大さだ。

潤沢な資源があるこの国は利権関係で争う場合は派閥同士の争いになる場合が多い。

だからそれを避けるため国は分権を黙認している。


で、だ。先王の娘、王女。この人物が嫁に行ったボルチモア公爵家で生まれたのが、ヘレナ本人である。

実はヘレナはルロヴェネーゼの従兄妹である。

だが出生したときボルチモア公爵家の子供とは認められなかった。

言い方が悪いが血が悪い。ドロドロの事実なのだが、王女は無理にボルチモア公爵家に嫁いだ。

体が弱いというわけではない、精神的にも安定していた。政略の道具として結婚する覚悟もあった。

だが、悪かったのは恋した相手だ。


シマカゼ公爵家のもう結婚して子供もいた男に恋をした。そうしてとある日に過ちを犯してしまった。


つまるところ、イルトヴェガーナの異母妹でもあるわけだ。

ドロドロである。

嫁いだ先のボルチモア公爵家は生まれた子供の目を見て、シマカゼ公爵家の血を引いていると気づき、激怒。

赤い目はこの国では珍しいが、珍しいという程度の物である。だが、赤い目にシマカゼ公爵家の血族にしか現れない濃い赤の強い魔力を帯びたアースカラーが浮かんでいたのだからぱっと見ではわからないがよく見れば、そう、知識さえあれば気づく。

ボルチモア公爵家の血族は紫の瞳に魔力を帯びた金のアースカラーが浮かぶので、明らかな差異であるこの色に王女を問い詰めるまでもなく不義の子と断じることができた。

疎まれたヘレナは打診を受けたリシュリュー公爵家が保護。同じ派閥で目立たないオーリック男爵家の子供として慎ましく育てられたというわけだ。

リシュリュー公爵家はことあるごとに謙虚で慎ましい勤勉なオーリック男爵家を支援してきた。

そうしてただの男爵家であれば目玉が飛び出るほどの高額な学費も余裕で工面できたというわけだ。


イルトヴェガーナの攻略は何度もした。同じシナリオを回して飽きはしないのはオタク根性である。回す度、新たな気づきもあるしな。


イルトヴェガーナは母親似。美しい切れ長の目も人形のように整ったぞっとするほどの玲瓏な美貌も母親譲りだ。だから、ヘレナとは似ていない。ヘレナも母親似だからだ。唯一赤い目が父親譲り。


お互いそうとは知らず惹かれあい、図書館で禁断の逢瀬を重ねる!

いいぞ!その調子だ!


まあ現実は甘くない。目の前でそんな美しくも儚い禁断の恋なんて見れやしないのだ。

悪役令嬢であるがばっかりにな!

いや悪役令嬢ならワンチャンあるか?

邪魔するタイミングがあるはずだ。確かそんなシーンがあった。


禁忌の口づけを交わそうとするタイミングで図書館の扉が開かれ、高らかに笑いながら主人公を魔法で攻撃した。

「お前ごときが学び舎で卑しい。その美しい方は私と交際するのがふさわしい」と罵って。


あー……いやだな。ヘレナは悪い子じゃないし。イルトヴェガーナに嫌われたくない。

ゲームの強制力がないことを祈ろう。

いやそもそも恋愛は本人の自由だ。イルトヴェガーナを選ぶとは限らない。

どうだろう。誰を選ぶかな?もう気になってる相手居たりして。

まだ2日目だし分からないか。


部屋を出て朝食をとろうと大食堂に向かう。


使用人は起きてきていないが、食事は3食部屋に運ばれるらしい。


大食堂に入るとちらほら生徒がいる。先生はまだいないのかとっくのとうに食事を終えたのか。

いや向こう側にジュノー先生いるな。

背筋が伸びていて姿勢も朝から美しい。今日はネイビーの三つ揃えスーツだ。

カウンターに向かっていき食事を注文。

食事の乗った盆をもって席に着き、食事をとり、カバンをもって、盆を下げる。


「ごちそうさまでした」


そう言って去ると図書館へと足を向ける。

今はまだ7時。6時30分には使用人が起き出すところだ。

図書館に着き、扉に手をかけると背後から声をかけられた。


「ああ、昨日の新入生さん」

「これは、司書様」

「様だなんて。しがない司書ですから気軽にイルトと呼んでください」

「イルト司書」

「鍵を開けますね」


うわーーーーー!

イルト呼びだああ。

いいの!?いいの!?


扉から離れ感極まって手を組み潤んだ瞳でイルトヴェガーナを見上げる。

美しい。こんな間近で見られるなんて。嬉しすぎる。

鍵を開けられた図書館に入り、お辞儀をする。


「ありがとうございます」

「いえいえ、皆さんの勉学のためですから」


愛想笑いと分かる温度の無い笑みに熱を上げてメロメロになりながら図書館の中の適当な椅子に座る。

宿題は昨晩ある程度終わらせたがどうにも要領を得ない。

図書館ならイルトヴェガーナという心のオアシスもいるし、わからないところは調べればいい。

教科書をひっくり返して分かった気になるのは危険だ。

付随した情報も仕入れておかなければ後々厄介なことになる。


懐中時計を目の前に置き、黙々と宿題をしていてふと時計を見ると時間が差し迫っていることに気付く。

9時には始業だからもう行かなくては。

慌てて筆記用具を回収し、ノートをしまう。

なるたけ音を立てずに席を立ち、カバンをもってイルトヴェガーナの元に行く。

結局朝は生徒も先生も誰も来なかったな。


「朝早くに失礼しました」

「いつでもいらしてください」

「ありがとうございます」


お辞儀をして図書館を去り速足で廊下を進む。


いつでも来ていいって!うふふ!


社交辞令だとしてもうれしい。100%社交辞令なのはわかっているのだが。嬉しいものは嬉しいのだ。


イルトヴェガーナが図書館で司書をしているのは単純に警備面での問題だ。

魔物が跋扈するこの世界で目の届かない場所があってはまずい。

そのため若くして少将にまで上り詰めた実力者が配置された。

特に今年から3年間はルロヴェネーゼとヘレナがいる。万が一があってはまずいのだ。


そんなことより髪の毛一本貰えないかな。

お守りにするから。


そんな気持ち悪いことを考えながら速足で教室に向かった。



授業の合間に隣のヘレナに話しかけられる。


「朝はご朝食をとられなかったんですか?」

「いえ、早くにとりました」

「まあ、そうだったんですね」


ヘレナはなぜか私に友好的だ。

アドバイスをしたのが良かったのか?だがあのアドバイスは根本解決するものじゃない。

そんなに頭のいい解決策でもなかったしな。

領地を潤すのに一番いいのは税収を上げることだ。

だが、そのためには人口がいる。図書館で調べてみたがオーリック男爵領は土地は広いが南の海岸線沿い。人が住める環境は少ない。

その上、貿易をしようにも通る商隊も数えられる程度。唸るほど、“詰み”が近い。


漁港のほかに貿易港があればいいがその財源がないという。うーん。


明後日の方向に考えを巡らせ始めた私にヘレナは気まずそうに話しかけてきた。


「どうかなさいました?」

「あ、いえ、すみません」

「何かお悩み事ですか?」

「……オーリック男爵領を富ませたいのですが、よい方法が思いつかなくて」


ヘレナは驚いて、目を見開いた。


「まあ、そんな。恐れ多い」

「いえいえ。そんな大したことができないのが歯がゆいのですが、人口を増やす手立てがあればいいのですが」


それを聞いてヘレナは少し昏い顔をする。


「人口が増えても、食料の供給が追い付いていない状態でして」

「え?でも漁が……」

「魚ばかり食べると栄養失調になりかねませんから」

「確かに」


ああ、そうか。そうだった。自分が恵まれているからと言って他者もそうだとは限らない。

なんてことだ馬鹿すぎる。根本的に施策を見直さなくては。


「あのレリンサ様が教えてくださった大麦とトマトの栽培の提案は通りましたよ!」

「よかったです」


父と相談してオーリック男爵領に小麦か何か貿易できないだろうか。

小麦よりジャガイモがいいかな?

兎に角野菜だ。野菜を貿易しなくては。慢性的なビタミン不足になりかねない。


「キャベツは?」

「はい?」

「春キャベツが余っているんです。うちのアルジェリー侯爵領ではキャベツが今余っています」

「え、はあ」

「貿易しましょう!魚と交換です!」

「ほ、干した魚でもいいですか?」

「もちろんです!そうと決まれば父に連絡します!」


意気揚々と手紙をしたため、それを持って教室を飛び出し玄関まで行くと玄関横に備え付けられた梟たちから一羽拝借する。

脚に手紙を括り付け、ひとこと「アルジェリー侯爵邸へ」というと梟は私の指を甘噛みしてそれから飛んでいった。

そうして慌てて教室に戻る。


細かいことは手紙のやり取りですり合わせよう。


教室に戻ると丁度先生が来たところで慌てて席に座る。

隣ではヘレナがこちらを見て、頭を下げていた。


「ありがとうございます」

「いえ!これも貴族の務めです。困っている人がいるのなら手を差し伸べないと!」

「お優しいんですね」

「当たり前のことをしているだけです」

「本当にありがとうございます」


深々と頭を下げるヘレナを制す。


「大丈夫ですから」

「こんなに良くしていただけるなんて」


感動しているようだがもちろん打算の上だ。

ヘレナに優しくしておけば断罪死刑が遠のくだろうと考えた。ヘレナを避けるよりも有益だ。

お互いに利益を出す関係になればおいそれと切ることもできなくなるだろう。


そのうちに空間魔法に収納した品物を貿易できるようになればいい。今はその前段階。


空間魔法使いを確保しないとな。一応空間魔法で拡張したポーチなどは屋敷にあるし、一部の裕福な冒険者や大商会は運用している。

空間魔法で拡張された収納ではものが劣化しない。魔法だ!

そのため空間魔法使いは重用され、空間魔法のついた収納は高値で取引される。

アルジェリー家でも購入して、適切な商会に渡して貿易をしてもらおう。


よしよし。いい作戦じゃないか?ヘレナに恩を売っておけば断罪死刑は避けられるかも!

リシュリュー公爵家ができない細かい調整や表立った支援を出来るのは強みだ。


ふっふっふ強かに生きよう。


ひとり教科書の裏で笑う私を見てヘレナは微妙な顔をした。




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