45:【side:グルヴェネーノ】
ぼんやりと窓の外を見る。
温かい日差しの中を歩く11歳の弟。
望まれた子供。
その一方で私と言えば、望まれなかった忌み子。
そのくせ魔力だけは人一倍……何十倍もあるのだから、始末に負えない。
そんな溢れる魔力を生かして軍に行きたいが、王家は軍派閥とは仲が悪い。近衛以外は王宮にはいないほどだった。
「殿下」
名前も呼ばれない日常の中、ただ鬱屈として下を向いて生きていた。
◆
ある日、父が母を訪ねて来た。
母は側妃。順番は逆だったが、兎に角、今はそうなった。
そんないろいろあった側妃の元に父が来たのは私についてだった。
「この子はきっと大成する」
何を言っているのだろうとぼんやりとソファから父王を眺めていた。
「そうでしょうか?ばんやりしていて、何を考えているか分からず、気持ちが悪い子です」
母の評価はこう。誰にも愛されない子供は、死ぬしかない。それを知っていた。
下を向いて床の絨毯を眺める。
誰かに愛されたくて惨めだった。
「アルジェリー侯爵家の娘がとても賢い子で、ぜひとも近づきたい。だから、この子を行かせよう」
「……過分ではありませんか」
この言葉の真意は、不愛想な私が行ってアルジェリー家と敵対するのを恐れているのだ。
「そんな事はない。彼女は聡明だ。きっとこの子の能力を見出すだろう」
「そうですか?陛下が仰るなら、行かせましょう」
そうして自分の意思など関係なく、アルジェリー家への出向が決まった。
アルジェリー家の娘はとても聡明で法の整備から資産運用を行い、治療院で働いている、素晴らしい人物だというのが王家の見解だ。
ただその一方で、まるで先読みしているかのような行動で不正に商売をしているなど悪名も響く。
寝室に追いやられ毛布にくるまる。
どんな人だろう。怖い人じゃなきゃいいけど。
そんな事を思いながら眠りについた。
◆
浅い眠りから覚めて疲れの取れない貧弱な体に鞭打って着替えをすませると、とぼとぼと王宮の出入り口に向かう。
西の塔から王宮の唯一の出入り口まで歩くのはかなり体力を使う。
だがそれも仕方ないことだ。
正妃、まあ、王妃である彼女が我々を良く思っていないそう、だから。そう、と言うのは彼女に会ったことがないからだ。
さして興味もないが。
燕尾服に身を包んだ近衛に連れられ馬車に乗る。
16歳とは思えない虚弱な体。健康な弟と見比べると11歳とさして変わらない。
ガタガタと揺られて外から扉が叩かれると目の前に座っていた燕尾服の男が扉を開ける。
「殿下。到着いたしました」
「はい」
憂鬱な気持ちで外に出ると整えられた庭園と豪奢な屋敷だった。
執事がこちらに向かって微笑み、お辞儀をした。
「ようこそおいでくださりました。当屋敷の主も喜んでおられます」
「そうですか」
関心がなかった。だって、私には関係ないから。
「さ、お嬢様はこちらです」
「え?」
「はい?」
「侯爵には会わなくていいんですか」
「殿下は他人があまりお好きではないと聞きました。必要ならすぐにセッティングいたしますが」
どうすると問われ、首を横に振った。
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます」
執事は一歩下がり、お辞儀をした。それを見て、頷く。
一拍置いてから執事は頭を上げて、案内を始めた。
ゆっくりと庭の花の説明をされつつ中庭に案内される。
「あちらに居られるのが、お嬢様です」
「レリンサ・アルジェリー、さんですか」
「はい」
どんよりとした気分で後をついていき、ひとりの少女が木陰で読書をしているのを眺める。
「あちらに居られるのがお嬢様です」
「いってもいいんですか」
「はい。お話しております」
「そうですか」
近づくと彼女は微笑んでこちらを見上げた。ちょっと眩しそうに目を細めて、それから本を閉じる。
彼女はすっと立ち上がりカーテシーをする。
「レリンサ・アルジェリーと申します。貴方は?」
この問いは、“グルヴェネーノ”と言う人物を試しているのだろうか。
例えば王家の幅を聞かせたい人物だと思われているのだろうか。
逡巡した後にお辞儀をして小さく声を発する。
「グルーヴェと申します、お嬢様」
「グルーヴェ、君?」
「どちらでも」
どうでもいい。なにもかもどうでもいい。
だから投げやりに答えると彼女はにっこり笑って私の手を掴んだ。
「グルーヴェちゃん!私友達がいないの!だから仲良くしてね!!」
きょとんと、した。だってそんな無邪気に言われるとは思わなかったから。だって、聞いてたんじゃないのか。私が来るって。
「グルーヴェちゃんは何して遊びたい?私、お父様からお屋敷の中なら何してもいいって言われているの!だからね、ピクニックとか~お人形遊びとか~いろいろできるの!」
きゃっきゃっと喜ぶ姿が眩しくて目を細めてしまう。
「グルーヴェちゃんは?何して遊ぶ?」
「私は、そのなんでもいいかな」
「じゃあ、あっちのブランコで遊ぼう!」
嬉しそうに手を引かれ、木に吊るされたロープと木の板のブランコは素材だけ見れば素朴なものだったが、安心感のある造りで、彼女も乗ったことがあるのかいそいそとブランコに乗る。
「こうやって漕ぐの」
ぎしぎしと音を立ててブランコが漕がれる。
彼女は楽しそうにしながらも、こちらを見てぴょんと飛び降りてこちらに近寄る。
「どう?遊べそう?」
きらきらした濃い青い瞳が綺麗で、日の光を反射する赤い髪が神秘的だった。
心を、奪われた。
小さな体で、一生懸命に生きる彼女が好きだ。
庭を走り回ったり、お人形遊びをしたり。
楽しい毎日だった。
「もう大丈夫か」
父王の言葉に、私は俯くことしかできなかった。
「お前にはお前のやるべきことがある。あの子に会って、それが見えたか」
問われ、頷く。
より良い国のためには私は必要ないと思っていた。だから、学園に通っていても殆ど出席していなかった。
違う。
それは自己犠牲に見せかけた自己欺瞞だ。
それを理解した。彼女と出会って、無邪気に遊んで……。私は目が覚めた。
私はひとりの男だ。なら立派に立って見せるべきだ。そう、彼女の隣に相応しいように。
彼女は私を色眼鏡で見なかったし、深く何かを聞くこともしなかった。
「私は軍人になりたいです」
「それは、今は難しいことは分かるか?」
「タイミング的にも最悪なのは理解しています」
「そうか。10年待てるか」
「はい、陛下」
「良い目だ。決意があるな」
目をのぞき込まれ私は薄く微笑んだ。
「ありがとうございます、陛下」
「熱意、恋慕。いい塩梅だ」
「……」
そこまで見抜かれるとは思わなかった。
ちょっと父王を甘く見ていた。
「アルジェリー家に婚姻を申し込めれば利益になる」
「はっ」
「それに見合う男になれるかは、お前次第だ」
「お任せください」
父王は朗らかに嫌味なく笑う。
「なに、気負うな。お前は、ただ少し自己表現が苦手なだけなんだ。お前ならできる。そのための前段階の準備運動だとでも思って、学園に行きなさい」
「はい」
そうか。準備運動だと思えばいいのか。自分は必要のない子供だ。しかし、彼女に見合う男になりたい。これは、この気持ちは自分の物だ。
きっと、彼女に見合う男になろう。




