44:大都市ハルン
※皆様お元気ですか。私はめんがへらってます☆
扉が開けられ軍人が中に入ってくる。
彼は敬礼をし、元帥に声をかけられると体勢を軽く崩して、微笑んだ。
「閣下、殿下、聖女様方。ビスマルク領内、ハルンの都市です。どうぞ、慰安をお願いします」
「分かった。直ぐに行く」
ここには前線基地から運ばれてきた1000名超の軍人が療養している。
中には動けないものもおり、ここは私の出番だと張り切った。
「任せてください!心の傷は癒せませんが、体の傷は完璧に癒して見せます」
「これは頼もしい。赤の聖女殿、よろしく頼んだ」
「はい!」
「桃の聖女殿も、どうぞ気楽に」
「は、はい」
馬車から降りると真っ直ぐに次の馬車に乗せられるかと思ったが、軍の施設は城壁側にあるらしく、顔を見せるだけだと言われた。
でも!傷は癒しますよ!これも善行!!
馬車から案内されて軍の施設に行くとそこには巨大な建物があった。
「うわっすご……」
「ハルンは二重城壁に囲まれた都市で、歴史も古い」
ルロヴェネーゼがそう言いながら、軍人の敬礼を前に軽く手を振っていた。
元帥はちゃきちゃきと歩いていき、私とヘレナはゆったりとついていく。
「閣下、お耳に入れたいことが」
「聞かれても構わんか」
「……どちらとも」
「じゃあいえ」
「グルヴェネーノ殿下がこちらに」
お?第一王子じゃないか。妾腹の子だが、一応王位継承権がある人物だ。流石に今は、もうルロヴェネーゼが王太子に立太子したため、何かを言われることはなくなったが。
「その、あの……赤の聖女様にお会いしたいと」
水を向けられ私は困ってしまう。
「さきに兵士の皆様を癒してからではだめですか?」
「王家よりも軍派閥を優先したととらえられかねません」
「う……」
軍人の言葉に詰まり逡巡するが、健康な男性には黙っていてもらおう。
「それでも構いません。私は傷ついた人を救いたい」
「赤の聖女殿がそれでいいとおっしゃるなら、先に治療を優先させよう」
元帥の鶴の一声に軍人も敬礼する。
思わずお辞儀をしてしまう。
「よろしくお願いします」
「ははは。よろしく頼むのはこちらだ」
そういいつつ、軍の施設に入り療養室に入ると清潔な匂いと血の匂い。
医療班がこちらに気付いて、やって来ると敬礼した。
「気楽に」
「はっ!」
班長らしき人物がそう言って緊張をほぐすように後ろについている班員たちを見つめた後、こちらを見た。
「そちらが、赤の聖女様と桃の聖女様ですか」
「ああ、ここの治療に来た」
「お任せください」
すっと部屋の中央に立ち、静かに魔法を唱える。
「〈光天陣〉」
ばっと部屋全体が光り輝き痛みに呻く声が無くなる。
ドヤァ。修練したんですよ!断罪死刑は嫌だからね!
「出来ました!もうここは大丈夫かと」
「う、嘘だ!赤の聖女は不正だと!!」
医療班員の一人がそう叫ぶが班長に鳩尾を殴られ倒れ伏す。
ひえ。
「誰がそんなことを言ったのかな」
温度の無い声。
闖入者を見て私は驚いた。
「グルーヴェちゃん!体育祭以来ね!!」
思わず駆け寄り、その手を取る。
男らしい骨ばった手。私は本当に貧弱だ。
「君が来ていると聞いて、いてもたってもいられなくなったんだよ」
「うふふ!前みたいに遊びたいわ!学校は何処に行っているの?」
「私は卒業したんだ。シナノ学園をね」
「あら?同い年じゃなかったの?」
てっきり同い年かと思っていた。今はこんなに立派になっているしそりゃそうか。年上か。
「私は20歳になる。恋人もいない」
「あらあら。グルーヴェちゃんくらい優しい人ならすぐにお相手が見つかるわ」
「兄上!いたずらもほどほどに!!」
青い顔をしたルロヴェネーゼが叫ぶ。
その叫び声に私はきょとんとしてグルーヴェちゃんを見上げた。
そこではっきりと目が合う。切れ長の目から零れる黒曜石の瞳に浮かぶ魔力を大量に持つ者の証である紫のアースカラー。
これまで私はグルーヴェちゃんをよく見ていなかった。否、仔細に見ていなかったのだ。
「ぐ、グルヴェネーノ殿下、ですか?」
恐る恐る聞くと彼は優しく微笑んだ。
「如何にも」
「こ、これは失礼をいたしました!!」
手をぱっと離して一歩下がり、カーテシーをした。近くではヘレナも驚いた顔でカーテシーをしていた。
そんな私を寂しそうに見つつも私の細い手を取ったグルーヴェ、否、グルヴェネーノ殿下はそのまま手の甲にキスを落とす。
「君に忠誠を。跪いて、靴にキスしたほうがいいかな」
「なん!?なんで!!なんでですか!?忠誠なんていりません!!グルーヴェちゃんがいいです!!」
顔を真っ赤にしてぷんすこと怒ると眉を下げたグルヴェネーノと目が合う。
「君と、一生を添い遂げたい」
「え!!!!!!!???????」
素っ頓狂な声を出したのは私ではなくルロヴェネーゼとヘレナだった。
私は突然の告白に声も出なかった。
「嫌です」
ヘレナが断固とした声で言い張り、続けてルロヴェネーゼが声を上げる。
「兄上にはもっと地位の高いものがふさわしいかと」
「そう言って無難な令嬢を差し出すつもりかい」
「……とにかく、レリンサは駄目です。いけません。折衝もございます」
そこまで駄目か。まあ、相手は妾腹とはいえ王家。下る家は選ばねばならない。
でも、と見上げる。
ぼっと顔が熱くなり赤くなってしまう。
そう言う目で見るとイケメンだし、優しくて、思慮深い。
好きと言う気持ちがないと言えば嘘になる。
でも、でも。私は断罪死刑を待つ身。安易な言葉は吐けない。
だからお辞儀をしてグルヴェネーノから顔をそらす。
「私では分不相応でございます」
「そんなことはない。君は素晴らしい女性だ。私は……ずっと……」
グルヴェネーノの苦しそうな声に顔を上げると悲しそうな顔とかちあう。
う……。
罪悪感が湧くなあ。
「グルヴェネーノ殿下。いいじゃありませんか、凡百の貴族程度でございます」
すんと鼻を啜る音が響いた。
グルヴェネーノの目が潤み、ハンカチを取り出す。
「君がいい。私が守る。派閥からも何もかもから」
まあ、本当に優しい。小さい頃にちょっと遊んだだけなのに。
「殿下。いいんです。自分の身は自分で守ります」
「学園ですら襲われたのに」
「う……」
そこ突かれると苦しいなあ。
苦笑して、顔を上げる。
「殿下……」
「グルーヴェでいい」
「……グルーヴェさん。私、平気です。持てる者の義務を務めているだけです。だから、なにがあろうと、強く生きていけます」
「レリンサ」
ばっと抱きしめられヘレナが悲鳴を上げルロヴェネーゼが引きはがそうと必死になっているとぱっと離された。
「君に相応しい男になるにはどうしたらいい」
「……来年の2月まで待ってください」
「2月?1000年祭があるね。どうかしたの?」
「私はその……」
なんと言ったらいいか。
断罪死刑を待つ身ですとは言えない。
「殿下のことが嫌いなわけではないんです。私が望めば、私の父も殿下を迎え入れることを良しとするでしょう。ですが私には分不相応だと分かっています。殿下はとても高貴なお方。貴い身分の方。私がその重責に耐えられません」
「そ、そうか。それなら、2月まで待とう」
「はい、よろしくお願いいたします」
一歩下がって片膝をつき、胸に手を当て深く頭を下げた。これは忠誠を示す行動だ。下手したらパンツ見えるけどね。
「アルジェリー家の忠誠に感謝する」
意図に気付いたグルヴェネーノは微笑んで頭を軽く下げ、その後で私の手を取る。手を取られるままに立ち上がる。
「……君を射止めることが出来るだろうか」
「私、グルーヴェさんが好きですよ」
「え!!!!!!!???????」
素っ頓狂な声をルロヴェネーゼとヘレナが同時に出す。
それを眺めながら、首をかしげる。仲いいなこの二人。
「何か驚くことが?」
きょとんとして聞くと顔を真っ赤にしたルロヴェネーゼが叫ぶ。
「わ!!!私の方が君の事を知っているし!!!」
「は、はあ。そうですか?」
「私も!!!私も!!!君が好きだ!!!」
そうか。好きなのか。
うふふ!断罪死刑を免れたら仲良くできるかな!
「ありがとうございます!私も好きですよ!ルロヴェネーゼ殿下」
「は?」
低いトーンの声がグルヴェネーノの方から聞こえる。
「え?」
「え?」
え?なにこの空気。元帥と医療班の班長、グルヴェネーノの護衛の全員が額に手を当てている。あちゃーといった具合に。
なにがあちゃーなの?
「私も好きです!レリンサ様!」
「うふふ!私も好きですよ!ヘレナ様!!」
二人で抱きしめあっていると治癒が終わった軍人達がこちらを見つめている。
おっと、はしたないか。
「では、皆で兵士の皆様を助けましょう!」
私のその一声で表情の死んだルロヴェネーゼとグルヴェネーノはそれぞれ軍人達に声をかけ始め、ヘレナも元帥と私と一緒に声をかけて行く。
「悪い女だ」
呆れたような元帥の一言に軍人達が頷き私は何のことか分からず、首を傾げた。