42:戦場へ 2
5日間の旅程は順調そのものだった。
だって、軍の馬車だし野盗は襲わないし、魔物討伐に止まっても分からないし。
3人揃って共用スペースで宿題をしていると元帥は私の苦手な歴史について詳しく、いろいろ教えてくれた。
ちょっと歴史に詳しくなったのでドヤ顔をできる。
そんな風に4人で勉強していると不意に立っていた軍人が元帥に耳打ちする。
「着いたそうだ」
「え、あ、はい」
「10時か。まあ、いい時間だろう。最初は前線の責任者のチャンチュン大将に会ってもらう」
「はい」
「分かりました」
「了解した」
扉を開けられ王太子であるルロヴェネーゼから出る。その後に元帥、その後に続いて私とヘレナ。
壮観だった。敬礼をした赤い軍服の軍人が整然と並びその先で最敬礼をしている式典服の女性が立っていた。
うわあ、この中歩くの緊張するなあ。
微動だにしない軍人達の中歩き、式典服の軍人の目の前に立って唖然とした。
恐ろしいまでの美貌に長身。長くとがった耳。彼女は若々しい外見とは裏腹に涼しい顔で最敬礼をしている。
「楽にしていい」
「はっ!」
後ろからもざっと音がして敬礼が解かれた音と神経質なまでに整った足音が聞こえた。
「元帥閣下におかれましては……」
「ああ、いい。なにいつも通り楽にしてくれ。こんなところで堅苦しいのも、辛いだろう」
にやりといたずらっ子のように女性は笑った。
「ああ、ああ。そうだとも、君は見透かしていたか。ここは胃が痛くてかなわんよ」
「はは、すまないな。君くらいだよ。こんな凄惨な前線を維持できるのは」
「そう言ってもらえるとありがたいね。さて客人に紹介を頼めるかな」
「ああ、さて3人、彼女はモニカ・チャンチュン。大将だ」
薄々感づいていたがそうだよな。
慌ててカーテシーをして敬意を示す。ヘレナも隣でカーテシーをした。
「お嬢様だなあ。どうぞ、楽にしてくれ」
皮肉っぽいというより微笑ましいものを見る目だった。
言われるがままカーテシーを解き、背筋を伸ばす。
「王太子殿下。お久しぶりです」
「ああ、チャンチュン大将もお元気そうで何より」
「ははは、胃以外は無事ですよ。本当は前線を見てほしいんですが如何せん危ない。前線ですからね」
「?ここは前線なんじゃ?」
ヘレナの言葉に思わず手が動きそうだった。口を塞ごうとしたが周囲の軍人も目の前の大将も気を害した様子はない。
あまりにもあまりな発言に冷汗が止まらない。
「ここは前線基地。司令塔にして最終防衛ラインだよ」
「っ!これは申し訳ございません!」
頭を下げたヘレナに大将は穏やかに話しかける。
「いいんだ。分からない方がいいということもある」
「誠に、申し訳ございません!」
「ははは、桃の聖女様は真面目だな」
ぽんぽんと肩を叩かれ、泣きそうな顔をしたヘレナは何とか笑みを作る。
「平和が一番。軍などない方がいいに決まっている」
「ですが、諸国との折衝もございます。軍事力は抑止力でございましょう」
「ほう、赤の聖女様は客観的だな」
「疎ましいでしょうか」
「なに、必要だと言われるのはありがたい。軍外ではただの田舎者だからな」
「チャンチュン大将閣下はもしかして……ハイエルフ、でしょうか?」
「……おや?なぜわかるんだ?そこまで知見が広いのか」
目を見開くが、ハイエルフとエルフには確たる差がある。
それは魔力。
「魔力がかなりおありですね」
「だがこれくらいは……」
「私が感知できるほどですから、普段は相当絞っておいでなのでは?」
近寄ると鳥肌が立つほどの魔力。
威圧感かと思ったが違うこれは心地よいものだ。
「ふむ。まあ隠しているわけではないから、いいが、言いふらさでいてくれるとありがたいな」
「勿論です、閣下」
「さて、病棟に行こうか。時間は有限だ」
「はい」
チャンチュン大将の後に付いて前線基地の中を歩く。
通されたのは数分歩いたところにあるテント。
「テントと病棟に怪我人があふれている。突き指程度なら治せるが、如何せん魔力は有限だし、治癒師は少なく、軍医はずっとかかりきり……薬も今回の運搬で何とかなるが、まあ、展望は低い」
私はうめき声をあげる怪我人を見渡し両手を広げて魔法を唱える。
「〈光天陣〉」
ぱっと光るとテント内の軍人の目が入口に立っているこちらに向けられる。
「テント内の人は治せました。病棟まで案内お願いできますか?」
「……は、は?」
「?どうされました?」
「今、今治したのか?ここにいる全員?220人いるんだぞ?中には足や腕を失ったものもいるのに?」
「はあ、これが仕事ですから」
チャンチュン大将は瞠目しフォーミダブル元帥は額に手を当てていた。
「嘘だろう?」
「え?」
「ハイエルフ以上の魔力?そんなことあり得るのか?」
「治癒師ですので……」
ハイエルフ以上は言い過ぎだろう。ヘレナだってこれくらいは簡単に出来る。
そう思ってヘレナの方を見るときらきらとした目でこちらを見ている。
「赤の聖女様!」
「ん?ヘレナ様?貴女もできるのでは?」
「できませんよ!〈光天陣〉は選ばれたものしか発動できない最上級魔法。私では欠片も発動できません!」
え、やば。やばい。聖女と呼ばれるのが嫌だって言ってんのにこんな真似したら、まずい!
でもだって、痛がって呻いている人がいたら治したいでしょ!?
「お、おほほほほ。今日は調子がよくって!」
胡乱げな目を向けられたがすっと目をそらす。
ルロヴェネーゼは感心しきりでうんうんと頷いている。
怪我が治った軍人たちは涙ぐみながら敬礼をする。
「赤の聖女様!ありがとうございます!」
「いえ、あの……当然のことですから!」
前線で苦しみながら戦っている軍人達を癒すのは当然の事!
精神面では支えられないのだからせめて肉体を治したい。
「次!次行きましょう!」
「桃の聖女とルロヴェネーゼ殿下はこちらで慰問を」
「はい」
「分かった」
「あ、慰問します」
「そうか」
それから30分ほどだが軍人達と会話する。
私にはお礼だけ言う者もいれば、崇拝の目線を向ける者もいる。
ルロヴェネーゼはいかに彼らが勇敢かと言う話をし、ヘレナは彼らから辛い話を聞いてできうる限りの同情をする。
「そろそろ」
軍人達の表情は幾分かよくなり、私たちを見送った。
病棟にはさらに重傷者が運ばれている。
止血して直ぐ街に帰せればいいが、そうもいかない。
もう、最寄りの街も負傷者でいっぱいだった。そこは帰りに治療する予定だ。
病棟に着くとそこは床にも手足を失った軍人が痛みに呻きながら寝転がっていた。
「感染症もあってな。本当に薬が足りないんだ」
「あの、アルジェリー家からも薬を出します。どの薬が必要か、リストをくれますか?」
「いいのか?」
「はい。持てる者の義務です。何より、守ってもらっているもののせめてもの償いです」
チャンチュン大将は目を閉じて、ついてきていた副官に二言三言言いつけると副官は敬礼をして階段を降りて行った。
「遠慮は良そう。国庫も戦争ばかりに回せない。貴族からの支援があれば助かる」
「そうですか」
良かった出来る事がある。
「〈光天陣〉」
両手を広げて魔法を唱えるとぱっと光り、痛みに呻いていた軍人達が、ぎょっとした目でこちらを見る。
近くにいた軍人が立ち上がり、涙を流すと敬礼した。
「足があるっ!ありがとうございます!!」
近寄って手を握る。
「いつも、ありがとうございます。皆様のおかげでこの国は保ってられるんです」
ぼろぼろと軍人は泣き始め、嗚咽を零す。
ハンカチで背の高い軍人の涙を拭こうとしたがぴょんぴょんと飛ぶだけになり、軍人は苦笑した。
「弟が、王都でシナノ学園に通っているんです。これからも守っていこうと思います」
「お名前を伺っても?」
「ロベルト・アンシャンです。階級は大尉でございます」
「まあ!3年生のトイランタ・アンシャン先輩のお兄様ですか?」
驚いた!前線勤務だったのか!
「はい。ご存じでしたか」
「あの、絵が大変お上手で、絵を一幅頂きました。今、額を特注しているところで」
「そ、それは恐縮です!」
「素敵な絵なんですよ。お優しい性格が出ているのでしょうね」
ロベルトは微妙な顔をした。
「我が家は軍人の家系で、その、トイランタは体が弱く本を読んだり絵を描いたり……羨ましかった」
「羨ましい?」
「……お恥ずかしい話、芸術というものは本人の資質です。それが出来る弟が羨ましくて、嫉妬していました。いつも褒められるのは弟ばかりと……私は前線で精神をすり減らしているのに、後方で安全な王都で絵を描いているのかと思うと、憎くなってしまって」
膝をついたロベルトは何度も目を擦る。
そして、涙声で言う。
「私は、誇るべきだったんですね。国を守れていることを、弟を家族を守れていることを、どうして、初歩的な事を忘れていたんでしょうか」
そっと肩に手を置く。
傷ついた心を癒すことは時間が一番有効だ。
「辛いなら一旦王都に戻っては?」
ロベルトは私を見上げて涙を零しながら微笑む。
「五体満足になって、泥濘でおぼれていた私を救ってくださった方のために、私は戦います」
「私は休息が悪いことだとは思いません」
涙をハンカチで拭ってそう言うが、ロベルトは首を振る。
「初心を思い出したんです。大丈夫です。私は国を守っているんです」
「辛くなったら、帰ってきてください」
「はい、聖女様」
元帥がロベルトの肩を叩き、微笑む。
「誇りを持てたな」
「はい、閣下」
お互い微笑みあい私も離れた。
それから30分程度慰問を行い、感謝され、ルロヴェネーゼとヘレナは軍人達を鼓舞した。
階段を降りながら次の予定を聞かされる。
「食事を配ってほしい」
「はい」
「分かった」
「分かりました」
「今は1万人ほどしかいない。昼食をとるのは半分の5千人ほど。全員に声をかけてくれ」
「はい。お任せください」
「配って話せばいいんだな」
「話すというほどではありませんが、頑張れ程度の言葉は欲しいですね」
「分かりました」
ルロヴェネーゼと元帥の話を聞きつつどんな言葉をかけようかと考えた。
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