38:危機管理能力 2
どうする!?どうする!?
鈍い頭で必死に考える。
「ごほっどう、して」
「ヘレナの話を知っているものは葬らなくては」
思いつめていたのか。やばっ!
公爵がナイフを取り出す。
魔法じゃないんだ。まあ、魔法って向き不向きあるもんな。
「ごほっご、あ、あれ、あれっくすっあれっくっごぼ」
「それでは、さようなら」
首にナイフを当てられるそれと同時に公爵が後ろに吹っ飛んだ。
必死にせき込み、どうにか毒を吐き出そうとするが上手くいかない。
「〈こう、こ、〉ごほっ」
喉が灼けるように痛い。魔法を唱えようとして失敗していると後ろから何かを蹴る音と悲鳴が聞こえる。
そして、ぼきっという音がし、絶叫が響く。
「ぎゃあああ!!」
「汚らわしいっ!!黙れ!」
もう一度肉を蹴る音が響き、それから慌てた様子でイルトヴェガーナが目の前に現れ、瓶を取り出す。
「飲めるか」
ごほっと血と共にせき込み軍服を縋るように弱弱しくにぎるとイルトヴェガーナは一瞬躊躇した後で瓶を開けて中身を自身の口に含み、私の口に唇を重ねた。
喉に薬が流し込まれ、喉も胃も熱さが引く。
恐怖で震える体をイルトヴェガーナが強く抱きしめた。いい匂いする!甘い柑橘系。香水って感じじゃないな。
「ち、ちでよごれますよ」
「大丈夫。すまない。ああこんなことをしている場合じゃないな、魔法を、レリンサ」
「あ、はい」
イルトヴェガーナがすぐに体を離し促す。
促されるまま魔法を唱えた。
「〈光陣〉」
毒が完全に抜け、血も元に戻る。
震えも収まった。
ついでにふたりに洗浄魔法を唱えて綺麗にし、恐る恐る公爵の方を見る。
悶えている。あと、腕が変な方向に向いている。
「あれは気にするな」
イルトヴェガーナは痛みにもだえ苦しんでいる公爵をから目をそらし、扉の前から動かない執事を見た。
「家督は私が継ぐ。あれは地下牢にしまっておけ」
「は、旦那様」
執事は元公爵を連れて行く。
「誰にも言うな!私は悪くない!愛し合ってできた子なんだ!!私は彼女しか愛していない!」
「ちっ」
そう叫ぶ男を冷たく見て、それからイルトヴェガーナは跪いて私の髪をひと房とり、口づけを落とした。
「シマカゼ公爵家が赤の聖女派閥であることに変わりはない。両親は外国に送ってそこで暮らさせる。レリンサの邪魔はさせない」
「は、はあ。ありがとう、ございます?」
ありがとうございます、でいいの?ていうか……
ぼっと顔が熱くなる。
「ど、どうした、まだ毒が?」
「いえ、いえ、その、その、その」
口づけしちゃった。キスしちゃった。血と薬の味だったけども……推しと、わあわあわあ!!幸せ!うふ!
口に手を付けているとそれに気づいたイルトヴェガーナも顔を赤くする。
「そ、そのっ!すまない緊急事態でっ!」
「そんな!イルト司書は悪くないんです!」
「……」
びっくりしたような顔を向けられ、自分の失言に気付くのに遅れた。
あ、やばっ!
「お、おほほほほ」
ごまかす様に笑ったがイルトヴェガーナは柳眉を下げて諦めたような顔をした。
「やはり、知っていたのか。どこかで会ったのだろうか?」
「いえ、あの、軍の……」
どうしよう。なんといえばいい?ゲームで知って推し活してる限界オタクですとは言えない。グッズも大量に持っているぞ!だが、そんなことを言ってもいろんな意味でドン引きされるだけだ。
軍の、軍のなんだ?どうする?
「施設で会いました!!」
「……私は会った覚えはないのだが」
「……」
ぐっと押し黙る。
ですよねーーーーー!!入学するまで会ったことないもん!!
「じ、じつはシマカゼ公爵家に興味があって!」
「まあ、それはいい。私が軍人だと言いふらすのは君ならしないと分かっているが一応言っておく必要があるから言うが、言わないでくれるか?」
「勿論です、閣下」
頭を下げるとそれをとどめられる。
「危険な目に遭わせて申し訳ない。この家は安全だと思っていた。いや言い訳だな」
「閣下のせいではありません」
「イルトヴェガーナだ」
「はい?」
存じておりますが?
イルトヴェガーナは顔を耳まで赤くして再度いう。
何か怒っているんだろうか?やっぱ口づけは気持ち悪かったか?
「イルトヴェガーナ、と呼んで欲しい」
「イルトヴェガーナ閣下」
「呼び捨てでも……」
「それは流石に」
年上だし地位も上だし。推しだし。
「そうか、そうだよな。兎に角、今回の事は申し訳なかった。両親は外国行きだということだけは覚えておいて欲しい」
「はい。父と母に言ってもいいですか?」
「勿論だ。むしろお呼びして、私から伝えよう」
立ち上がろうとすると先にイルトヴェガーナが立ち上がり、私の手を取ってくれる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
にこっと笑うと髪を優しく梳かれる。
ソファに座らされメイドが新しい紅茶を持ってきた新しいカップに淹れてくれる。ちなみに元の紅茶セットは回収されている。
「……」
黙ってそれを見ていると温かい紅茶を一口、イルトヴェガーナが飲み、微笑んだ。
「ほら、大丈夫だ。毒は入っていない」
「あ、すみません」
疑っちゃった。そのままカップを受け取り、頬を染める。
推しが口付けたカップ受け取っちゃった!持って帰っていいかな!!
にやにやとカップを眺めているとイルトヴェガーナが訝しげな顔をしたが部屋の隅で立っていた執事にいろいろと話す。
「イルガネジェーシをこちらにいれてアルジェリー家の皆様をお連れしてくれ」
「はい」
執事が部屋を出て外で待っていたイルガネジェーシとアレックスが入ってくる。
元公爵が連れていかれたのを見ていた2人は怪訝な顔をしている。
「アルジェリー家の皆様が来てから話す」
「はい、兄上」
2人はよく似ていた。が、イルトヴェガーナの方が背が高い。
「何があったんだ?」
「いろいろと」
きらきらした目でカップを眺めているとアレックスにも訝しげな目を向けられる。
「どうぞ、座ってくれ」
「ありがとうございます、閣下」
アレックスは恐縮したようにお辞儀をしてソファに座る。
紅茶が淹れられ、アレックスは紅茶に口をつける。
「美味しいです」
「それは良かった」
すぐに両親と弟は連れてこられて、ソファに座る。紅茶がそれぞれに淹れられて穏やかなひと時が流れる。
それを確認してイルトヴェガーナが座り、その代わり、イルガネジェーシがソファから立ち、イルトヴェガーナの背後に立つ。
「父がご息女、レリンサ殿を毒を盛り傷つけました。誠に申し訳ございません」
深々と頭を下げるイルトヴェガーナを見て父は小さく溜息を吐き、こちらを見た。
「大丈夫かい?レリンサ」
「はい。イルトヴェガーナ閣下が助けてくださいました」
「シマカゼ家はやはり桃の聖女派閥だったか」
「え」
その疑いを持っているのは自分だけだと思っていた。まさか父がその疑いを持っているとは。一体どうやってその答えに行きついたんだろうか。
「くれぐれも内密にしてほしいのですが、桃の聖女ヘレナ・オーリックは父の娘です。私とイルガネジェーシの異母妹でございます」
「そうか、それが理由かね?」
「いえ、赤の聖女派閥についているのは母の助言のためでした」
「……ミネカゼ家か」
「はい。軍でも周囲を探ってみます」
「そのほうが、助かるね。ミネカゼ家をただ潰すだけでは禍根を残すから」
「はい、侯爵閣下」
「お父上は?」
「今は地下牢に。家督を無事譲ってもらい落ち着いたら母と一緒に外国へ行かせることにしました」
にこりと父は微笑んだ。何か腹黒い笑みだ。
「助かるね。いくらか資金を出そうか」
「いえ、それには及びません」
イルトヴェガーナを見た後、私を見た父は何か得心が言ったような顔を見せ、頷く。
「そうか、そうか。生真面目で硬い青年だと思っていたが、これなら公爵も問題なく継げるだろう」
「後ろ盾になっていただけますか」
「勿論。よろこんで」
すっと父が手を出す。その手を恐縮したようにイルトヴェガーナが握った。
◆
イルトヴェガーナが口をつけたカップはもらえなかった。くれるならお金払うのに。いや気持ち悪いか。冷静になろう。
冷静になると……きゃーーーキスしちゃった。キスしちゃった!!
枕をバンバン叩いていると冷淡なメイドがこちらを見下ろしている。
「元気ですね」
「そりゃね!」
「何かありました?」
「内緒」
言えないね!気持ち悪いもん!!
でも、不慮の事故とは言え……
ふにふにとぷるつやな唇を触っているとメイドが口を開く。
「キスなさった」
「!?」
びくっと肩を揺らしベッドの上からメイドを見上げる。
冷たい目とかち合う。
「どこの馬の骨ですか」
「言えません!」
「本当にキスなさったんですねっ!」
「ふ、不慮の事故で」
「晩餐会に出て不慮の事故?」
「うっ」
ずいっと顔を寄せられじっと顔を見られる。
「……好ましい方」
「え?」
「嫌いじゃない」
「え?え?」
「好意がある?ちょっと違うような。憧れ?」
次々言葉を投げられ戸惑う。
何々?何を探られているの?イルトヴェガーナがキスしたってばれないよね?
メイドは冷たい目のまま、私の額の髪を上げてちゅっと唇をつけた。
「消毒消毒」
「……なんで?」
「悪い虫が付いたらいやですからね」
「悪い虫?」
冷たい目のままメイドは冷淡に言う。
「別に家柄の低い、身分の低い人物でもいいんですよ」
「はあ」
「問題は、お嬢様の人の好さを利用しようとする輩です」
「うーん」
熱心だな。私は誰と恋するんだろう。どんな人かな?まあ、それもこれも断罪死刑を避けてからですけどね!
そんなことよりヘレナは誰と恋するんだろうか。
ルロヴェネーゼはちょっと脈ありそうだしティニアシアもいいんじゃないかな?ユリウスもいいんじゃないかな?かな?かな?
うーん。分からん。
「いいですか。悪い虫はつけないように」
「はーい」
悪い虫ねえ。社交的じゃないし、アルジェリー家を利用しようとする人は避けないとな。
ベッドに寝るように言われ、毛布をかぶり、寝転がる。
「消毒消毒」
ちゅっと唇に唇をつけられ、冷淡なメイドはいつも言うおやすみもなくさっと去っていった。
「え?」
閉じる扉を茫然と見て、思う。なにが起こった?
「う、上書きされた!」
くっ!なにが起こったんだ!推しの唇の感触があ!!
あのメイド何考えているか本当に分からん!
扉がそのあとですぐ叩かれ、慌ててベッドから出て扉を開く。
そこにはアレックスと冷淡なメイドが立っていた。
「その、すまない。こんな時間に非常識なのは承知の上なんだ、だけどその」
「なあに?」
優しくアレックスの手を握り部屋に招き入れる。
ソファに座らせて、自分も隣に座る。メイドは私の背後に立っている。
「その……」
「どうしたの?眠れない?」
トラウマがよみがえったのだろうか。そりゃ辛い。背中を優しく撫でさすり、震える体をなだめる。
緊張した様子のアレックスはこちらを見て、それから目をそらす。
辛そうだ。
「無理しないでいいのよ」
「いや、甘えていた。俺は、君を危険にさらしたんだ」
「え?」
きょとんとしてアレックスを見る。
彼は悔悟の念に堪えかねるように吐露する。
「言い訳だが、まさか、シマカゼ公爵が君をレリンサを傷つけるなんて思いもしなかった。だって、シマカゼ家は赤の聖女派閥だったから」
苦しそうな言葉を聞いてばっとアレックスを抱きしめた。
「アレックスは悪くない。私が悪いの」
「そんなわけない。俺のせいだ。俺が安易にシマカゼ家に連絡が取れると言ったから」
「アレックス」
体を離して手を柔らかく握る。
震えてはいるが温かい。緊張がほぐれている様だ。
金の目を見つめて優しく微笑む。
「貴方のおかげで手掛かりが得られたの!だから、貴方は悪くないどころか素晴らしいことをしたのよ」
「レリンサ」
恐る恐ると言った具合でアレックスは私を抱きしめ、力を込めた。
「君が、また辛い目に遭ったと聞いて、目の前が真っ白になった」
「私は大丈夫よ」
「君は強いな」
強いとはちょっと違うと思うがまあいいか。
体を離され、アレックスは穏やかに微笑む。
「君が、大丈夫ならそれを信じる」
「うん。信じて」
「ありがとう、レリンサ」
「こちらこそありがとう、アレックス」
アレックスはソファを立ち、扉をメイドが開ける。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
にこにこと笑っていると扉が閉められた。
アレックスが思いつめないと良いけど。
そんなことを思いながら、毛布とベッドの間に体を滑り込ませた。
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