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37:危機管理能力 1

「エイジャックスが退学になった。家の事情だそうだ」


朝、ホームルームでそうディラン先生に言われてクラス中がざわめいた後ちらちらとこちらを見た。

すっと目線をそらし、窓の外を見た。いい天気だなー。

私は、何もしてません。私は。


「憶測で話を広めたりすれば家にも問題が波及することを忘れないように」


釘を刺された生徒の数名が黙りこくり、俯く。


「じゃあ、魔法の授業だ。運動場に」


元気よく生徒が返事をし全員が席を立つ。

生徒は釘を刺されてもちらちらと私を見てくる。エイジャックス家が桃の聖女派閥なのは周知の事実だったから。


あれ?なんか忘れてるな?


歩きながら、深紅の髪を撫でられる。ひと房とられ、キスを落とされてそれに気づき、アレックスを見上げた。

アレックスは綺麗に微笑む。


「昨日はクルスクがいて良かったな」

「うん……」

「クルスク侯爵家は白の聖女派閥だから、安心できる」

「あ、そうか。派閥だ」

「うん?」


シマカゼ公爵家はゲームでは桃の聖女派閥だった。

何故、赤の聖女派閥になっている?

赤の聖女が邪魔なら、その派閥に所属する利益は少ない。


「逆か」

「ん?ん?」


アレックスが宥めるように髪を梳いてくれて目が覚めた心地だった。


唆すなら、別の派閥に所属する方がいい。


そうか、シマカゼ家は本当は桃の聖女派閥なんだ。

いや、確信はない。これは調べないと。慎重にしないと相手は公爵家。権力が違う。

もし本当は桃の聖女派閥なら、いったん赤の聖女派閥に所属し中身を漁って腐った部分を突き、中から破くつもりだろう。

だが、それだとリシュリュー公爵家の暴走が説明付かない。

業を煮やした?いや、シマカゼ公爵はそんな短慮ではない。ヘレナを遠くから愛していた。


「うーん」

「どうしたんだ?」


確信が欲しい。


「シマカゼ公爵閣下に会う方法か……」

「ああ、会いたいのか?」

「うん」


アレックスはポンと私の肩を叩く。


「シマカゼ公爵閣下は俺の名付け親だ」

「え?本当に?」

「ああ、本当だ。だから、連絡をとれる」

「え?え?いいの?」

「レリンサのためなら」


ばっとアレックスに抱き着きぎゅうぎゅうするとアレックスは手を彷徨わせ、ルロヴェネーゼとユリウスとティニアシアとヘレナが立ち止まったのが分かった。


「嬉しい!」

「ま、任せておけ。ただ、閣下はお忙しい方だから」

「うん。分かってる」


ぽんと背中を撫でられ、緩く肩を離される。


「ありがとう!」


手を握ってきらきらと見つめると顔を赤くしたアレックスははにかむ。


「大丈夫。任せてくれ」

「うん!」



寮でゆっくりと風呂に入り、上がった所で勉強を始める。

1時間くらいしたところで扉が叩かれ、使用人が入ってくる。


「お手紙です」

「あら、誰かしら」


ヴェスタル家かな。渡されたのは二通。

一通はヴェスタル家だった。封蝋を割り、中を確認し、手紙を書く。

書き終わってインクが乾いたのを確認してから封筒に入れて封蝋をする。


「こっちはヴェスタル家に」

「はい」

「こっちは、アレックスかな」


封のされていない手紙を見てそう考える。

中を開くとやはりアレックスだった。


「シマカゼ公爵閣下があってくださるそう。土曜日に晩餐会か」


ゆっくりと話をする雰囲気ではないが、まあ手掛かりは得られるだろう。


「どうしようかな。大丈夫かな」


上手く立ち回れるかな。

今更臆してどうする!頑張れ私!



土曜日を迎えて治療院で17時まで治療して、ライザにお別れを言って急いで馬車に乗りアレックスと目を見合わせる。


「忙しいな」

「まあ仕方ないわよ」


学園ではあれから襲われることはなかった。流石に家に波及することは安易に出来ないだろう。エイジャックスが短慮だっただけだ。

屋敷に着くと急いで着替えて、化粧をしエントランスまでドレスをたくし上げて駆ける。


「はしたないですよ」


冷淡なメイドにそう言われ、おほほほと笑っておく。

エントランスにはもうアレックスが待っていて、父も母もエルリシアも立っていた。


「あれ?」

「家族で来るようにって言われて」

「そっか」

「危ない真似はしないようにね。アレックスから離れないように」

「はいお父様」


まあ人が集まる晩餐会は危ないよな。でもついてきてくれるんだ。

うふっと笑うと父に頭を撫でられる。


「何を考えているのかな?」

「いろいろです」

「パパには相談できないことかな?」

「確信がないので」

「そうか」


一家で馬車に乗り、シマカゼ公爵家の屋敷に向かう。

豪奢な屋敷は夕闇の中でも美しくたたずむ。

招待状を父が取り出し、馬車から降り母をエスコートした。

私が降りるときはエルリシアがエスコートしてくれた。


「アルジェリー侯爵閣下」

「よろしく」

「はい。お楽しみください」


執事とそう会話をして屋敷に足を踏み入れる。

会場は煌びやかで色とりどりのドレスが行きかう。

き、気まずい。社交界はずっと避けてたからどうしたらいいのかわからない。


「挨拶をしてこようかな」

「あ、はい」


父と母についていき、軍服に身を包んだシマカゼ公爵の元まで行く。

彼は泰然と立っており穏やかに微笑みを浮かべ、次から次へとくる貴族の挨拶を受け入れている。

黒髪に白髪交じりのナイスミドル。赤い目がこちらを見る。


「公爵閣下。本日はお招きいただきありがとうございます」

「おお、アルジェリー侯爵」


彼は微笑みを浮かべて穏やかに声をかけてくる。

傍らには目深に軍帽を被った黒髪短髪の軍人が背筋を伸ばして立っている。

イルトヴェガーナいるんかい。

30cmくらい差があるから見上げてしまう。

ちらりとイルトヴェガーナはこちらをみて、興味なさそうに目線をそらす。


「来てくれてありがとう。そちらの愛らしい淑女は赤の聖女かね?」

「はい。赤の聖女の誉を頂いている、娘のレリンサでございます」


水を向けられ慌ててカーテシーをした。


「お邪魔しております、閣下」

「誉れ高い高潔な赤の聖女にお目見えできるとは、光栄ですな」

「恐縮です」


冷汗が出るほど威圧感がある。雰囲気が偉い人だ。実際偉い人なんだけども。


シマカゼ公爵が晩餐会の開始を演説し、立ち食のビュッフェ形式の晩餐会は賑やかだった。


あまり畏まった会ではないのね。

そんなことを思いながらグラスに注がれたジュースを飲む。

イルトヴェガーナに目がいっちゃうよ。カッコいいな。推しの事なら何でも知っているつもりだったが、もしかして、シマカゼ家って黒髪?あの綺麗な青い髪は魔法で染めたものだったのかしら。

父親も母親も黒髪なんだよね。


うん?母親。


「お父様」

「なんだい?」


食事をとっている父に話しかける。


「シマカゼ公爵夫人はどちらのお家なんですか?」

「ああ、ミネカゼ侯爵家だよ。シマカゼ公爵家の分家だね」


思わずジュースを吹き出すところだった。

裏にいるのはシマカゼ公爵家ではなく、ミネカゼ侯爵家か?怪しい。

つまり、リシュリュー公爵家の夫人とシマカゼ公爵家の夫人は姉妹だ。


これ思ったより根深いな?


意を決してジュースを飲み干しグラスを従僕に渡す。


そしてアレックスに声をかけて静々とシマカゼ公爵の前に出るとカーテシーをする。


「なにかな?赤の聖女殿」

「恐縮ですが、お話ししたいことが」

「話し?」


口に扇子を当てるとシマカゼ公爵はこちらを向いて少しかがんだ。


「ヘレナ・オーリックについて」


さっとシマカゼ公爵は顔色を悪くした。


「ここで話すことはない……部屋を用意する。こちらへ」

「はい」


公爵は焦った様子でイルトヴェガーナとその弟を連れて妻を置いてホールから出る。

少し離れたところの部屋に入れられ、アレックスも入ろうとしたがそれは断った。


「外で待っていて」

「だが」

「大丈夫」


こんなところで害したりしないだろう。

ソファに公爵は座り、その後ろにイルトヴェガーナが立つ。弟は外で待っている。


「座りなさい」

「ありがとうございます」


お礼を言って座ると執事が紅茶を出してきた。


「ヘレナ・オーリックの何を知っている?」


性急に公爵は聞いていくる。

焦っているのは見て取れる。ここまで偉い人が取り乱す姿は恐ろしいものがある。


「ご子息の前でよろしいのですか?」

「……そこまで知っているのか?どうやって?」


公爵は額に手を当て、溜息を吐く。イルトヴェガーナが一瞬身じろいだ。


「いずれは知ることになる。構わない」


私は紅茶を飲み、カップをソーサーに置き、口を開く。


「ヘレナ・オーリックは閣下のご息女ですよね」

「っ!」


動揺した公爵をイルトヴェガーナが驚いたように身じろぎ赤い目で見る。

これは賭けだ。ヘレナは同い年の子が好き。なら、イルトヴェガーナのルートはない。はず。

万が一イルトヴェガーナのルートになってしまったら、滅茶苦茶だ。もしかしたら問答無用で断罪死刑かも。


「いったいどうして」

「……それは申せません、ですが、広げるつもりはありません」

「それは助かる。つまり、ヘレナの本当の母も知っているな?」

「はい。ボルチモア公爵夫人ですよね」

「ああ……」

「父上?なぜ……」


悔悟の念を込めて公爵は手を組み指が白くなるほど力強く握った。


「……心を奪われた。一目で惚れてしまった。ずっと好きだったんだ。誘われて一晩の過ちを犯した。その時にはもう、お前も、イルガネジェーシも生まれていたんだ」

「……」


ともすれば、汚いものを見るような目だった。

イルトヴェガーナはそんな冷たい目で公爵の頭を見る。


「ということは、ヘレナ・オーリックはルロヴェネーゼ殿下の従兄妹だと言うことですね?」


降ってくる冷たい声に公爵は小さくうなずいた。


「王家がなんというか」


王家にばれるわけにはいかない。まあばれているわけだが。

硬く冷たい声でイルトヴェガーナはこちらを向く。


「これからも黙っていてくれるか」

「勿論です。私の話はそれを前提に、桃の聖女派閥について聞きたいことがあってのことです」

「なに?」


公爵は驚いたようにこちらを見る。


「桃の聖女派閥?なぜ私に?私の家、シマカゼ公爵家は赤の聖女派閥だ」


うん?この反応、嘘か、本当か。腹芸はできるだろうしな。でも今嘘を吐くメリットはない。


「何故、赤の聖女派閥なんですか?」


公爵は少し悩んだ後、答える。


「妻が、赤の聖女の政策に感心して……それに貴賤関係なく治癒しているという話を聞いて」


ミネカゼ家か。怪しいな。


「その言いづらいのだが、私はヘレナ……桃の聖女派閥が良いと言ったんだ。だが、説得できるだけの材料がなくて赤の聖女派閥に所属している」

「夫人は何故、そこまで赤の聖女派閥にこだわったのか分かりますか?」

「いや……ああ、赤の聖女派閥に所属してから頻繁に手紙を出している」

「どこに?」

「ミネカゼ家に」

「そうですか」


そうですか~~~!!!!

がっくりとうなだれたくなる。

となると、方策を考える必要がある。

紅茶を飲んで、落ち着き、溜息を吐いてどうしたものかと悩む。


「あれ?」


ぐらっと視界が揺らぐ。ソファに座ってられなくて、異変を感じ逃げようとして床に突っ伏す。

ごほごほとせき込み、血があふれた。喉が熱い。胃が燃える様だ。

必死に扉に向かおうとするが執事が黙って立っている。

な、なんで。毒?


「ごほっ」


「叫んでも大きな音がしても外には聞こえんよ。魔法道具が仕込んである」


傍らにしゃがんだ公爵に髪を乱暴に掴まれ冷たい顔にぞっとした。




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