31:【side:ダグラス】 1
飽きる。
顔の造形をほめられるのは慣れたというよりは飽きていた。
出会った女性は誰もが私の顔の造形を誉めそやし、すり寄ってくる。
親に決められた一人目の婚約者はそんな恵まれた容貌の私を疎んじ、ナイフで私を刺した。21歳の時だった。
二人目の婚約者は同じ屋敷に住み、穏やかに過ごしていたと思っていた。
だが、ある日夕飯を共にと言われ、急いで仕事を終わらせて夕食の席に着きワインを注がれる。
ワインに口をつけたとき、苦い明らかにワインではない味に吐き出した。
執事が彼女を取り押さえ、私に罵声を浴びせる彼女を置いて、治療院に向かった。
三人目の婚約者は社交界に頻繁に出ていた。
一緒にダンスをし、柔らかな時間が過ぎて行った。
まあそれも1年もたなかったが。
彼女は斧を振り回し私を殺そうとした。
流石に三人も婚約者を変えるのは世間体が悪い。両親は婚約者を連れてくるのをやめた。
正直助かった。女性に時間を割く時間はあまりないし、社交界にも顔を出さないといけない。
そんな折、元帥から呼び出され、執務室に行くと命令を下される。
「用務員としてシナノ学園に潜入せよ」
「は」
「4年間用務員として勤めろ。王太子殿下、桃の聖女、赤の聖女が入学する。なんとしても守り通せ」
「は」
嫌も応もない。命令には従うだけ。
髪を魔法で染め用務員として学園に入った。
なんともない。平凡な日常。穏やかで、思わずぼんやりしてしまう。
ぼんやりしながら学園の奥。迷路の中で魔物を討伐し、召喚した蟲が魔物の死体を骨まで噛み砕くのを見ながらあくびをかみ殺す。
なんとも平和で退屈な仕事だ。
1年経ち王太子達が入学する。それを知って、ああ、1年もたったのかと悠長に構えていた。
用務員室で3人が集まり、王太子、桃の聖女、赤の聖女をどう守るかを詰める。
「まあ、でも王太子殿下は有能な方ですし、迷路には近づかないでしょう」
「桃の聖女は?」
「お淑やかな方ですし探検なんてしないんじゃないでしょうか」
「そうか、赤の聖女は?」
「お転婆なようですね。治療院でどれだけ暴力を受けようとも治療を続けた人物です。好奇心も旺盛だ」
好奇心旺盛。それよりも
「治療院で暴力沙汰?」
「なんでも金を払わないと言う者が赤の聖女に暴力を働くそうで」
「護衛がいないのか?」
「護衛を軍で出そうという話も上がったのですか、アルジェリー家はそれを断ったようです」
「何故だ。娘が大事じゃないのか」
「威圧感がありますからね。それを疎んじたんじゃないでしょうか。そんな話をしているのを聞きました」
分からん。赤の聖女である以前に娘だろう。
憤慨した。余りにも非道な扱いだ。子供だぞ!?
怒っているのを見たほかの用務員がなだめるように言う。
「まあ、赤の聖女が嫌がっているという話もありますし」
「何故?」
「やはり、威圧感でしょう。子供には軍人は怖いものですから」
それはそうか。
なんとなくわかって、それから用務員室を出て迷路の掃除を始める。
怖いか。怖いよな。
1ヶ月経ったある日用務員室の前で突っ立っている深紅の髪が目に入った。
扉を叩き、返事がないのを考えてから呟く。
「さて、どこにいるのかな?」
思わず話しかけてしまった。
「誰がですか?」
彼女はこちらを振り返ってぱっと笑う。
無邪気で綺麗なものを見るというより、会いたい人物に会えたことを喜んでいるような笑顔だった。
「用務員さん?」
「はい。用務員ですよ」
どうしたんだろう。貴族からしたら用務員なんて用事無いだろう。
「生徒さんが何の用事ですか?」
「いやあ、用務員さんに会いたいなあと」
「何故?」
「いつも城を綺麗にしてくれているので」
「魔法があれば簡単ですよ」
柔らかく笑うと彼女も笑った。
「城に入り込んだ魔物の退治をしてくれているそうで」
驚いた。そんなことまで知っているのか。
「よくご存じで」
「ルロヴェネーゼ殿下がおられるし、大変ですね」
「生徒の皆さんを守るためですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
頭を下げられて、驚き、曖昧な表情をしてしまう。
「お礼を言われるとは思いませんでした」
「そうですか?」
「やって当然だと。学園長は良くお礼を言ってくれますが」
「この城の構造上、重要度がわかるのは先生方と学園長でしょう」
「……なぜご存知なのですか?」
「……」
何故知っているのか。余りにも詳しすぎる。
「図書館に通っていますので!」
彼女は胸を張り、私は苦笑した。
「イルトがよく話していますよ。“赤の聖女が図書館で勉強している”と」
「まあ、恥ずかしい。授業に追いついてないんですよ。本当はあまり頭がよくないのにAクラスで」
ああ、イルトヴェガーナはかなり心配していたな。
だがそんなことは言えるはずもない。
「そうですか?イルトは頭がいいと言ってましたが」
「え、イルト司書が」
ぼっと彼女は顔を赤くしてしまった。
何かまずいことを言っただろうか?
「大丈夫ですか?顔が赤い様子ですが」
「あ、いえ。恥ずかしいなあと」
「恥ずかしいですか?」
「努力を見られるのは嬉しいのですが、その、見られる相手と言うのはやはり……」
「イルトにあまり見ないよう言っておきましょうか?」
「でもみられないというのも……」
その曖昧な態度にピンときた。なるほどなるほど。そう言うことか。
彼は美しい見目だし、憧れるのは無理もない。
優しく微笑み、頷く。
「そういうことですか」
「え?」
「いえいえ、いいんですよ。そういうことなら、そっとしておいた方がいいですね」
「すみません」
歳の差はそこまで気にならない程度だ。子供もいつかは成人する。
その時まで好意があれば、と思う。余りにも酷い環境で治療を続けるのは負担だ。
軍人が威圧感があってダメだというならその点、イルトヴェガーナは優しい方だ。
きっとよく守ってくれるだろう。
分かれて用務員室に入るとコーヒーを淹れてソファに座る。
コーヒーを啜りながら考える。
なんというか見た目は可愛らしい少女だったな。あれくらいの歳から見れば私の見た目を誉めそやしそうなものだが、自意識過剰だったか?
いやでも、久しぶり、いや、初めてかもしれない。他人に外見のことを言われなかったのは。
うーん?あんな貧弱そうな子供が暴行を受けていてほったらかしにしているのか?アルジェリー家は?
胸のあたりがもやもやする。手紙を書くわけにもいかないし。
はっとした。これじゃ一目惚れみたいだ!子供相手に!
彼女はイルトヴェガーナに憧れている。好意かもしれないと思うと、もやもやが加速する。
そこでほかの用務員が戻ってくる。
「閣下」
「ダグと呼べ。早く慣れろ」
「はい」
「なあ」
「はい?」
「一人のことを考えて胸がもやもやするのはなんだ?」
「そりゃあ……」
用務員の一人はにやにやと笑う。
「恋でしょう」
がっくりとうなだれると彼は対面のソファに座り、ニヤニヤ笑いを止めない。
「娼館の子ですか?」
「いや」
「じゃあ貴族の令嬢?」
「まあ……」
「朴念仁でも恋をするんですねえ」
「無駄口を」
「おお怖い怖い」
彼はソファを立ちコーヒーを淹れ、また座る。
溜息を吐いてコーヒーを啜る。
「出会いは?」
「今さっき」
「一目惚れですか。困難ですね」
そう言われ、ぎょっと目をむく。
「そうなのか?」
「お互い好きならまだしも、一目惚れなんて目移りするでしょう」
「そんなことはない」
「もうそんなに好きなんですか?」
そう言われて、コーヒーを吹く。
「うわ!汚い!ちょっと!」
非難がましい声に頭がぐるぐるする。
何で?どこが好きなんだ?顔か?雰囲気か?
それとも、どれだけ暴行を受けても治療を続ける高潔さ?
何処が好きなんだ?なんで、なんで、なんで。
相手は教師と思っているかもしれないが本当の相手はあの赤の聖女、子供だ!
いや、子供はいつか成人するし……。
それまで待てばいいのでは?イルトヴェガーナには悪いが……。
いや、いや、イルトヴェガーナが好きだと決まったわけではないし。
顔を青くしたり赤くしたりしていると目の前の彼は洗浄魔法できれいにして、こちらをうかがう。
「どうしたんですか?」
「……」
「その顔なら誰でもひっかけられるでしょ」
「言い方」
「でもまあ、そんな顔ですし」
むっとして口を尖らせるが肩を竦められた。
「まあダグさんは収入もありますし、家柄も上級。これでだめなら何やってもダメですよ。どんな女性ですか?」
「高潔で、頭がいい。あと、優しい。周囲をよく見ている」
「へーいいじゃないですか。領地経営も手伝ってくれそうですね」
「出来るんじゃないかな」
幼いころから法を整備していたのだ。領地経営などお手の物だろう。
でも、でも……相手は生徒だぞ!?
顔を覆うと彼はコーヒーを飲んでいる。
「どうしよう」
「何が問題なんですか?」
「……」
「相手の身分が低いとか?」
「……」
言えない。子供に恋をしているなど気持ち悪い。
子供同士ならまだしもだ!
溜息を吐くとふーんと彼は黙る。
「外見が悪いとか」
「そんなことはないな」
「まあ、閣下は外見で相手をはかる方じゃないですしね」
「おい、呼び方」
「ああ、すみません」
彼は全然悪びれた様子もなく、コーヒーを飲んでいる。
溜息を吐き、コーヒーを飲んだ。
◆
聖女の派閥間での争いが激化した。
これまでは水面下で牽制しあっていただけだったのに、桃の聖女派閥が暴走し始めたのだ。
赤の聖女を襲ったと聞いたとき手紙を握りつぶした。
「ふざけたことを」
学園は安全だ。生徒がアルジェリーを狙うとは思えない。そんなあからさまな真似は論外だ。
兎に角、リシュリュー公爵家を監視する必要がある。
万年筆をとり、便箋を用意する。暗号化した文面でリシュリュー公爵家の監視を要請した。
それを梟の足に着けて飛ばす。
ディラン・リシュリューも危険か?リシュリュー公爵家が危険分子なんだ、当然当主の言葉を聞くだろう。
用務員の間でそれを共有した。
「監視用に魔法道具を忍ばせます」
「出来るか?」
「任せてください」
彼女は密偵の技能が高い。可能だろうとは思ったが不安が滲み出てしまう。
「大丈夫ですよ。簡単ですから」
「そうか。頼んだ」
「はい」
ディラン・リシュリューを魔法道具で監視してもたいして収穫はなかったし、彼がアルジェリーを害そうという気がないことがよく分かった。
そのため安堵していたが、どうも彼はアルジェリーに並々ならぬ感情を抱いている様子だ。
そんなことを知ってしまって胸がもやもやする。これが、恋か?本当に恋なのか?三人婚約者を見てもこんな感情は一度も抱かなった。
もっと別の感情なのではないか?庇護欲をそそられる外見だったし雰囲気だったし。
オーリック男爵は怪しい動きはない。完全にリシュリュー公爵家が暴走しているのが実情だ。
だから桃の聖女は放置した。というか、彼女はアルジェリーと仲が良く、良い友達だった。
聖女同士は仲がいいのになと寂しく思う。子供を利用して大人が権力争いを始めてしまった。
悲しい出来事だ。
そんな悲しみを抱きつつもやもやは晴れないまま体育祭を迎える。
軍人が学園に入る危険な日。
イルトヴェガーナにも危険性を共有し、万全を期す。
借り物競争で軍人の座っているところにアルジェリーが来た時には背筋が凍ったが、彼女はこちらに気付いた風もなく、きょろきょろしイルトヴェガーナに話しかけられる。
彼が手を取り、トラックに戻り、唖然とするほどゆっくりと走り息を切らして一番最後にゴールしたのを見て思わず拍手をした。
感動した。あんなに頑張れるものなのか。努力家だな。
ふと、彼女の席を見る。
いない。彼女の隣のベルファストもいない様子だ。
思わず席を立った。
「どうしました?」
「レリンサ・アルジェリーが戻ってこない」
「お手洗いでは?」
「……見てくる」
「はい」
人目のつかないところを重点的に探す。
逢瀬を楽しむ生徒にぎょっとされたりもしながら兎に角探す。
ふとくぐもった悲鳴のようなものが聞こえた気がして、足を止める。
遠いトイレの方。人目のつかない誰も行かないはずの行き止まり。
そこに足を踏み入れると捕まっているベルファストと軍人3人と、アルジェリーを組み敷いている軍人ひとり。
頭に血が上った。目の前が真っ赤になり、冷静さを失う。
「何をしている?」
地を這うような声に3人の軍人がベルファストを解放し、アルジェリーを組み敷いていた軍人は酷く震えながら振り返る。
「イーシェン中将閣下」
声まで震えている。奴らは土を払う間もなく壁際に立ち、敬礼をした。
アルジェリーはボロボロだった。顔は青痣だらけで腫れあがり、片眼が潰されて体中血だらけでジャージも破られている。
「何故、女子生徒のジャージが破れていて、貴様はベルトが緩められているのだ?」
「はっ……」
何をしようとしたのか、説明を聞くまでもない。
子供相手に。反吐が出る。
アルジェリーを組み敷いていた軍人の首をひっつかみ放り投げる。
「ぐぎゃ」
壁にたたきつけられた軍人を見て、アルジェリーは困惑しているのかそれとも、助かったと安堵しているのか分からない。
立ち上がろうとする奴に近づき顔面を蹴り上げる。
くぐもった悲鳴が聞こえるが気にせず、魔法を唱えた。
「恥を知れ〈風刃〉」
風の刃が奴の腕を何の躊躇もなく切断した。
「ぎゃあああ!」
「やかましい」
低い声でそう言うと奴は悲鳴を必死になって押し殺した。
「貴様らの顔は覚えた。連れていけ。赤の聖女に近づくな。処分は追って知らせる」
「は、はい」
去っていった4人を見送り、内心焦りつつこちらを見上げるアルジェリーに慎重に近づく。
「〈修繕〉」
ジャージを魔法で直すと彼女は安心したのか、腫れあがった顔で微笑みの様なものをたたえる。
「あり、がとう、ございます」
ここで、感謝の言葉を述べられるのか。
どれほど痛かっただろうか。どれほど恐ろしかっただろうか。
本当は大人の、それも自分を襲った軍人と同じ軍人を到底信用などできないだろうに。
申し訳なさから頷くことしかできない。
「助けにくるのが遅くなって申し訳ない。さ、癒すと良い」
「いえ、助けて、くれ、て、あり、がとうござい、ます。〈光陣〉」
癒されたのは背後にいたベルファストだった。
自分の方が重傷なのに。どこまでも高潔だ。
ベルファストが茫然と呟くのを聞きながら彼女はもう一度魔法を唱える。
そうして、彼女は自分を癒した。
ついでのように洗浄魔法を唱えて綺麗な身なりになった彼女は立ち上がり、頭を下げる。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」
「いや、本当に助けに来るのが遅れて、申し訳ない」
本当にあとちょっと遅ければ取り返しがつかないことになっていた。
なのに彼女はこういう。
「助かったので!」
「……怖かっただろう」
「いえ!大丈夫です!」
「軍人が皆、君を敵視しているわけではないんだ。その、信用なんてできないだろうが……」
大丈夫?本当に?無理をしているのじゃないだろうか。
「信用します」
その言葉に泣き出しそうだった。
そんな、無理だろうに。今、たった今、何をされそうになったか。
今の今までどんな目に遭ったか。
とてもじゃないが言葉にできない。
だが彼女はベルファストが言い募るのも窘めてただ微笑む。
まさに聖女の姿だった。
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