3:ドン引きの父
魔法の訓練は広い中庭で行われた。
「〈火矢〉」
ユリウスの唱えた魔法は標的の案山子に向かっていき燃やした。
「10歳で〈火矢〉がもう使えるのか。優秀だな」
よしよしとディランはユリウスの頭を撫でている。
そして2人がこちらを見る。
冷汗をだらだら流しながら、自分の案山子を眺める。
「〈火矢〉」
ひゅんと飛んだ小さい火の矢は案山子にぶつかって鎮火する。
気まずい沈黙にうつむく。冷汗が止まらない。
「あーまあ、10歳なら」
10歳を盾にしたくない。中身は40代間近だったんだ。
でも前世には魔法なんてなかったし、勉強もそもそも苦手だった。
「領地経営に脳の容量持ってかれてそのほかがダメになったのか?」
歯に衣着せぬ言葉にディランを思わず冷たく見上げた。
「ああいや、ごめん」
口ごもるディラン・リシュリューから目線を避ける。
「肩に力が入りすぎだ。魔力も絞りすぎている。気配では魔力は十分すぎるほどだ。もしかしたら火属性が相性が悪いのかもしれない」
「火属性の相性ですか?」
「そうだ、魔法使いには相性のいい属性がある。複数だったり1つだけだったりするけどな。一通り試してみろ」
「はい」
〈風矢〉〈地矢〉と唱えてどちらもボロボロな出来だった。
「〈水矢〉」
すっと水の矢がかざした両手から飛んでいき案山子を貫く。
「おっ。いい出来だ。レリンサの得意属性は水属性だな」
「あ、ありがとうございます」
ディランは私の頭を撫でて褒める。
いい気分だわ!
「私は水属性。私は水属性」
「珍しい所だと光属性と闇属性もあるぞ」
「光属性と闇属性」
「そう。光属性は治療院とか神殿にいるな。治癒ができるから。とは言っても医者にかかったほうがいい場合もある。万能じゃない」
「へー」
さっき説明したんだけどとぽつりと言われそっぽを向いた。
「闇属性は特殊だ。アンデッドなんかを回復できる」
「へー」
凄い。光属性の魔法使いはいくつかの治療院に配属されているので存在は知っていた。
ただ、なんでも全回復とまではいかない。術師によっては傷跡が残ったり、完治ができなかったりする。
その場合は医者の出番だ。手術のための薬もただじゃないが、アルジェリー侯爵領では街に十分に配備している。
「アルジェリー侯爵領は医者が多いよな」
「はい。王都にも孤児院や治療院を多く建てています」
「へえー。僕も今度行きたい」
「孤児院?」
「うん」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「わーい」
攻略対象とかかわるのはあまりよくないが子供の純粋な目に頷いた。
「そうだ、光魔法で癒せるかな」
頬がじんじんと痛い。ディランを見上げるとディランは頷いた。
「試してみろ。〈光雨〉だ」
息を吐き吸う。
「〈光雨〉」
きらきらとした光の雨が降ってきて頬の赤みが引き、じんじんとした痛みが消え失せる。
「やった」
「うそだろ?」
ディランは愕然としている。
光属性を扱えるのはごく少数だ。
ディランが驚くのは無理もない。
「光属性扱えるんだ!うふふ」
やったぜ。これで困っている人を救えるぞ。
断罪されて家を放逐されたら治療院で働ける。嬉しい。
「聖女と言われるだけはあるな」
頬を赤らめたディランがこちらを見ている。
え?なに?聖女?
なにその恥ずかしい2つ名。
「赤の聖女ともっぱらの噂だよ」
ユリウスまでそんなことを言い出す。
「え、いやなんで?」
「貧困層救済策とか農民にも利益が出るような政策。治療院の増設に孤児院の増設。上げだしたらきりがない」
ディランはきらきらとした緑の瞳をこちらに向けて嬉しそうにして言う。
「そのうえで光魔法が使えるんだ。ますます聖女として名が通るな」
「い、いやあ。治療院も孤児院も施策も全部父のしたことですから」
「治療院にも孤児院にも“レリンサ”って名前がついてるけど」
嘘。恥ずかしい。そこ以外の孤児院や治療院には行ったことはあるが、その名前のついているところは意図的に外されてたな。
「エルリシア孤児院とかもあるけど弟さんだよね」
「うん」
弟の名前の孤児院もあるのか。
もういいや、諦めよう。
「レリンサ様は」
「呼び捨てでいいよ」
「いいの?」
ユリウスは嬉しそうにけどちょっと戸惑い気味にそう言った。
「うん。いい友達になれると思うんだ」
「え、友達」
「うん。友達」
ユリウスは微妙な顔をしたが頬をリンゴ色に染めて、頷いてズボンを握る。
「えへへ。レリンサ」
「なあに、ユリウス」
ユリウスに抱きつきぎゅうぎゅう抱きしめる。
わーい!初めてのお友達だ!友達なら断罪死刑なんてないだろう。
ユリウスは顔を真っ赤にしておずおずと私の背中に手を伸ばして抱きしめあう。
十分に楽しんだ後、離れて手をつなぐ。
「お友達嬉しいわ」
「そ、そう?」
「うん」
ディランが2人の頭を優しくなでて案山子を見せる。
「じゃあ、今は魔法の練習を続けようか」
「はい」
「はーい」
◆
「どうだった?」
夕食の席で父にそう言われて勢い込んで話始める。
ちなみにぼろぼろになったドレスを見られて、憤慨した父はクルスク侯爵家に殴り込みに行きそうだった。
自分でやったというとなんでやったのか詰問され、洗いざらい話させられた。
「魔法の訓練がよくできました。先生が良かったんです」
「ディラン様か。将来はきっと軍人になるだろうな」
ディランは教師になりますけどね。お父様。
そう言えばなんでディランは軍人ではなく教師になったんだろう。公爵家の3男なら軍人でも後ろの方の配属になるだろう。面倒くさがりのディランらしくない。
「勉強はどうだった?」
「えー……あー……まあよくできました」
「うん。何がわからないんだ?」
ごまかし切れなかった。
「歴史が苦手です。後演算も」
数学嫌い。地政学とかなら領地経営の範囲内だから得意な方だ。
それを考えると歴史の授業はまじめに受けたほうがいいな。
「そうか次行ったときは歴史を重点的に教えてもらうと良い。レリンサ。地政学的にも歴史は重要だ」
「はい」
全くのその通りだ。
「お前ならできる。大丈夫だゆっくりでいいからな。それはそうと所得税のことなんだが」
「ああ、はい。問題が起こりましたか」
「富裕層から不満が上がっている」
「商人上がりですね。でしたら、所得税をいったん下げてしまって構いません。2割まで下げましょう」
「そ、そんなにか?今は5割だろう」
動揺する父の顔を見据えて続ける。
「はい。そうすることでよそからの商人を呼び寄せたいと思います。切磋琢磨が起こりますよ」
「そう、お前がそう言うなら」
「で、良い所で所得税を戻します」
「なるほど。そうすることでいったん不満を押さえて、商人を選別しようということだな」
「はい」
「来月から施策しよう」
「ありがとうございます」
アルジェリー領では商人など貿易商もだが、所得税がかかる。市民は市民税がかかっている。農民は年に一度の年貢である。
1か月で得た利益の中から何割かを領に収める。
その代わりに保険がきく。荷物を盗賊や魔物に奪われた場合半分を補填するシステムになっている。
ただ、大半の商人は冒険者などを護衛にして奪われないように安全に旅をする。当然だ命が惜しい。
それでも不利益だと感じて文句を言うものはいる。
それを抑えるために所得税を一旦低く設定する。
そうすることで富裕層は私腹を肥やすことだろう。
大きく育ったところで一気に狩る。
企業は多い方がいい。できれば大きい方がいい。
そのためには所得税が低くなったことを噂してもらわなければ。
だから2割まで下げる。一気に下げると噂は一気に出回る。
楽しみだわ!搾り取るわよ!
それを治療院の研究費と孤児院の運営費に回すんだ!
ふっふっふと笑いながら水を飲んでいるとドン引き顔の父と目が合う。