28:体育祭 2
ボールのように蹴られ肋骨があっさりと折れる。
歯も折れたんだけど!
いったぁ!
やばいやばいどうしよう!
何度も軍靴で蹴られ踏まれる。
顔も蹴られ鼻が折れ、鼻血が止まらないし、口内は歯で切れて口からも血があふれる。歯を血と一緒に吐き出した。
小さな体を折り曲げて必死に防御する。
悲鳴でも上げるか?でももう肋骨が折れてて大声は出せない。
「蹴り辛いボールだな」
土まみれで転がる私を見下ろし足を上げる動作を見る。
ひええ!
「〈氷槍〉!」
飛んできた氷の槍を私を蹴っていた軍人は指輪を光らせてすっと手を振る。
氷の槍は何もなかったように消え、ティニアシアの顔色が悪くなる。
「こいつを殺してもいいんだぞ?」
「……っ!やめろ!僕が代わりに!」
「お涙頂戴だな。ガキが」
ティニアシアを捕まえていた軍人がティニアシアを殴る。
「や、めて。お願い、します」
痛みをこらえながらそう小さく言うと軍人の一人が嘲笑う。
「おーおー。お優しいな、赤の聖女様は」
軍人はしゃがみ、私の髪を乱暴につかむ。
「鬱陶しいんだよ。邪魔だ。桃の聖女様さえいればいい」
がんっと地面に頭を叩きつけられて頭がくらくらする。
そのまま一旦浮かされ、髪を離されてがんと頭を強かに打ち付けた。
星が飛ぶってこういうことを言うんだね!
頭ガンガンする!
がくがく震える手で何とか頭に触れると血だらけだった。
ひゅー!やばいぜ!
ここで死ぬと、断罪死刑扱いかな?
うーん分からん。
「じゃ、そろそろやるか」
え?これ以上痛いことするの?
学園には刃物は持ち込めないはずだけど。
片眼が潰れてぼんやりする視界の中で見上げる。
いやらしい笑みを浮かべる“男”を見て、察した。
あ、これ、やばい、よね。
ぞっとする。寒気が襲ってきた。鳥肌が立ち、呻く。
カチャカチャとベルトを外す音が頭の上からして、ティニアシアが叫ぶ。
「やめろ!」
また殴られてティニアシアが嘔吐した。
足首を掴まれ、ジャージの上着が乱雑に破られる。
下に着ていた体操服が現れ、ズボンを脱がされそうになったところで悲鳴を上げようとして失敗した。
震える手で土を掻く。
やばい。気持ち悪い。
誰か助けてくれねーかなと痛みでふわふわとする頭で他人事のように考える。
……せめてティニアシアは開放してくれないかな。見られるのはいやだ。
土を掻いて爪に土が入る。
「何をしている?」
しかし低いどすの利いた声が軍人達に冷や水を浴びせた。
ぎりぎりと音がしそうな鈍い動きで振り返った私を襲おうとした軍人は新たに現れた軍人を見て目を見開く。
「イーシェン中将閣下」
土を払う間もなくまた装いを正す間もなく慌てて軍人たちはティニアシアを解放し敬礼をした。
危機が去って震えながら事の成り行きを見守る。
「何故、女子生徒のジャージが破れていて、貴様はベルトが緩められているのだ?」
「はっ……」
イーシェンは口ごもる軍人達のうち私を襲おうとしていた軍人の首を唐突に絞め放り投げる。
「ぐぎゃ」
壁にたたきつけられた軍人を見て冷汗をかく軍人たちの間に緊張が走る。
私を襲おうとしていた軍人はせき込みながら立ち上がろうとしてその顔を思い切り蹴られた。
ピカピカに磨かれた軍靴のつま先が顔面にめり込み鼻が折れ、口から血が零れる。
「恥を知れ〈風刃〉」
見えない風の刃が鼻血を止めようとしている軍人の腕を切断する。
「ぎゃあああ!」
「やかましい」
低い声でそう言われ軍人は悲鳴を押し殺す。
あ!ダグラスか!片目が潰れていてよく見えないんだよね。
ダグラスも髪を金に染めて軍帽を目深にかぶって眼帯をつけている。
声が低いから気づかなかった。いつもは優しい朗らかな声だし。
「貴様らの顔は覚えた。連れていけ。赤の聖女に近づくな。処分は追って知らせる」
「は、はい」
後で処罰されるのかな?じゃあこれは軍全体の意思と言うより、リシュリュー公爵家派の暴走か。
4人は慌てて去っていき、それを見届けたダグラスが私に近づき金の髪から目をのぞかせ、魔法を唱える。
「〈修繕〉」
ジャージの上着が綺麗に整えられ、繕われる。
「あり、がとう、ございます」
肋骨が折れてて大きな声が出せず小さな声で言ったが、彼はそれを聞き届けて頷く。
「助けにくるのが遅くなって申し訳ない。さ、癒すと良い」
「いえ、助けて、くれ、て、あり、がとうござい、ます。〈光陣〉」
そう呟いてティニアシアを先に治す。
ティニアシアは驚いた様子で、私に駆け寄り、涙を浮かべた。
「なんで僕を先に……」
「〈光陣〉」
そうして自分を癒す。
あー痛かった!ふー!貞操の危機だったぜ!
血だらけだったのでついでに洗浄魔法も唱え、綺麗になって、立ち上がるとダグラスに頭を下げる。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」
「いや、本当に助けに来るのが遅れて、申し訳ない」
ダグラスは心底申し訳なさそうな顔でそう言う。
私はぱっと笑ってなんともないように言う。
「助かったので!」
「……怖かっただろう」
「いえ!大丈夫です!」
「軍人が皆、君を敵視しているわけではないんだ。その、信用なんてできないだろうが……」
にこにこと笑い、首を振る。
「信用します」
ダグラスは口ごもり、手を差し出そうとしてティニアシアが酷い顔で睨んだのを見て手を引っ込める。
「ティニアシア。助けてくれた方だよ」
「だけど、軍属だ!」
ティニアシアが激怒している。興奮して顔を真っ赤にして私を背後に隠す。
「せめて席まで送らせてくれないか?」
「断る!」
「ティニアシア!イーシェン閣下はいい方だよ。助けてくれたでしょ!」
「信じるのか!?」
「だって助けてくれたんだよ!」
「罠かもしれない!」
怒ったティニアシアがそう怒鳴る。
「それなら今、殺せばいいでしょ?それをしないのは信用できる証だよ」
「それは……」
ダグラスは困ったようにこちらの口論を聞いている。
「大人の男が怖いだろう。触れないし、近寄らない。少し離れて送っていく。せめてそれくらいはさせてくれないか?」
ダグラスの譲歩した案にティニアシアも戸惑ったようにこちらを見てくる。
そして、突然ぼろぼろ泣き出した。
ど、どうした!?
「大丈夫!?どこか痛い?」
魔法は正常に発動したはずだけど。どこかほかにも傷ついているのかもしれない。
ティニアシアの手を取り、わさわさと体に触れるとティニアシアは乱暴に涙をぬぐった。
「ま、守れなった。僕は守れると思ってたのにっ!」
「あ……」
そっか傷ついたのは心か。目の前であんな暴行を見せられたらトラウマになるよな。
私は平気だけど。
殴る蹴るの暴行は治療院では頻繁にあった。金を払いたくないという理由で暴れるのは古今東西あり得る話なのだ。今はアレックスが守ってくれるからそんなこともなくなったが。
どうしようかな。下手なことは言えない。トラウマを刺激してしまう。
私は平気だというのは簡単だ。けれど、それは言えない。
「ティニアシアがいてくれたから助かったんだよ」
「僕がいなければ!僕が君を酷い目に遭わせた!」
「そんなことないよ。ティニアシアが守ってくれたんだよ」
膝をついて私に縋り付き、わんわんと泣き出すティニアシアをどう慰めていいか分からない。
とりあえずしゃがんで、背中を優しく撫でる。
怖かっただろうなとしか。あんな屈強な軍人4人も相手にできるわけないし、一度は攻撃もした。
攻撃は通らなかったのだ。ティニアシアは悪くない。出来る事はした。
よしよしと背中を撫でることしかできない。落ち着くのを待つしかないだろう。
やがて泣きつかれたのか、それとも自分の中で折り合いをつけたのか、ティニアシアは私の手を取り、片方の袖で涙をぬぐう。
「僕は、君に、相応しくない」
「うん?」
「……婚約を破棄する」
え!このタイミングで!?
どう言ったらいいのかわからない。嬉しくないと言えば嘘になる。が、何事もタイミングと言うものがある。
ダグラスも困惑した顔をしている。まあ、知らないことだろうしな。隠してたし。
「なんで?ティニアシアは私のために守ってくれたでしょ」
今婚約破棄させるのは彼の精神衛生上よくない。家の誇りを守れなくなる。
だから、何とか思いとどまるようにいろいろ言うがどれも首を振られる。
「いいんだ。守れない僕は、君に相応しくない」
「そんな」
どうしよう。
「さあ、席に戻ろう」
「……うん」
歩き始め、ティニアシアの泣き腫らした目を見て魔法を唱える。
「ありがとう」
「ねえ、婚約破棄しなくたっていいんだよ」
「言っただろう?僕は君を守れない。軟弱者だ」
「せめて私とは友達でいてくれる?」
家との繋がりのための婚約だった。彼に私への恋愛感情はない。
友達もやめてしまうのだろうかと不安になって問うとティニアシアは柔らかく微笑んだ。
ダグラスは背後でゆっくりと急かすことなくついてきてくれる。
不安感から捲し立てるように口が動く。
「友達でいてくれるの?」
「私はティニアシアのこと好きだよ」
「……」
「友達でいてくれるよね?」
裾を引っ張って問うとティニアシアは苦笑した。
「友達の資格があるのかな」
「あるよ!私、ティニアシアのこと」
「……好き?」
「うん」
頷くと苦い顔をされる。
何かまずいことを言っただろうか。
「じゃあ友達」
「よかった!」
手をつないで歩く2人の背後でダグラスは静かに溜息を吐く。
◆
生徒の一人がこちらに気付き慌ててティニアシアに近づき、口を開く。
「ベルファスト様、次の競技です!探したんですよ!!」
「すまない。すぐ行く。じゃあ、レリンサ。一人にならないように」
「うん」
ダグラスは金の髪を耳にかけ、私の背後に立ち、口を開く。
「じゃあ、これで」
振り返って深く頭を下げる。
「ありがとうございました、閣下」
「ああ、それでは」
ダグラスが去るのを見届けて席に着くとユリウスが声をかけてくる。
「どこ行ってたの?探したんだよ!」
「ちょっとね!探検してたの!」
本当のことなんて言えるわけない。
「体育祭中に?」
「うん。近くのトイレが混んでて、遠くのトイレに行ったら知らない道があってね……」
そんな長々とウソの冒険譚を話しているとジェレニカとテユティオルが真っ青な顔をして走って来た。
「無事か!?」
「うん?うん。どうしたんですか?テユティオル先輩」
ユリウスが怪訝な顔をしている。
「ここじゃ話せない。ちょっとこっち来い」
「僕も行く」
「え、いや」
「付いていけないならこの場で叫ぶけど」
厄介なことになったぞ!
ユリウスどうしたんだ!聞き分けてくれ。
「ユリウス大丈夫だから」
「大丈夫じゃない!危ないよ!」
「ジェレニカ先輩もテユティオル先輩も危なくないよ」
「油断大敵!」
う、うーん襲われた身としてはいい募れない。
「おふたりともいいですか?」
「ま、まあしょうがない。競技があるから急がないと」
「はい」
場所を移し、人目のつかないところに行く。
襲われたところなんだけど……。まあいいか。別の場所だし。
テユティオルは突然膝をつき土下座をした。
「誠に申し訳ない!愚兄が暴走して、君を襲ったと聞いた!」
え!あの場に兄君いたのか!