27:体育祭 1
6月上旬。
あれから襲撃はちょくちょくあった。治療院で襲われるのは私だけなので全部アレックスが制圧した。拷問はしなかった。流石に時間がもったいないし、誰が指示して襲ってきているかは明白だったからだ。
ただ、学園では襲われなかった。先生たちが厳しい目で監視していたのもあるし、ダグラスとイルトヴェガーナが強すぎる。
しかしながらこの間に王家と軍の間で亀裂が入り学生の間でもやんわりと派閥争いが始まった。
泥沼~!!
ディラン先生が言うにはリシュリュー公爵家の暴走は止まらず王城にわざわざ行って傲岸不遜にも私、そう“赤の聖女”の排除を直接申し立てた。
当然、王家派閥のアルジェリー家を無碍に出来ない王家はそれを拒否。
どれだけ私を殺したいんだ!やめてくれ!こっちは断罪死刑を回避したいだけなんだ。
そんなこんなで体育祭。
既に陽ざしがきつい季節。そんな運動場はいまや涼しい初春の気候である。
魔法ってすごい!
ジャージを身に着け、運動場に足を踏み入れ、1-Aの旗が立っている席に着く。風が吹くと彩り豊かな旗がはためく。
流石ヘレナ!いい仕事ね!
右隣にティニアシア、左隣にヘレナが座り、ルロヴェネーゼも背筋を伸ばしている。
何せ貴賓席には王と王妃、ルロヴェネーゼの異母兄、グルヴェネーノが座っているのだ。
グルヴェネーノは20歳。身分の低い男爵令嬢のメイドとの間に生まれた子だが、聡明で自分の立場を弁えているし、異母弟を溺愛している。ちなみにゲームでは立ち絵もなかった。
ゲームだとルロヴェネーゼとの仲は悪かったはずだが。
だがここだと決して自分に王位継承権をなんて言い出さない。ただ、聞いた話だと周囲はそうじゃなかった。軍派閥は彼を担ぎ出し、王位継承権をとにじり寄ったことがあるが全部一蹴された。
黒髪に黒目に紫のアースアイ。魔力の面でも優秀で、かなりのイケメンでもあるそうだ。会ったことないし遠目すぎて見えないし知らんけど。
すっげえや!イケメンだらけだ!
学園全体で顔面偏差値が高い。醜形恐怖症にはきついな。
ちなみに私は前世で散々ぱら不細工だとなじられたせいで醜形恐怖症である。悪い事を忘れるのにも限界があるのだ!
悪役令嬢が美人でよかった。親の愛情も大切よね。顔の造形を気にせず過ごせたのだ。こんなにうれしいことはない。
ま、その代わり断罪死刑が待ってるんですけどね!
これだけ善行を積んでも派閥争いで殺されるかもしれないと考えると気が遠くなる。
国王の祝辞が始まり全員が背筋を伸ばす。
それが終わると目深に軍帽を被った元帥が祝辞を述べる。
全部の祝辞が終わると開会が宣言され魔法で楽器が運び込まれる。吹奏楽部の演奏が始まり、誰もがその技量に酔いしれた。
学生とは思えない技量だ。
何せ教えているのがプロだからな。
マーチングバンドではないので歩き回ったりはしないが、きっちりとした演奏で耳が楽しい。
演奏が終わり、拍手が巻き起こる。王家の面々も優雅に手を叩いている。招かれた軍人もこの演奏を聴いていて整然と力強く手を叩く。
魔法で楽器が運ばれて行き、運動場が空く。
しゅるしゅると長いロープが現れ、運動場にトラックを描いた。
徒競走が最初。
ヘレナとヴェスタルが急ぎ足で選手の待合に行き、緊張した面持ちである。
走り出したヘレナは早かった。流石の身体能力。部活したらいいのに。
ぶっちぎりの1位で到着し1位の旗を持って大喜びしている。
可愛い!!
思わずはしゃいで拍手をすると、遠目から目が合いお互い微笑んだ。
「ヘレナ様凄いね」
「まあ、男爵家じゃあ娯楽もないし、やることないだろうしね」
え、そんな感じ悪いこと言う?どうしたんだろう。
ティニアシアはそんなこという人じゃないのに。
「男爵家なのにどうやってシナノ学園に入ったんだろうね」
「さ、さあ」
リシュリュー公爵家が支援しているとは、言えない。だが、ティニアシアは疑っている様子でヘレナを軽くねめつける。
こわ!どうしたの!?どうしたの!?ヘレナが嫌いなの!?あんなに可愛いのに!!
「桃の聖女様だし、寄付金があるんじゃないかな?」
無難な言葉を言うとティニアシアはどこか胡乱げな目を見せる。
「やっぱり、君を狙うように指示しているのはリシュリュー公爵家ではなく、オーリック嬢では?」
あ、そこを疑ってたのか。
優しいヘレナを見ているから断言できる。それはあり得ない。
だから、笑って言う。
「そんなわけないよ」
「……レリンサが怖い思いをしているのに」
「私平気よ。怖くない。アレックスが守ってくれるもの」
「……そうか」
本当に怖くないんだけどな。いや、違う意味では怖いが。
“断罪”されて、アルジェリー家が酷い目に合うのが嫌なんだ。
弟もいる。父も母もいる。ああ、そう言う意味では怖い。
私が断罪死刑になったらアルジェリー家に関わった皆が路頭に迷う。使用人も家族も関係ない。
俯くと怪訝な顔をされ慌ててほほ笑む。
「大丈夫?」
「平気。なんでもないよ」
笑うがティニアシアは何か言いたげだ。
「無理してない?」
「無理なんてしてないよ。ティニアシアは優しいね」
手を握って、微笑むとティニアシアは微笑み返す。
種目がどんどん進んでいき、ヘレナと歓談する。
と、シーシュースがこそっと話しかけてくる。
「次は借り物競争ですよ」
「あ、はい、ありがとうございます!」
借り物競争は自分が出る種目だ。
慌てて行く。とテユティオルとすれ違う。
「おう、借り物競争か?」
「はい。応援してくださいね」
「はいはい。頑張れよ」
頭をぽんぽんと撫でられお互い笑顔で離れる。
スタートし、走り出す。机に置かれた箱の中から紙を取り出す。
「赤い物」
きょろおと左右を見渡し、困る。
いっそ自分だけで行って髪を一本抜くか?
あ!そうだ!
来賓の軍人のところまで行って声のかけやすそうな柔和な表情の軍帽をかぶった将校に話しかけようとした。
一番手前の席は偉い人だから、後ろの方の軍人を呼ぼうとしたら黒髪の軍人に逆に話しかけられた。
彼らは皆、赤い軍服で、赤い軍帽だ。
「どうかしたか?」
ま、偉い人でもいいや!
「失礼ですが、一緒に走っていただけますか?」
「え?」
「借り物競争なんです」
「軍人を選ぶなんて大胆なんだな」
彼は逡巡し、それから席を立つ。
優雅に私の手を取り、歩を進める。
……この声、聞いたことあるな。
顔を見上げて将校を見る。
あ!前髪で隠そうとしているがこの美しい顔は!推しのイルトヴェガーナだ!
魔法で髪の色を変えてたのか!長い髪もバッサリと切られている。
彼はこちらに興味はないらしく目線も合わせない。
きゃああああ!かっこいい!かっこいい!
トラックまで戻ると走り出す。
イルトヴェガーナはこちらの貧弱な走り出しに戸惑いつつ歩幅を合わせてくれる。
借り物自体はすぐ見つかったのにゴールについたのは一番最後だった。
どんだけ貧弱なんだ!
まあいいや!イルトヴェガーナと走れたし。きゃ!嬉しい!
「ありがとうございました」
深々と頭を下げると、優しい声が降ってくる。
「いや、役に立てたようで何より」
「助かりました」
「そうか」
それだけ言って、彼は去っていき、席に着く。
ふう疲れたと席に着くと、椅子の下に置いていた水筒から水を飲む。
「お疲れ様です、レリンサ様」
「本当に疲れました!走るのってあんなに大変なんですね」
「なれると楽しいですよ」
ヘレナが微笑むので、うふふと笑う。
「そうしたら、いつか一緒にオーリック男爵領で走り回りましょうね!」
「……っ!はいっ!」
「海風を浴びながら走るのっていいですよね」
前世では海が好きだった。よく行ったものだ。
今は海まで行くのが遠く、なかなか行けない。
「海、好きなんですか?」
「はい」
「そうですか」
あ、お手洗い行きたいな。
アレックスもユリウスもルロヴェネーゼもいない。ティニアシアがこちらを見ている。
「お手洗い行ってきます」
「僕も一緒に行くよ」
隣で聞いていたティニアシアが言い出し、ぎょっとする。
でもまあいいか。
「一人は危険だから」
「うん。じゃあ一緒に行ってもらおうかな」
ヘレナはこの後の競技にも出る。本当は女性に付いてきて欲しいがまあしょうがない。
運動場近くのトイレに向かい、清潔なトイレで用を足し、外に出ると軍人4人がトイレにいた。
うん。4人も?
「レリンサ・アルジェリーか?」
「はい」
そう返事をすると力強く腕を掴まれ引きづられる。
「離してください」
周囲には誰もいない。いやティニアシアは?
気づくとティニアシアも捕まえられていて、軍人を睨んでいる。
「友達が痛い目を見るぞ」
そう囁かれて、ごくりと喉を鳴らす。
どうしよう。
悩んでいる間にもずるずると引きずられ、人目のつかないところまで連れてこられる。
筋骨隆々の軍人に引きずられ腕が痛い。そんなことを考えていると壁に放り捨てられる。
「さて、じゃあ、誰から始める?」
嗜虐的な表情に寒気がした。




