20:養子縁組
8時に校門に集合して馬車でアルジェリー家の屋敷に向かう。
「その突然行って、失礼じゃないだろうか」
「貴方の自宅になるんです!今から遠慮しちゃだめですよ!」
顔色の悪いアレックスをそう勇気づけているうちに屋敷に着く。
アレックスは私をエスコートしてくれて、穏やかに微笑みあう。
執事がやってきて私を見ると優しく微笑む。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま。今日はお父様とお母様にお話があって帰ってきました」
「はい。お二人ともいらっしゃいます。来賓室の方がいいですか?」
「うん」
「それでは、ご案内を」
従僕が私たちを案内し、家令が父と母を呼びに行く。
来賓室で紅茶を飲んでいると父と母が遠慮なく入ってくる。
ソファからアレックスが立ち、それに倣って私も立つ。
「お帰りなさい、レリンサ」
「はい。ただいま戻りました」
「学園は上手くいっているかい?」
「はい。でも勉強の出来がいまいちです」
そう言うと父はわっはっはと笑いソファに座り、母も座る。
席を勧められて座り、対面する。
「勉強なんて適当でいい。無理をすることじゃない」
「でも」
「あらあら、いいじゃない。気にしない気にしない」
母は大らかに笑い紅茶を飲む。
「隣の彼はお友達かな?」
水を向けられてびくっとしてアレックスはソファを立ち、頭を下げる。
「アレックス・ワカツキと申します、閣下」
「緊張しなくていいよ。お友達なんだろう?」
アレックスに座るように父はジェスチャーをしてアレックスが座るのを見て、意を決して口を開く。
「あのっ!」
「なあに?あ!何か欲しいものがあるの?」
欲しいという点では欲しい。
なので力強くうなずく。
「はい!」
「なにかな?レリンサがわがままを言うなんて嬉しいね」
父も母も嬉しそうに頷き、次の言葉を待っている。
ごくりと喉を鳴らし、唇を舌で濡らし、じっくりと慎重に言葉を選ぶ。
「あのっあのっアレックスを養子にしてほしいんですっ!」
父も母もこの言葉は予想していなかったのかピタリと止まり、カップをソーサーに置く。
「アルジェリー家の?どうしてだい?」
あらかじめ言ってもいいと言われていた言葉を吐く。
「あー……ワカツキ家で虐待を受けていて、このままじゃ殺されてしまいます」
父は難しい顔をしてこちらを見た。
「アレックス君と3人で話せるかな?」
「えっ!その」
「大丈夫。悪いことをしたいわけじゃないんだ。彼の話を直接聞きたい」
父がそう言いアレックスを見る。
アレックスは頷き、私も頷く。
「私は自室に戻ります。アレックス!頑張ってね!」
「ああ」
◆
自室に戻り、冷淡なメイドをそばに置き部屋をうろうろする。
ダメって言われたらどうしよう!このままじゃアレックスが死んじゃう。
今からでも乗りこむか!?
「落ち着いてください」
「でも、でも」
「紅茶をどうぞ、お嬢様」
テーブルに紅茶が置かれる。
ごくりと喉を鳴らす。
確かにここで焦ってもしょうがない。
数度深呼吸をして席に着く。
そして、紅茶を飲み、息を吐く。
「大丈夫ですよ」
「本当?」
「知りませんけど」
「……」
こういう子だよ!いいけどさ!
扉が叩かれる。なんだ!話がもう終わったのか!
そわそわしているとメイドが扉に向かう。
そして、いったん扉を閉め、こちらに来る。
「エルリシア様です」
「通して!会いたいわ!」
「はい」
扉が開けられ、満面の笑みの弟が現れる。
「エルリシア!会いたかったわ!」
席を立ち頭一つ分背の高いエルリシアをぎゅっと抱きしめる。
「本当ですか?」
「うん」
にこにこと笑い体を離す。
「一緒に紅茶でもどう?」
「いいですね」
和気あいあいと心配事を一旦、心の隅に置きティータイムを楽しむ。
そろそろ昼ごはんかなと言うくらい話し込んでいると扉が叩かれる。
メイドが扉を開け、用件を聞く。とそのまま扉を開き切った。
「レリンサ」
「!お父様!お母様!」
慌てて席を立ち、扉に向かう。
どうなっただろう。養子にしてくれるかな。一大決心なのは分かってる。
甘えたことを言っているのもわかっている。でも、見捨てることはできない。
「これから私はワカツキ家に行ってくる」
ぎょっとして手を挙げる。
「わ、私も行きます!」
父は苦笑し、私の頭を撫でた。
「大切な話だ。汚い話もする。レリンサはお家にいなさい」
「平気です!」
「アレックスが平気じゃない」
「っ!はい……」
また自分のことしか考えてなかった。反省。
「アレックスの兄弟はお兄様だけですか?」
「ああ、そうだよ」
「……」
「何を言いたいかは分かるが、兄君はもう成人して家を出ているそうだ。帰ってくることもない。縁も切っているらしい。だから心配する必要はない」
「そ、そうですか」
危うくアランも養子にと言い出すところだった。もはや言ったも同然だが。
「見送ります」
「うん。そうしてくれると嬉しいね」
歩いてエントランスまで行くとアレックスが手持ち無沙汰に立っていた。
こちらに気付くと背筋を伸ばす。
「あ……レリンサ」
顔色の悪いアレックスにたたた、と走り寄って手を力強く握る。
「怖いと思うけど……お父様が一緒だから、その……」
「怖くない。いつものことだったから。昨日は特別酷かったんだ。君を傷つけたから」
「アレックス」
ぎゅっと抱き着くとアレックスは手を彷徨わせ、慌てたように私を引きはがした。
「あ、あまり男性に抱きつくのは」
「でも兄妹になるのでしょう?」
きょとんとしていうとアレックスは顔を真っ赤にして俯かせる。
うん?体調悪いのかな。
あんな酷いことをされたんだもの体調も悪くなるわよね。
「ま、まあその話はあとでだ。昼食を食べなさい」
「はいお父様。いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げる。
2人が玄関の扉を出て行ったのを感じ、頭を上げる。
「上手くいきますように」
◆
昼食を食べ終えてエルリシアの勉強を見ていた。うん。本当に見ていただけだが。
「エルリシアはお姉様と違って頭がいいわね。偉い偉い」
よしよし頭を撫でると金の目を瞬かせてにっこりと笑った。
「うん!」
可愛いなあ。学園に通うようになったらモテモテかな?
「はあ」
でもなあ。気になるなあ。大丈夫かなあ。
溜息出ちゃうぜ。
「レリンサお姉様」
「なあに」
「あの、アレックスって方は何ですか?」
「ああ!お兄様になるかもしれない方よ」
家族が増えるって嬉しいわよねと言うと微妙な顔をされる。
「僕にはお姉様がいればそれだけで十分です」
「あらあら!可愛い!」
なんて可愛い弟だろうか!
愛おしくてぎゅっと抱きしめると背中に手が回ってくる。
「お姉様もエルリシアが大好きよ!」
「はい」
そんなことをしていると扉が叩かれた。
冷淡なメイドがエルリシア付きのメイドを制して扉を開ける。
二言三言話し、扉を閉めこちらに来る。
「おふたりに旦那様と奥方様がお話がと」
「はい」
2人で返事をして扉を開けると家令が立っていた。
家令はお辞儀をしてそれから着いてくるように言った。
着いていった先は来賓室だった。
家令が扉を叩き、中から返答があると扉を開ける。
「お2人をお連れしました」
「ああ、レリンサ、エルリシア」
父は朗らかに笑い部屋に入ってソファに座るように言う。
アレックスはすでにソファに座っていた。
顔色はいい。ただちょっと気まずそうだ。
その隣に座り、私の隣にエルリシアが座る。
メイドが紅茶を置く。
「どうでしたっ!?」
勢い込んで聞くと父は苦笑した。
「落ち着きなさい。さ、紅茶を飲みなさい」
「はいっ」
紅茶を飲み、ソーサーにカップを置き、目を見開く。
「これはとてもデリケートで難しい話だということは理解しているね」
「はい」
ダメだったのかな、と顔を俯かせると父はちょっと笑った。
「アレックスをアルジェリー家に迎えることにした」
「ワカツキ家は」
「納得させた」
ばっとアレックスを見るとさっと目をそらされる。
何したんだ?
「どうやって?」
虐待する親と言うのはストレスの発散に子供を使うことが多い。
そのため手放すことはなかなかない。
どういう手を使ったら加虐者から被虐待児を救い出すことができたんだろう。
「まあ汚い手を使った」
「あら」
あらあら。
「これでアレックスはうちの子だ。王城にも学園にももう手紙を送った。月曜日からはアレックス・アルジェリーだ」
ぱっと笑い。隣のアレックスに抱き着く。
「やった!やった!アレックスお兄様!!」
おずおずとアレックスの手が私の背中に回る。
背中に感じる熱に嬉しくなる。
「君はそれでいいのか?」
「何がですか?」
「君を傷つけた」
「私、ちっとも傷ついてません!それより、私のことが嫌いだったんじゃないんですか?大丈夫ですか?」
「……っ嫌い、じゃない」
「嬉しい!」
ぎゅうぎゅう抱きしめ胸に顔を押し当てる。
「毎週末この屋敷に帰ってきてくださいね」
「君は?」
「私は治療院のお仕事があるのでなかなか帰ってこれないと思います」
「治療院には俺もついていく」
「え、でも。家族っていいですよ。遠慮しないでください」
今まで受けてきた傷を癒すには親の無償の愛情が必要だ。
傷を治したい。
体を離し、正面から見据える。
「土曜日と日曜日はゆっくりと家族団らんしてください」
「いいや。治療院だって安全じゃないんだろう?」
「……」
安全じゃない。治療院で暴力事件は多数発生しているし、私も数えきれないほど被害を受けている。
それでも護衛を置かないのは威圧感があるからだ。それでは患者が安心して治療を受けることが難しい。
「だったら、もういっそ屋敷から通われては?」
「い、いや寮で過ごす」
まあ学園の決まりだししょうがないか。
「治療院では勉強できませんよ?」
「大丈夫。早起きするから」
柔らかく微笑むアレックスに父が話しかける。
「もう成績を気にする必要は無いよ」
「ですが、軍人になりたいので」
「あ、そうか。じゃあ、無理しない程度にね。うちは軍にはコネが少ないから」
軍人として最短で将校になりたければ2年間軍学校に通う必要がある。
よほど、そうだな軍が目をつけて垂涎レベルの実力がない限りは。そこまで実力があると冒険者でも軍に推薦される。ただ、そこまで実力がある冒険者はひとの話を聞かない。
「明日からいろいろ噂が流れるだろうから、今日はもう帰りなさい」
「え、あ、はい」
「閣下」
「お父さんだ。パパでもいい」
「……父上。ありがとうございます」
「自分の子供にありがとうと言われるのは親の誉。存分に感謝してくれ」
おどける父にくすりと私は笑い、アレックスは恥ずかしそうに笑った。
エルリシアもにこやかにアレックスを見て、微笑む。
「エルリシアです。お兄様」
「よろしく」
戸惑い気味にアレックスはそう挨拶し頭を下げた。
それを見てぱっと笑う。
「3人兄弟ね!」
仲良くしようと2人の手を取って3人で手を合わせる。
「どんな困難も跳ねのけるわ!」
打倒断罪死刑!!




