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2:クルスク侯爵家でお勉強


あああああああ失敗した!

婚約はそのまま取り決められティニアシアは婚約者になった。

これで学校に通うようになって主人公(ヒロイン)がティニアシアを選んだら、断罪死刑は確定になった。

いやだああ。神様どうにかして!

ベッドで赤い髪を振り乱しのたうち回る姿を見たメイドが冷淡に問うてくる。


「ティニアシア様との婚約がお嫌ならすぐに拒否しますか」

「い、いやそれは」


流石に純粋な子供を突き放すこともできない。

どうしようどうしようと頭がぐるぐるする。


ずるをしたがばっかりに断罪死刑が近づく!


こんこんと扉が叩かれた。

メイドが扉を開け、そのまま閉めるとこちらに近づく。


「エルリシア様です」

「まあ、通して!」

「はい」


長すぎる赤い髪を何とか整えてベッドから降り、待つ。

扉が開かれ赤い髪の少年が金の目をぱちぱちと瞬かせて満面の笑みを浮かべる。


「レリンサお姉様」

「エルリシア。どうしたの?」

「お姉様に会いたくて」

「まあ、可愛い」


思わずぎゅうぎゅうと抱きしめると弟もまんざらでもない顔で抱きしめ返してくれる。


「お姉様は婚約したんでしょ?嫌なの?」

「い、嫌じゃないわ!」


雄たけびが外まで聞こえていたか。


「でも」


と荒れたベッドを見られる。


「嫌なら、僕が父上に言うよ!」


ふんふんと鼻息荒い弟の髪をさらさらと撫でる。


「いいのよ。この婚約でアルジェリー侯爵家も繫栄するし、いいこと尽くめだわ」

「お姉様を政略結婚の駒にするなんて」


憤慨したように弟はだんだんと足踏みする。


「貴族の家に生まれたんだから当然だわ。いいのよ」

「好きでもない男と結婚するの!?僕と結婚して!」

「兄弟では結婚できないのよ」


よしよしと頭を撫でると顔を真っ赤にした弟は口を尖らせる。


「お勉強はできてる?」

「うん」

「魔法の訓練も順調って聞いてるわ。お姉様とは大違いね」

「父上はいつもお姉様を頼りにしてるよ」

「まだ10歳だけどね」

「どうせなら、お姉様が家を継いだらいいのに」


おっと弟の地雷を踏んだか。

だから違うんだ。ずるなんだ。ただの10歳や9歳はこんな風に領地運営や法の整備なんてできやしない。


「貴方には貴方のペースってものがあるわ。焦ってもしょうがない」


9歳の弟には10歳の姉が大人びて見えるというレベルの話ではないだろう。何せ父親と対等に話し、領地運営を手伝い、領内の設備や法の話をいくつもしている。


「お姉様」

「お勉強は大切よ。貴方を助けてくれるわ」

「はあい」


そう言って弟は部屋から出ていった。

それを笑顔で見送り、扉が閉まると同時に肩を落とす。


「はあ、私も勉強頑張らなきゃな」

「レリンサ様は勉学よりも領地経営の勉学の方がよろしいかと」

「あはは、ありがとう」


別に領地経営に興味はないけどな。

街にも村にも交番などの設備も整えてアルジェリー侯爵領はかなり治安がいい。

ただ交番にいるのは警察ではなく、軍人だが。

メイドは暗い顔をした私に気づかわし気だ。


「あまり根を詰めすぎませんよう」

「でも、勉強が苦手なのは事実だし」

「旦那様にもその話は通ってます。そろそろ何かいい手が来るかと」


その日の夕食の席で父が言う。


「勉強についてなんだが」

「はい」

「一緒に勉強する友達がいればいいとおもんだ」

「はい」


なるほど、友達……はいないが、兎に角誰かと一緒なら勉強もはかどるだろう。


「そこでクルスク侯爵家のご子息が同い年だ。明日、行ってきなさい」

「はい」



翌日。ドレスを着て勉強道具をまとめでカバンに入れて、意気揚々と馬車に乗る。


「クルスク侯爵家か」


攻略対象にいたかなと考えつつ馬車が停止した。

どちらにせよ王都に屋敷を持つ数多い貴族の一つであり、その財を多くひけらかす広大な屋敷を持っていた。


「お嬢様。クルスク侯爵邸です」

「はい。ありがとうございます」


立派な屋敷の前に立ち、凄いなと思う。

色とりどりの薔薇があちこちに植わっており目にも鮮やかだ。

あまりの美しさに唖然としていると執事がやってきて、丁寧にお辞儀した。


「レリンサ様でしょうか」

「はい。そうです。よろしくお願いします」

「こちらです」

「はい」


薔薇の庭園を歩いて進み、不意に真っ赤なバラ色のドレスに身を包んだ美少女が飛び込んでくる。


「レリンサ様?」

「あら、はい。そうです」


きらきら輝く銀髪に紫の瞳。う、美しい。絶世の美少女ね。


「今日は勉強会!私はユーリ。よろしく!」

「よろしくお願いします、ユーリ様」


手を差し出されて握り返す。

ユーリなんてキャラいたっけか。

まあここは現実世界なんだし、知らない人がいてもおかしいことはない。


ん?勉強会はクルスク侯爵家のご子息とじゃなかったか?

妹か?


まあいいか。

ユーリは色々話してくれた。

薔薇の庭園が大好きなこと、ドレスはメイドの手作りであること。


「凄いですね。ドレスが作れるなんて」


純粋に驚いてそう言ったら、彼女は驚いて目を見開き、目をそらした。


「ちょっと事情があって」

「そうですか」


あらあら、どうしたのかしら。

まあいいか。


「良いドレスですね。可愛らしいですよ」

「似合ってる?」

「似合っておいでです」

「えへへ、ありがとう」


立派な玄関を通り、長い廊下を渡り、一つの部屋にとおされる。


「では」

「はい。ありがとうございます」


中はテーブルと椅子が3脚。2脚とテーブルと面と向かって1脚が置かれている。

ユーリは2脚側の1脚に座るとにこにことこちらに顔を向ける。


「レリンサ様はこっち」


隣の椅子をバンバンと叩かれ、そっと座る。


「ああ、もういいですか?勉強会ですよ」


気だるげな20歳くらいの青年がやってきて着席している2人を見て頷く。


「ディラン・リシュリューです。じゃあ始めます」


ごふっとせき込む。

ディラン・リシュリュー。

茶髪の気だるげな教師として学園に出てくる8大貴族の一角を担うリシュリュー公爵家の3男の青年だった。もちろん攻略対象である。見麗しい。



勉強がつらい。でも友達出来るかもしれないと思うとちょっと楽しい。

ユーリはまじめに受けておりノートに必死にメモを取る。

自分もせっせとメモを取りノートはもう何ページにもわたる。

先生もわかりやすく勉強を教えてくれる。


「ディラン先生!ここがわからないです!」


ユーリがはいはいと片手を挙げて片手でノートを指さす。


「んー?ここはこうだ」

「はーい」


ユーリは優秀だ。頭いいんだなあと思いつつ自分のノートを読み返す。

要領を得ていない。単語が羅列されている。


頭悪いな私。


「どこがわからないんだ?」

「え、あ」


全体的にわかりませんとは言えない。

歴史なんて一切脳みそに入ってこないし。


「……まあ、10歳ならこれくらいだ。余り気落ちするな」

「はい、ありがとうございます」

「魔法なら得意か?」

「魔法もちょっと……」

「そ、そうか。魔法なら俺ももっと詳しく教えられる。コツがあるんだ。座学はこれくらいにして中庭に出るか?」


体を動かしたいし、それもいいなと思って頷き、席を立ち、ユーリのドレスの裾を持つ。

執事が外に出て行ってそれを見届ける。


「お外出てもいい?」

「え、あ」


彼女は顔を青ざめさせ俯かせる。

それと同時ごろに乱暴に扉が開けられた。


「ユリウス!」


そう叫んだ厳しそうな男はユーリを睨む。

呼ばれたユーリは顔を俯かせたまま、そっと私から離れる。


「またそんな恰好をして!男らしくしろ!」


男!?それにユリウスという名前には覚えがある!攻略対象だ。

ユリウス・クルスク。

絶世ともいわれる圧倒的な美貌で女性を食っては捨て食っては捨てを繰り返す。生粋の遊び人。


現れた男は父親だろう。ユリウスの前に立つと拳を振り上げる。

それを見過ごせず、割って入る。

直後に頬に凄まじい衝撃が走った。

頬が熱を持ち、じんじんと痛む。成人男性に殴られたにしてはまあ、痛くないほうだろう。


「れ、レリンサ様!申し訳ありません」


男はそう言って謝り、執事に指示を出す。

クルスク侯爵家は8大貴族じゃない。家の格は間違いなくアルジェリー侯爵家の方が上。

ここでのレリンサへの非礼は貴族としての進退を決めるほどの物である。


「ご子息を殴るおつもりだったんですか!?」


そんな覚悟決まった謝罪より私は怒鳴る。

口ごもる男を睨み、さらに口を開く。


「大体男らしいことを望むなら、安易に暴力に訴える手段を変えてください」

「これは家の問題で」

「そうでしょうね。家の問題ですとも。家の体質の問題です」


執事が部屋に戻ってきて氷嚢を手渡してくる。

感謝と共に受け取りそれを頬に当てて、きっと睨む。


「そもそも男らしいって何ですか?」

「そ、それは剣を嗜んだり、狩りに出かけたり。経営について学んだり」


もごもごと言う男の腹のあたりをつねる。

大してつまめなかったがもごもごと言い訳をする男は口を噤んだ。


「それは貴方が息子にしてほしいことですよね。男らしいとかもっともらしい言い訳を使って思い通りにしたいだけですよね」

「そんなことは」

「ならなぜ大切な息子の言葉に耳を傾けないんですか?」

「侯爵家を継ぐには男らしくあるべきだ!」

「だから!男らしいって何ですか!!」


氷嚢を床にたたきつけて怒鳴る。


「ズボンはいてりゃ男らしいですか!?それなら私は今日からズボンをはいて男として生きます!狩りにも行きます!剣も習います!」


そう宣言すると案外良い案な気がしてきた。どうせ頭もよくないし。

そうしたら、断罪死刑もなくなるし、この鬱陶しいほど長い髪ともおさらばだ。

狼狽えるクルスク侯爵を睨み上げ、ドレスをびりびりに破く。

流石にディラン・リシュリューが彼からしたら小さな私の手を両方とも包み込んで止める。


「止めろ」

「男らしいっていうのは!誰かが押し付けるものじゃない。ある日灯った炎を守ることを男らしいというんです!ドレスを着ているのを男らしくないと見えるなら、貴方の見る視点が悪いんです!」

「レリンサ」


ディランの咎めるような言葉を無視してクルスク侯爵を睨む。


「男だろうとドレス結構!可愛いものが好きで何が悪いんですか。誰かに迷惑を掛けましたか。男らしくないというのは貴方の方ではないですか!息子の言葉も聞かず、嫌がることをさせようとして。貴族なら貴族らしく貴族の義務さえ果たせばいいでしょう。勉強が嫌だと言っているんじゃなんですよ。魔法の訓練が嫌だと言っているんじゃないですよ。好きな格好をしたいと言っているだけなんです。それを恥ずかしいと思う貴方の方が恥ずかしい!」

「だが、他の貴族がどう思うか」

「大切なのは外聞ですか」

「当然だ!」


熱のこもった溜息をこれ見よがしに吐くとクルスク侯爵を見上げる。


「外聞より家族を大切にするべきでは」


ぐっとクルスク侯爵は押し黙る。

それは言葉を探している様で怒りを抑えているようにも見えた。


「……」

「難しいことですか?」

「息子は待望の男児で……」


ああ、確かユリウスには姉が3人いる。


「お姉様方に、これ見よがしに息子に厳しくするのが“男らしいこと”ですか。随分女々しいですこと」


鼻先で嗤うとクルスク侯爵はカッと顔を赤くした。


「わ、私は領民を守る義務がっ!」

「義務結構。外聞結構。ですが、お忘れの様ですが、“彼女”はユーリは家族ですよ。貴方の家族です」

「貴族なら家族の情も」

「そう言って、思うままにコントロールしたいだけでしょう」

「き、貴族なら、貴族なら……」

「ですから」


狼狽えて銀の髪を振り乱すクルスク侯爵にそう言ってユーリを振り返る。

彼女はドレスを掴んで顔を真っ赤にしていた。

潤んだ紫の瞳がこちらを見る。

その手を取って一歩前に進ませる。


「何にも代えがたい貴方の家族です。それを前提にすべてを考えてください。たった一人だけの子どもなんですよ。貴方の家族です。大切な大切な」


ヒールが鳴る音にはっとしてクルスク侯爵はユーリを真正面から見た。

そして膝から崩れ落ちる。

その丸まった背中を見ながらユーリは言う。


「もう、ドレスは着ない」

「え」

「え?」


きょとんとユーリを見ると彼女はこちらを見て清々しく笑う。


「真剣に僕のことを考えてくれるヒトが現れたから。でもドレスを集めるのは趣味の範囲で続けていい?」


そう父に問う顔は無邪気そうな少女の物ではなく、聡明な少年の物だった。


「あ、ああ。部屋の準備をしよう」

「い、いいの?」

「うん。着替えてくるね。魔法の訓練をしようか」


執事が扉を開き、メイドが黙ってついていく。


気まずい。

あれだけ啖呵切って、当の本人は満足していたというのは恥ずかしい。

飛んだお笑い草だし、なんとも自分のことしか考えていない私が恥ずかしい。

独りよがりだ。

部屋に一人ならもんどりうっているところだ。


「く、口が過ぎたようで、申し訳ございません」


頭を下げる。

クルスク侯爵は立ち上がって、穏やかな顔を見せてくれた。


「いや。こちらこそ、おかげで目が開けた心地だ。そうだな、4人とも特別な私の子どもだ。どうしてそれを忘れてたんだろうか」

「そう、そうですか?」


何が響いたんだろうか。分からんが、マイナスにならなかったのは良かったかもしれない。


「あの子の好きなようにさせよう。ありがとう」

「え?あ、はい」


クルスク侯爵はそう言って部屋から出ていった。

ボロボロになったドレス見下ろして何をそんなかっとなっていたのか恥ずかしく思う。


「クルスク侯爵を説得するなんて凄いな」

「先生」


ディランはそう言い手を離した。


「10歳でしっかりとした意見を持っているなんて凄いな」

「ははは」


乾いた笑みを浮かべて肩を落とす。


「……後で怒られますかね」

「悪口を言ったわけじゃないんだ。怒られそうになったら、俺も証言するよ」


どうかな。ディランは気怠い人物だ。面倒なことはしないだろう。

ゲームではそうだった。よく教師になろうと思ったな。


帰って来たユリウスは髪はポニーテールに纏められ、ズボン姿の貴族子息だった。

ドレス似合ってたのに。まあ、本人がいいというのであればいいんだけど。


「お待たせ。じゃあ、魔法の訓練しようか」

「うん」




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