19:それでも
通されたいつもの治療室にそのままの恰好で座る。
「その格好で?」
「一人で着替えられないので」
「甘えたが」
「すみません」
何せコルセットを装着しているのだ。これは外せないとなると下着も脱げない。
下着はペチコートを全部巻き込んでいるからとてもじゃないがひとりでは着替えられない。
なのでドレスで治療をするしかない。
最初に連れてこられたのは腕が切断された冒険者だった。
「仲間の治癒師では止血が限界で」
「すぐ元通りになりますからね。〈光陣〉」
実際、魔法を唱えると光ったと思ったら腕が生えていた。
「わっ!流石赤の聖女様」
冒険者は涙ぐんでいた。死活問題だっただろうから、今日治療院に来てよかった。
「よかったですね!清算をお願いします」
「ありがとうございました!」
それからはずっと治療をしていた、たまに血まみれになったりもしたが生活魔法で綺麗にした。
昼食の時間がとうに過ぎ、13時くらいに看護師の一人がサンドイッチを2人分持ってきてくれた。
アレックスは戸惑ったようにサンドイッチを受け取り、食べる。
ここのサンドイッチ、シンプルで美味しいんだよね。
食べ終わった後で皿を回収され、その際にアレックスが私に話しかける。
「あんな凄惨な傷を見て食欲がわくものなのか」
何を言っているのだろう。治さなければならないのならそんなこと言ってられない。
「ワカツキ様。軍人になったら、もっと凄惨な現場に行くことになりますよ」
「……」
誰のかわからない足、手、内臓、それが10数人分。
私でさえ見たのだ。軍人ともなればこの比じゃないだろう。
「君に言われなくてもわかっている」
「そうですか。すみませんでした」
まあいらぬ説教だったな。
それから18時まで治療を続けた。
アレックスはただ黙ってそれを見ていた。何が楽しいんだろう。
時計を見て、席を立つ。近くに立っていた看護師がそれに気づき、近寄って来た。
「お帰りですか?」
「はい」
「お疲れ様です。聖女様」
「ははは。お疲れ様です」
聖女呼びにアレックスがぴきりと青筋を浮かべるのを見て慌てて治療院を出る。
「辻馬車を呼びますか?」
「いや。俺は屋敷に帰るから」
「そうですか。月曜日にお会いしましょうね」
「……いつも、あんなに魔力を使っているのか?」
「はい。今日は少ない方でしたよ」
「そうか」
彼はそれだけ言って去っていった。
私は辻馬車を捕まえて学校に戻り、使用人の手を借りて制服に着替えて図書館に向かう。
勉強!勉強!
図書館に着き参考書を手に取り宿題を取り出す。
閉館は20時ちょっとでも勉強をしなければ!
「アルジェリー嬢。休日のこんな時間にお勉強ですか」
「ダグさん」
あれ、レアキャラ出てきたな。珍しい。どうしたんだろう。
「崖から落ちてけがをしたと聞いて」
ああ、ダグラスも軍人だし2人の上官だから情報が上ったのか。
「はい。この通りなんともありません!」
ぱあと笑うとふっとダグラスが心底おかしそうに笑い、私の頭を撫でる。
「怖かったのでは?」
「落ちるときは怖かったですけど、まあ10mくらいだったので!落ちた後もわざわざワカツキ様が下りてきてくださったし、ディラン先生も合流して安心出来ました」
「そうですか」
温かい大きな手が頭から離れダグラスは隣に座る。
「何のお勉強ですか?」
「今日は錬金術です。宿題はできるんですけど実地がダメで」
「ああ、なるほど」
ダグラスが何かを話そうとした瞬間、とげとげしい声が聞こえる。
「誰だ?」
「ティニアシア!こちら、用務員のダグさん。ダグさん、友達のティニアシアです」
ふたりはにこやかに握手をして手をすぐ離した。
「お友達に教えてもらうといい」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いやいいんですよ。勝手に気にしただけですから」
それじゃあとダグラスは去っていき、ティニアシアが隣に座る。
「なあに?」
ニコッと笑うとティニアシアもニコッと笑う。
「ワカツキと軍の施設に行ったって本当?」
「ワカツキ様のお兄様と一緒だったわよ」
「楽しかった?」
「うん。やっぱ普段入れないところだし、医務室でちょっとお手伝いもできたし」
「仕事で行ったわけじゃないだろう?」
「それはそうだけど、困っている人がいるなら放っておけないでしょう?」
曖昧な顔をされた。
「勉強なら食堂で教えるよ」
「え、でも」
「まあまあ」
◆
あれから大食堂でティニアシアが唸りながら勉強を教えてくれた。
分かりやすく嚙み砕いて勉強を教えることの辛さを噛みしめていることだろう。
さあ夜の勉強をしようと机に向かっていると部屋の扉が叩かれる。使用人が扉を開けた。
「……いえ、ですが」
「なあに?」
渋るような声に私は気になって声をかける。
「ああ、あの。急患です」
「なら行くわ。制服でいいかしら」
「学校の医務室にいるので」
「あら、学園で何かあったの?」
「いえ、寮に帰って来た生徒が体調を崩して……ひどい傷を負っている様で」
「怖いわね」
そんなことを言いながら学園のメイドの後をついて学園の医務室に向かう。
「こちらです。外でお待ちしております」
「はい。ありがとうございます」
医務室に入ると学園の医者がやってきて心底助かったと顔に書いてある。
「本当にひどい傷で……生徒なんです」
「あらまあ。すぐに治癒します」
「ありがとうございます、アルジェリー様」
「いえいえ。当然のことですから」
医者に通されたベッドに横たわっていたのは顔色が土気色になっているアレックスだった。
「なんで……」
彼は屋敷に行くと言っていた。
なのになぜ怪我をしている?
防御した痕はあるが、攻撃した痕はない。なら、相手は無傷だ。
上半身は裸で呼吸に異音が混ざっている。多数の打撲痕に刃物で浅く傷つけられている。
時折苦し気に呻くアレックスにはっとして魔法を唱える。
「〈光輝〉」
両手を当てて魔法を唱えるとアレックスは目を覚まし、呼吸もゆっくりと穏やかになった。異音もなくなった。
「大丈夫ですか」
目線を彷徨わせアレックスは私をとらえると激昂した。
「お前なんかっ!お前さえいなければ!!汚らしい売女がっ!!俺にも恩を売ったつもりか!」
何を怒っているんだろう。多分屋敷で何かあったな。
傷の具合はまるで、いや、確かに確信を持って言えるが、鞭で打った痕と無数の打撲痕。
そのうちのいくつかの打撲が内臓を酷く傷つけたのだろう。
なら私に言えることはひとつ。
「虐待を受けているのであれば、貴方は学園から出るべきではありません」
自分が上半身裸であることに気付いたアレックスは青ざめる。
「俺は、俺は悪くない。俺のせいじゃない」
「はい。虐待は貴方のせいじゃありません」
そう言うとどんと突き飛ばされる。たたらを踏んでカーテンを巻き込み倒れる。
医者が驚いてアレックスを押さえつけようとしているが体格のいい若人を抑えきれない。
興奮したアレックスは怒鳴る。
「お前に何がわかるっ!お前みたいになんでも持ってる奴なんかに!!」
自己防衛のために加虐的になっているな。
私、頭は悪んだけどな。
周りから見れば恵まれている環境であることは事実だ。
私だって貴族にそれも悪役令嬢に生まれたかったわけじゃない。そこに生まれる義務は経緯はどうあれ重いものだ。
法の名のもと切り捨てた人もいる。殺した人数など数知れずだ。
命に貴賤はない。たとえその人が悪事に手を染めていて救いようがないとしても、殺したことには変わりはない。
「私は貴族です」
荒く息を吐き、顔を赤くさせているアレックスの金の目を見て言う。
寝起きのせいか、受けた暴力のせいか髪もぼさぼさだ。
「義務の代わりに権利を享受しています」
「だからどうした」
「貴方を傷つけた人は親ですか」
「……」
口を噤むということはそうなんだろうな。直接か間接かが問題だが。
「動物でも人でも家族は大切にするものです。何故、虐待を受けたんですか」
「お前に関係ないっ!」
サイドテーブルにあったグラスが私に投げられる。
勢い良く投げられたグラスはなんの障害もなく私の頭に当たった。
ぽたっと額から血が流れる。
「俺は、悪くない……あ、いや、すまない。そんな、当たるとは思ってなくて」
ぐすぐすと違う違うと泣きながらベッドの上で膝を抱え泣き始めた、アレックスの手を取る。
「大丈夫ですよ。貴方は混乱しているだけなんです。愛情が欲しいだけなんです」
虐待は心に深い傷を残す。
もし学園を卒業してまあ、それまでに私が生きていたら……いや、明日にでも父に連絡しよう。そうして、アルジェリー家で雇ってワカツキ 家から離れればいい。
アレックスは泣き続け嗚咽を漏らす。
「違う違う違う違う、俺のせいじゃない。俺は、頑張って、いるのに」
ぎゅっと抱きしめ、優しく長い髪を梳いた。
「大丈夫。貴方のせいじゃない。貴方は悪くない。貴方がいつも頑張っているのは誰でも知っている。貴方のご両親以外は」
そっと体を離すと涙をこぼしながらアレックスは首を振る。
「……分かっている。俺が悪いんだ」
「悪くないですよ」
「……」
押し黙りただ嗚咽を零すアレックスの正面に座るためベッドに上がる。
両手をとって握り、やわやわと揉む。
「ほら、あたたかいでしょう?」
「ああ」
「つらいときは逃げていいんです」
「でも」
「逃げてください。貴方が死んだら私は悲しい」
「……」
「私は勉強ができません。これでも頑張っているんですよ」
そう言って微笑むと、アレックスは涙をこぼし、苦笑した。
「卒業したら、アルジェリー家の屋敷で暮らしましょう。私と結婚しなくても貴方ほど頭がいい方が執事になってくだされば、アルジェリー家の繁栄は約束されたも同然です」
「……そんなことは」
「あ、それとも軍人になりたいですか?」
「ああ」
「そうですか。ならアルジェリー家の養子になってください。もう貴方を愛さない人物に尽くす必要は無いんです」
「育ててもらった恩が……」
涙の痕をなぞり、目に溜まった涙を掬い取る。
「虐待されてまで尽くさなければいけない道理はありません。それとも孤児院へ行きますか?」
「それは……そうしたほうがいいだろう。君を俺は口汚く罵った。崖からも落とした」
「良いんですよ。嫌いな人と言うのは誰にでも存在するものです。私は気にしてません。崖から落ちたのは自分のせいです」
それにと口を開く。
「アルジェリー家に来ていただければ本当に助かりますから」
「……アルジェリー家に迷惑をかけるわけには」
「いいじゃないですか。子供なんですよ。迷惑かけて当然です」
朝方訓練場でそう言われたので胸を張ってそう言い切った。
「考えさせてくれるか?その、都合がいいのは分かっているんだ。君を傷つけたのに」
「私は傷ついていません。大丈夫ですよ。私、鈍いので」
アレックスは顔を真っ赤にして私をベッドから降ろす。
「ありがとう」
「あ」
「どうした?」
どこか恐々と聞いてくるアレックスに聞く。
「誕生日いつですか?」
「7月だが」
「じゃあ、うちの養子になったら、お兄ちゃんですね。私、弟がいるので3兄弟です」
「……そうか」
アレックスがはにかんだのを見て、安心してにこにこと笑った。
「アレックスって呼んでもいいですか?」
「あ、ああ」
「私のことはレリンサって呼んでください」
「……いいのか?」
「はい!」
「レリンサ、ありがとう」
「どういたしまして、アレックス」
手を取って、ぎゅっと握る。
「明日はアルジェリー家の屋敷に行きましょう!お父様とお母様にお話ししなくては!」
「い、いや。考えなくては」
「良いじゃないですか!お話を聞いて、それから考えてもいいんですよ!」
アレックスは曖昧な顔を見せたが、ぐーと手を引っ張ってねだる。
「ねっねっ!善は急げですよ!」
「わ、分かった」
よっしゃ!アレックスを地獄から救うぞ!
アレックスはゲーム内では名前も出てこない人物だ。干渉しても問題ないだろう!
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