18:軍の施設
5時に起きて6時30分まで寮で勉強。
そこから朝食を食べて、7時30分には図書館が開いているので図書館へ推しとの憩いの場に向かい勉強。
それでも成績はいまいちだった。
ふっこれじゃあ教師と寝ていると言われてもしょうがないな。
来年2月の千年祭を待って断罪死刑になるより先に社会的に死亡しそうだ。
山登り以降1度だけ朝、アレックスがいたことがあったが口汚く私を罵っていたのを私がそうですかと右から左にスルーしていたら煩いとイルトヴェガーナにアレックスが追い出されたことがあった。
追い出されたアレックスは憤慨していたが、それ以降来なくなった。
実際助かる。土曜日まで5時起きをしてもダメだったんだ。アレックス。すまないが君に割く時間が惜しい。
まあ、いいか。気楽に考えよう。授業で本気で危険なのは錬金術くらいだし。
星見なんかは優しい。レポート提出だけでいい。ちょっとポエムぽく書くのがコツだ。先生のウケが違う。ウケが違うと点数も違ってくる。
迎えた土曜日ドレスに着替えて静々と9時ぴったりになるように校門に向かう。
校門にはすでに軍の馬車と生徒たちの好奇の目線、正装に身を包んでいるアレックスがいた。
アレックスはこちらを見て青筋を立てたが、何も言わなかった。
その代わり、その兄君はこちらを見てほほ笑む。
「赤い薔薇のように可憐ですね、アルジェリー嬢」
「ありがとうございます、閣下」
「ああ、名乗ってませんでしたね。アラン・ワカツキと申します。軍で少将の地位を拝命し、奉職しております」
敬礼をして多少おどけるような仕草をするアランにカーテシーをする。
その洗練されたカーテシーに周囲の生徒はほうと溜息を吐いた。
「これは、ご丁寧にありがとうございます。レリンサ・アルジェリーと申します」
「赤の聖女様のお名前はよく聞いておりますよ。本当に献身的に平民にも貴族にも分け隔てなく接しておられるとか」
「過分な評価ですわ。私は貴族として当たり前のことをしているだけですから」
「本当の評価ならな」
ぼそっと呟かれた毒のある言葉にアランが青筋を立てる。
「お前は何も知らないのだな」
「知る必要もありませんから」
「この愚弟が」
「閣下、ワカツキ様は慎重なだけです。軍では情報が大切。万全を喫しているだけですよ」
そう、アレックスは基本的に慎重で冷静だ。激高したり憤慨したりするのは私がらみのことである。
つまるところ、大層な噂を信じきれないし、成績も微妙な私が疎ましいのだろう。
私だって聖女の名前が欲しかったわけではない。だから、実際に見ていない人にとってはこの反応は正常なものだと判断できる。
周りが言うからそうなんだという方が信用できない。
それにしても2人とも身長高いわね。首が痛い。
「そうは申しましても、軍は何度赤の聖女様に助けられたか」
「偶然の産物です。当然のことをしただけです。褒められるようなことは何もしていません」
そう言って頭を下げると慌てた様子でアランが私の肩に手を置く。
「顔を上げてください」
「そうですか?」
「もう行きましょう。今日は中央司令部に向かいます」
ひゅー!VIP待遇だぜ!
見たかったんだよねー!軍の施設!!どんな本とかー物品とかー制服とか並んでるのを見るの楽しみだなー!
アランにエスコートされ馬車に乗る。
アランは目の前に座りその隣にアレックスが座る。
何故当然のようについてくるんだろう。怖い。何考えているんだ。
はっ!断罪死刑か!アレックスが私の首をちょんぱするのか!聖女の名を騙った罪で!
短い2度目の人生だったなとアレックスを見ながら目に涙を浮かべるとぎょっとした顔をされる。
「ど、どうした」
「え?あ、目にゴミが」
ごしごしと何事もなかったようにハンカチでこすりハンカチをカバンにしまうとアレックスは狼狽えていた。
なに?次はどうした?
「俺は……」
「悪くないか?」
呆れたようにアランは言う。
「散々罵ったと聞いている。あることないこと言い募って暴言を吐くのがお前の考える正義か」
「何故それを知っているのですか」
イルトヴェガーナか!
「罵った事実は認めるんだな」
本気で呆れかえってアランは腕を組む。
「女性を口汚く罵るなど紳士の風上にも置けない」
「こんな売女は……!」
組んでいた腕を解いてアランは隣のアレックスを唐突に殴った。
ひえ!
「な、何をなさるのですか!大丈夫ですか、ワカツキ様」
「また点数稼ぎか!」
「何を仰っているのですか!」
兎に角と魔法を唱える。
「〈光陣〉」
アレックスの頬の腫れは引き、口の端から血が流れている。
それをハンカチで拭こうとすると汚い物でも払うように手を払われる。
「……」
「あの、血が」
「自分で拭く。汚い手で触るな」
ふー!嫌われてるぜ!
アレックスは自分の胸ポケットからハンカチを取り出し、口を拭く。
アランはアレックスを見てまた拳を握ったが慌ててそれを止める。
「わ、私は怒ってませんから!」
「……まあ、確かに女性の目の前で暴力をふるうのはいけませんね」
殴る前にそれを考えてほしかった。
重い空気の中馬車に揺られた。
◆
馬車が止まり、外から街の喧騒が聞こえる。
先にアランが下りて私をエスコートしてくれる。
「お待たせしました。中央司令部です」
「わあ!凄い!かっこいい」
「そうですか?」
立派な白い建物に軍人が出入りしている。
「まずはどこからがいいですか?」
「訓練場が見たいです!」
「はい、お嬢様」
おどけた様子でそう言われ、ニコッと笑う。アランとは仲良くできそうだ。
アレックスは闇を背負っているが無視だ。相手をしているとまた殴られかねない。
いくつかの角を曲がって迷路のような施設に目が回る。
「はい、訓練場です」
「わあ!」
訓練場では魔法の的に魔法を放つ軍人や剣を振るう軍人がいた。広い。
ひとりまたひとりとこちらに気付き、敬礼をした。
が、隣に立つ私を見てぎょっと目を見開いた。
「閣下!隣の淑女は赤の聖女様ですか!?」
「見たことある。俺治してもらったことあるんだ」
「わ、赤の聖女様」
アランは苦笑し、じりじりと近づいてくる軍人たちをなだめた。
「こらこら彼女はまだ15の子供だ。距離をとりなさい」
「あ、はい」
「失礼をしました」
私を15の子供と言うのに同い年のアレックスには家族とはいえ苛烈な反応するんだな。
「閣下はおいくつなんですか?」
「私は26だよ」
「へえー」
イルトヴェガーナと同い年ってことは同級生か。そら情報は筒抜けだわな。
「イルト司書と同い年ですね」
推しの秘密の話とか聞けるかなと水を向けると怪訝な目をされる。
「……何故司書の話が出てくるのかな?」
おっと。イルトヴェガーナの話は秘密なんだった。
忘れがちだ。推しの空気を吸えることに頭にお花畑が咲いているな。
「いえなんでもありません」
「あと何故司書の年齢を知っているのかな?」
あっやばっ。
これどうしよう。
「雑談しているときに聞きました!」
苦しいがこれで通すしかない。イルトヴェガーナは基本的に雑談などしないが。
ワンチャンあるから!これで逃げれるかもしれないから!
アランは納得したようなしてないような顔をして曖昧に頷く。
「そうか」
「ここの皆さんの傷を治しましょうか!?」
名案だとばかりにそう言うと横でアレックスがぼそっと呟く。
「点数稼ぎ」
ぴきりとアランのこめかみに青筋が浮かぶ。
やばっ!また殴られるよ、アレックス!何故余分なことを言ってしまうのか!!
「赤の聖女様が治してくれるって」
「治さない。赤の聖女様は見学にいらっしゃったんだ。仕事じゃない」
「はーい」
渋々と軍人たちはそれだけ言って解散し訓練に打ち込む。
「邪魔しちゃ悪いので次は医務室を見たいです」
「はい」
また目が回るような迷路を歩き医務室にたどり着く。
「ここのけが人は治しましょうか」
「え、いいのですか」
数人の軍人は医療ベッドに横になったままアランに敬礼し、折れた足や、包帯が巻かれた腹を晒している。
順番に魔法を唱えて回り、治すと感謝の言葉を向けられる。
「いえいえ、皆様のおかげでこの国は安全なのです」
「自分は平民なので」
と遠慮する軍人にも容赦なく魔法を唱える。
折れた足が動くようになった彼はベッドから飛び降り、土下座をした。
「え!いいんですよ!軍人の方が偉いのは当然なんですから!」
「こんな、平民に」
泣きながら感謝を何度も伝えてくる軍人の逞しい肩をそっと撫でる。
「貴方は素晴らしい方です。軍人として誇り高い任務に就いていらっしゃる」
「……」
彼は泣き、床に雨だれがぽつぽつと降る。
カバンからハンカチを取り出し、差し出す。
「さあ、泣き止んでください」
「すみません。すみません。軍では辛いことも多くて。でもお腹いっぱい食べられるし、故郷の家族にも仕送りを送れるし……俺、ひとりで頑張らなくちゃって」
「はい。貴方は十分頑張ってますよ。だからケガをしたんです。ご立派ですね」
「ありがとう、ございます」
「ハンカチなら私の使え」
と横からアランが出て来てハンカチを渡す。
それをぎょっとした目で見て、彼は恐縮して袖で涙をぬぐう。
「いえ……」
涙も鼻水も引っ込んだ様子で彼は立ち上がった。
「今から訓練してきます!」
「ええ……」
凄いな。骨折したのを治されてすぐ動けるのか。私は折れるのも刺されるのも慣れていたが軍人も似たようなものか?
「ガッツが凄いですね」
「軍人たるものあれくらいじゃないと」
「私には無理だなあ。骨折が治っても心理的には恐怖心が残っているはずなのでちょっと身構えるものなんですが」
「彼は頻繁に怪我をしていたので」
「ああ、麻痺しちゃってるんですかね」
痛すぎるとどうでもよくなるよね。それ危険な状態なんだけど。
まあ、軍人だしある程度の麻痺は必要か。
「次はどこがいいですか?」
「うーん」
ぶっちゃけ図書室に行きたいが、まあ、入れないだろう。
ならどこかなーとアレックスを見上げる。
冷たい目を向けられた。
「ワカツキ様はどこが見たいですか?」
「……」
無視!
「私の執務室などいかがですか?」
「え!いいんですか!?」
見たい!見たい!
絶対かっこいい調度品とかあるじゃん!
わーいと両手を上げて喜ぶと頭を撫でられる。
「可愛らしい一面もあるんですね」
「すみません。淑女として気をつけてはいるんですが」
感謝しきりの軍人達と医務官を置いて迷路のような廊下を歩く。
階段を上り、2階の迷路を通り、3階に向かう。何故3階に向かう階段が2階へ向かう階段とは別の場所にあるのか。面倒くさいじゃないか!
ぜいぜい息を切らしながらなんとかアランについていくが、さすがに疲れた。
「すみません〈光夕〉」
「あれ、疲労感が」
「疲労が取れる魔法です」
アランが驚いたようにこちらを見下ろすがなんともないように言う。
「すみませんお疲れでしたか」
「いえ、体力がないんです」
「軍人しか連れて歩いたことがないもので、気が付かず」
「いえいえ」
コンパスも違うしな。
そこからまた迷路で何度も角を曲がる。
ようやくついた執務室に感動を覚えた。
扉を開かれそこは綺麗に整えられた、執務室だった。
副官がこちらを見て机から立ち敬礼をした。
「楽にしていい。執務を続けろ」
「はっ!」
そのやり取りがかっこよくて尊敬の眼差しを向ける。
「隣は給仕室です。反対隣りは休憩室」
「へー!給仕室みたいです!」
「そ、そうですか?」
通されると綺麗に片付いた使用感の無い給仕室だった。
だが、コーヒーの缶が置いてある。
「このコーヒー美味しいですよね」
「ええ。お気に入りなんです」
「今度、お礼にお送りいたします!」
「助かります」
高級コーヒーだがお小遣いの範囲だ。
「紅茶はお飲みにならないんですか?」
「軍にいるとどうしてもコーヒーの方がいいので」
「そうなんですね」
へーやっぱいるところによって飲む物は変わるものだな。
仕事の集中力を上げるにもコーヒーはいいし。
むすっとしたアレックスが腕を組んで待っていた執務室に戻り、本棚を見上げる。
「何か気になる本がありますか?」
「どれも難しくてわかりません!」
「そうですか」
ちょっと残念そうなアランに罪悪感がわく。
残念な頭だと思われたな。これでアレックスへのあたりが弱くなればいいが。
「椅子に座ってみます?」
「え!え!いいんですか!?」
「いいですよ」
「閣下流石にそれは」
副官が諫めるが一睨みされ、ぐっと黙った。
ふかふかの椅子にちょこんと座り、興奮気味にアランを見上げる。
「ふかふかです」
「ずっと座ってないといけないですからね」
「まあ、大変なお仕事ですね」
そう言うとアランは微笑んで膝をつき私の手を取る。
「素敵なご令嬢。今日はありがとうございました」
「いえ、出来ることがあるならばそうすることが当然のことですから」
「高潔なんですね」
「高潔とは違うと思います。私は出来ることをしているだけですから」
にこりと微笑まれ、アランは立つ。
「折角の土曜日です。街少し遊ばれては?」
「いえ、治療院で治療をしようかと」
「……そうですか」
そう言ってぜいぜい息を切らしながら歩き、途中で魔法を唱え、馬車まで通された。
「それではまた、お会いしましょう」
「はい、閣下。今日はありがとうございました」
「アレックス。アルジェリー嬢に失礼のないように」
「……」
「アレックス」
「断ります」
「貴様」
「わ、わ、私は大丈夫ですから!それでは!」
馬車にアレックスの手を引いて乗り込み大通りまで向かった。
治療院まで行き、それから、アレックスを見た。
「どうします?ここから遊びに行かれますか?」
「……一緒に治療院に入る」
「はい?」
「いいだろう」
「はあ」
何だろう?どうしたのか。
ちょっとどきどきしながら治療院に入っていった。
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