14:【side:ルロヴェネーゼ】 1
私は生まれたときから腫れもの扱いだった。
いや、そう思っていたの自分だけかもしれない。
実際には異母兄の方が腫れ物扱いだったからだ。
異母兄は父王とメイドとの間に生まれた。母親の身分が低く王太子になることはできないが王族としての教育を受けていた。
王族は基本的に黒髪黒目。だが、私は王家の証の紫のアースカラーが浮かばなかった。
魔力は十分あるのに、黒い瞳に浮かぶはずの紫のアースカラーが浮かばなかっただけで父王は私から興味を失っていた。
……それも、結局は被害妄想だったが。
正妃である母の治癒の能力も継げなかった。
ただ鬱屈とした日々を過ごしていた。
全部、全部をぶち壊してくれたのは“赤の聖女”だった。
父王は興奮気味に私に話してくれた。11歳の時だった。
「あの施策!聞いたか!?」
「どの領の話ですか?」
「アルジェリー侯爵領だ!貧困層がほとんどいなくなったそうだ!貴族の義務とはこういうことだ!なんと高潔な!」
父の顔を見上げてそうですかと一言いう。
父は私の肩を掴んだ。
「会ってくるといい!アルジェリー侯爵家の治療院で働いているそうだ」
「貴族なのでしょう?」
「そうだ。だが、光魔法を使えてそれを使って王都内の治療の一旦を担っている」
貴族なのに、わざわざ働いているのか。
変な人と言うのが偽らざる本音だった。
父に言われるがまま馬車に乗り護衛を連れて身分と髪の色を偽りアルジェリー侯爵家の治療院に入った。
清潔な空間に医者や看護師が書類を持って行きかう。
彼女はそこにいた。
容姿は聞いていたからわかっていたが、同い年だとは思はなかった。
彼女は服も赤く美しい長髪が血に汚れるのも躊躇わず、光魔法を重症のけが人に唱える。
「〈光陣〉」
足を失っていた屈強な男は驚いた様子だった。
光ったと思ったら足が生えた。
「足が」
「もう大丈夫ですよ」
優しい声で少女がそう言う。
「聖女様」
「いえ、私はただの治癒師です。さ、清算が待ってますよ」
悪戯っぽく笑い、屈強な男も髪をぼりぼり掻いて苦笑いする。
それからずっと見ていた。
運ばれてくるのは血まみれの重傷者ばかり。たまに苦痛に呻く、病人も運ばれてくる。
彼女はずっと魔法を唱え続け、聖女と呼ばれても苦笑して全部に否定する。
昼休みもなく、ずっと彼女はそこにいた。
たまに生活魔法で清浄されるくらいで、休憩することもない。
ひっきりなしにやってくる重傷者に彼女は顔色を変えず、魔法を唱える。
けど、ふっと時間が空くことがあった。
その時、彼女はこちらを見て、微笑んだ。
顔が熱くなった。神聖な笑みだった。
どれだけの魔力があればあれだけの重傷者を治し続けられるのだろうか。
声をかけるのを躊躇った。余りにも高潔な姿だ。
貴族の身分で血にまみれても、平民を助ける。
口を何度も開いては閉じてを繰り返し、そっぽを向いてしまう。
彼女は微笑んでそのまま次の患者を待つ合間にサンドイッチをほおばっていた。
食べ終わるのを待ち、声をかける。
「あのっ」
「はい」
「……その」
言葉が続かない。話したいのに言葉が出てこない。
どうして、貴族なのに血まみれになってまでこんなことをしているのか聞きたかった。
「治療ですか?」
「……」
口を噤んでいると、手を取られ、椅子に座らされる。
「どこが痛いのですか?」
「どこも痛くありません」
「そうですか?痛そうな顔をしていますよ」
「そ、そんなわけ」
備え付けられている鏡を見て驚いた。
自分は憔悴しきっていて鏡の自分を睨んでいた。
醜い。嫉妬しているんだ。
癒しの力を連続で使えるような強力な治癒師に、正真正銘の“聖女”に。
恥ずかしかった。うつむく顔に頬に綺麗で清潔な手が当てられる。
「何かお悩みですか?」
何も言えない。辛い。苦しい。
のろのろと口を開き、苦し紛れの言い訳をする。
「打撲を直してもらえますか」
「はい」
魔法を唱えられ、剣の訓練でついた打撲が綺麗に消える。
「貴族、なのでしょう?」
「はい。レリンサ・アルジェリーと申します」
「私はルーヴェです」
「ルーヴェ様は何かご質問が?」
「はい。なぜ、治療院で働いているのですか?貴族なら、こんなところで働く必要はないでしょう」
レリンサはちょっと悩んだ様子で顎に手を当て何かを思いついた様子だった。
「毎日じゃないですよ」
「はあ」
「時間のある時に、ちょっとずつ出来ることをしているだけです」
それは貴族が働いているということの答えになっていない気がしたが。
「出来ること」
「はい。人々を癒すことは多くの人が出来ることではありません。医者はいますが、傷跡が残りますし薬も多くありません。ですから出来る範囲で助けられる人を助けています」
「……」
よく分からなかった。
全部医者に任せてしまえばいいのではないのか。
たしかに足や手を失ってしまえば医者が治すのは不可能だ。
曖昧な表情を見られて、彼女は優しく笑う。
「難しいことではありません。ただの貴族の義務です」
「!」
貴族の義務でここまでできる人はそうはいない。
絶句した。
「なんと高潔な」
「当然のことをしているだけですよ。高潔ではありません」
言葉も出ない。これほど高潔な人物がいるだろうか。
護衛に促されるまま治療院から出て、王城に帰る。
「あれほど高潔な人物を見たことがあるか?」
「いえ」
王妃である母も白の聖女と呼ばれているが市井に出ることはない。護衛の面もあるし、危険も多いからだ。
「あれほど忙しくしているのに法も考えているのか」
見合う男になりたい。
頬が熱くなる。
初めての恋に胸が苦しかった。
部屋に戻って母がくれた大切な青い魔石を見ながら勉強をした。
◆
シナノ学園に入学し、教室に移動すると赤い髪を見つけた。
胸が高鳴った。
高嶺の花。赤い美しい人。
見惚れるわけにはいかない見苦しいからだ。
先生が自己紹介をと言い、窓際の一番前の席の私が最初だった。
「ルロヴェネーゼ・インドミタブル。この国の王太子だ。趣味は読書」
自分の列の最後に彼女がいる。
彼女は私を見ても気づかなかった。
「レリンサ・アルジェリーです。趣味は……読書?」
読書が趣味なのか!同じ本を読めたらいいな。
図書館に一緒に行けないだろうか?
◆
1ヶ月経って土曜日。レリンサが出かけると耳にして馬車乗り場で待ち構える。
が、ユリウス・クルスクと一緒に出て行った。
慌てて馬車を出してもらい後を追う。
紙屋に入っていく2人を見て焦って追うと人とぶつかる。
「すまない」
「こちらこそ……ルヴェネ?」
「ああ、ティニアか」
「なんでここに?」
「アルジェリー嬢に用事があって」
胡乱げな目をされたが紙屋には一緒に入ったが、ディラン先生も一緒だった。
いろいろあって司書に追い出され、紙屋の前で待つ。
◆
ピアスを開けようかと話すレリンサに声を裏返させる。
「れ、レリンサ。ピアスを開けるなら宝石を渡そうか。魔石で綺麗な青があるんだ。君の瞳によく合うと思う」
彼女はちょっと驚いた顔をして頭を下げる。
「殿下からの下賜品であればお断りする道理はございません」
「いや、あの。そういうつもりじゃ」
いつかは恋人になるのだし……。
「え?」
「あ、うーん。私のことはルロヴェネーゼと呼べ」
「え?ですが……あらぬ誤解を生むのでは?」
「……とも、友達になりたいのだろう?」
「え、あ、はい」
友達から。焦ってはだめだ。相手は高嶺の花。
早く彼女に見合う男にならなくては!
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