13:【side:ユリウス】 1
小さい頃の僕にとって女装は生きがいだった。
いや当然のことだった。
姉たちは自分の小さい頃のドレスを嬉々として僕にくれてそれを着ることも多かった。
だが父はいい顔をしなかった。
「女装だなんて」
けれども母は理解してくれた。
「好きな格好をしていいんですよ」
そう言われて可愛いドレスを選んで着た。
ある日、ドレスが全部破られた。
代わりにズボンとシャツが多数置かれている。
「お前は男らしくあるべきだ」
父は冷たくそう言い、その日はシャツとズボンで過ごした。
嫌だった。辛かった。
僕は可愛いものが好きだ。勉強だって魔法の修練だってするのにどうしてドレスを着ちゃダメなんだ?
長く伸ばした髪が切られそうになった時、母が身を挺して守ってくれた。
どうしてどうしてどうしてどうして。
メイドが内緒でドレスを魔法で作ってくれた。彼女は生活魔法の達人で、服なんかを繕うのは簡単だった。
だから真っ赤なバラ色のドレスを作ってくれて、それを大切に着ていた。
父に呼ばれたときはシャツとズボンに着替えて行った。
「アルジェリー侯爵家のご令嬢と勉強をしなさい。失礼のないように」
「はい、父上」
羨ましい。
女の子だってだけでドレスを着られるんだ。
羨ましい。
女の子だってだけで可愛いものに囲まれて過ごせるんだ。
妬ましかった。
姉達も、可愛いドレスを着て可愛いアクセサリーを身に着けて、伸ばした髪を切られる心配もない。
レリンサ・アルジェリーに会う日に僕は真っ赤なバラ色のドレスを着た。
真っ赤な髪を長く伸ばした美しい少女はどこか物憂げに庭園を歩いていた。
「レリンサ様?」
そう声をかけると彼女は驚いた様子でこちらを見て、微笑んだ。
「あら、はい。そうです」
可愛らしいドレスを着てアクセサリーはつけてないけど、可愛い人だった。
羨ましい。
「今日は勉強会!私はユーリ。よろしく!」
「よろしくお願いします、ユーリ様」
手を差し出し握手をする。
思わずあてつけがましくドレスは手作りであることを伝えると彼女は思ってもみない反応をした。
「凄いですね。ドレスが作れるなんて」
確かに凄い。凄いことなんだけど。そうか彼女は僕が男だって知らないから。
「ちょっと事情があって」
「そうですか」
深くは聞かれなかった。
興味がなかったのだろう。
今の僕は完璧な女の子だ。
◆
勉強の合間に中庭で魔法の特訓をしようと言う話になって冷汗をかいた。
父にばれたらまずい。失礼がないようにと言われていたのに。
部屋にいた執事が黙って部屋を出ていくのを茫然と見ていることしかできなかった。
足音が近づいてくる。いやだいやだいやだ。
「ユリウス!」
部屋の扉が乱暴に開かれ怒鳴り声にびくりと肩を跳ねさせる。
「またそんな恰好をして!男らしくしろ!」
男らしいってなんだよ。
好きな格好をして何が悪いんだ。
レリンサ・アルジェリーを見るのが怖かった。
男のくせにと言われるのが怖かった。
拳が振り上げられぎゅっと目を閉じる。
だが、痛みはいつまでたってもやってこなかった。
「れ、レリンサ様!申し訳ありません」
謝罪に対する返答は優しい言葉ではなかった。
「ご子息を殴るおつもりだったんですか!?」
彼女はそう怒鳴り、口ごもる父を睨んだ。
「大体男らしいことを望むなら、安易に暴力に訴える手段を変えてください」
「これは家の問題で」
「そうでしょうね。家の問題ですとも。家の体質の問題です」
大人に啖呵を切る彼女に唖然とした。
執事が氷嚢を彼女に渡し、それを彼女は受け取って殴られた頬に当てつつ怒鳴った。
「そもそも男らしいって何ですか?」
「そ、それは剣を嗜んだり、狩りに出かけたり。経営について学んだり」
それを聞いて彼女は父の腹をつねる。
「それは貴方が息子にしてほしいことですよね。男らしいとかもっともらしい言い訳を使って思い通りにしたいだけですよね」
「そんなことは」
「ならなぜ大切な息子の言葉に耳を傾けないんですか?」
「侯爵家を継ぐには男らしくあるべきだ!」
「だから!男らしいって何ですか!!」
彼女は激高し氷嚢を床にたたきつけた。
自分のためにここまで怒る人をみたことがなかった。
顔が熱くなる。
「ズボンはいてりゃ男らしいですか!?それなら私は今日からズボンをはいて男として生きます!狩りにも行きます!剣も習います!」
男らしく生きると言い出した彼女は可愛いドレスをびりびりに破き出した。
びっくりして涙も引っ込む。
ディラン先生がその手を止めた。
「止めろ」
「男らしいっていうのは!誰かが押し付けるものじゃない。ある日灯った炎を守ることを男らしいというんです!ドレスを着ているのを男らしくないと見えるなら、貴方の見る視点が悪いんです!」
「レリンサ」
ディラン先生の咎めるような言葉にそれでも止まらない。
「男だろうとドレス結構!可愛いものが好きで何が悪いんですか。誰かに迷惑を掛けましたか。男らしくないというのは貴方の方ではないですか!息子の言葉も聞かず、嫌がることをさせようとして。貴族なら貴族らしく貴族の義務さえ果たせばいいでしょう。勉強が嫌だと言っているんじゃなんですよ。魔法の訓練が嫌だと言っているんじゃないですよ。好きな格好をしたいと言っているだけなんです。それを恥ずかしいと思う貴方の方が恥ずかしい!」
「だが、他の貴族がどう思うか」
「大切なのは外聞ですか」
「当然だ!」
男でもドレスを着ていて彼女は差別しないのか?
驚いていると憤慨したように彼女は息を吐き父を見上げる。
「外聞より家族を大切にするべきでは」
ぐっと父は押し黙る。
あれは怒りを押さえている顔だ。
「……」
「難しいことですか?」
「息子は待望の男児で……」
僕は顔を俯かせた。
本当は分かっている。父の言うことが正しいのだと。父の言うとおりにするのが家族のためだと分かっていた。
でも、可愛いものが好きだった。
どうしようもなく、好きだった。
「お姉様方に、これ見よがしに息子に厳しくするのが“男らしいこと”ですか。随分女々しいですこと」
彼女は鼻先で嘲笑する。
父は顔を赤くして口を開く。
ディラン先生は微妙な顔をしている。
「わ、私は領民を守る義務がっ!」
「義務結構。外聞結構。ですが、お忘れの様ですが、“彼女”はユーリは家族ですよ。貴方の家族です」
「貴族なら家族の情も」
「そう言って、思うままにコントロールしたいだけでしょう」
「き、貴族なら、貴族なら……」
「ですから」
彼女はこちらを振り返ってディラン先生から手を離し、僕の手を取った。
涙が出そうだった。
「何にも代えがたい貴方の家族です。それを前提にすべてを考えてください。たった一人だけの子どもなんですよ。貴方の家族です。大切な大切な」
ヒールを鳴らして一歩前に出ると父はハッとして膝から崩れ落ち、背中を丸めた。
父のそんな姿を見たのは初めてだった。
胸がぽかぽかした。
レリンサ・アルジェリーは僕の悩みをわかってくれて、それを受け止めてくれた。
「もう、ドレスは着ない」
「え」
「え?」
父とレリンサの声に清々しい笑みを浮かべる。
僕は男として生きたいと初めて思えた。
レリンサといつか結婚できたらと思う。
「真剣に僕のことを考えてくれるヒトが現れたから。でもドレスを集めるのは趣味の範囲で続けていい?」
そう問うと父は戸惑いつつも膝をついたまま頷く。
「あ、ああ。部屋の準備をしよう」
「い、いいの?」
「うん。着替えてくるね。魔法の訓練をしようか」
僕は女の子じゃない。レリンサと結婚できる!
◆
その日の晩に呼ばれ父の部屋に向かった。
「今まですまなかった。ドレスを着たいなら着ていい」
「いいの。僕、男の子でよかった」
「そうか?無理していないか?」
「うん」
ある日灯った炎を守ることが男らしいというなら、僕は男らしくいたい。
今日灯ったこの炎を守りたい。
「レリンサ・アルジェリー様と結婚は可能ですか?」
父に問うと曖昧な表情をされた。
「努力はするが、相手は8大貴族だ。家の格が違うからなあ」
父はそう言って僕の頭を撫でてくれた。
◆
5年後シナノ学園に入学するときになって父は女子生徒と男子生徒両方の制服を用意してくれた。
可愛いから女子生徒の制服は家に置いていった。
レリンサと登校したくてアルジェリー侯爵家に向かう。
そうしているとティニアシア・ベルファストがいる。
苦い顔をしてしまう。あいつは嫌いだ。
レリンサの婚約者。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。
馬車に乗り込んだティニアシアを見た後で自分も乗る。
僕の方が幸せにできるのに。僕の方がレリンサを知っているのに。
邪魔なお前はいつかいなくなっちゃえ。
入学して1ヶ月しての土曜日。
2人きりでお出かけだ、と思ってたのに。
邪魔だ。ティニアシア、お前は邪魔だ。殺してやろうか。
ルロヴェネーゼ・インドミタブルもジェレニカ・ビスマルクもテユティオル・ブリャッヒャーも邪魔だ。
皆、殺してやろうか。無理か。分かってる。
それにそんなことをしたら優しいレリンサに嫌われちゃう。
そこでそれでも楽しむことにしたヘレナもついてきたけどヘレナは女の子。それも桃の聖女だ。
レリンサとはいい友達になれる。なら、僕とも友達になれる。
レリンサとお揃いのブレスレットも購入したし。
また、お出かけできたらいいな。
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