12:【side:ティニアシア】 1
10歳の時会った時、疎ましかった。
幼いころから勉強も魔法も何にも挫折したことがない、そんな生活を送っていた。
だが、そんな生活も父の言葉で揺らぐ。
「お前は領民のことを考えなければならない。レリンサ・アルジェリー嬢のように高潔であるべきだ」
そう言われて、見たこともないレリンサ・アルジェリーが憎かった。
自分はティニアシア・ベルファストは決して傲慢な性格ではないはずだった。
領民のことを考え勉強をし、剣術も習い、魔法の修練も欠かさず研鑽をした。
なのに、父は何かにつけてレリンサ・アルジェリーを引き合いに出す。
やれあの政策はレリンサ・アルジェリーが思いついたものだとか、やれあの施策は上手くいっていて恩恵にあずかりたいとか。
そうしてある日、婚約者をと言われた。
二つ返事で父に頭を下げ、婚約者を受け入れる。
だが、こともあろうか婚約者はレリンサ・アルジェリーその人だった。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
気まずそうな彼女に笑顔の自分。
さぞや高潔で麗しい少女だろうと思ったら、彼女は終始こちらを見もせずびくびくしていた。
目を合わせる価値もないと?
目を眇めてもこちらを見もしないレリンサ・アルジェリーには見えない。
「レリンサ様は僕との婚約はいやですか?」
そう問うとレリンサ・アルジェリーはびくりと肩を揺らしてこちらを見る。
深い青の目がぞっとするほど美しかった。
「え!?いやっ」
レリンサ・アルジェリーは何かを考えこみ、目を泳がせる。
どうせ見合わないと思っているんだろう。見下しているんだ。凡才ごときがと。
だから笑顔で言い募る。
「レリンサ様は本当の天才だと聞いています――」
つらつらといかに彼女が素晴らしいかを称えると彼女は顔をこわばらせてうつむく。
「いえ、あの。偶然です。独り言を言っているのを父が聞いてそれで……」
「そうですか?聞いていた話と違いますね」
レリンサ・アルジェリーが法を考え、その父親が施策する。そう聞いていた。
どんな法でも思いつき、柔軟に対応する。アルジェリー侯爵領の貧困層はずいぶん減った。
おかげでアルジェリー侯爵領の近くの領地の領民はアルジェリー侯爵領を羨ましく思い、引っ越しをしてしまうほどだった。
貧困層がいなければ労働力はどうするのかと気になり調べると、なんと、雇う金を支援して高くしてまで市民に雇用口を用意しているそうだ。
その代わり、アルジェリー侯爵領では物の単価が高い。でも、それを押してでもいいほど環境がいい。
夜、ひとりで出歩いても問題ないほど治安がいい。
「そ、それよりもティニアシア様は天才でおられるとか!羨ましいです」
瞬間、全身の毛が逆立つのを感じた。
天才?僕ごときが?本当の天才は目の前にいる。
怒りだった。疎ましい。羨ましい。妬ましい。
お前さえいなければ、お前なんかがいなければ。お前なんか、お前なんか。
「そうですかね」
喉の奥が苦い。恨み辛みがこみ上げてくる。
苦い喉の奥をごまかす様に紅茶を口に含んだ。
彼女は頭を下げた。
「不躾な言葉を申し上げて申し訳ありませんでした」
驚いた。何を謝ることがあるのだろう?
天才と呼ばれるのは慣れていた。けれど、努力を見られないことにも慣れていた。
「いえ」
「絶え間ない努力を“天才”などという言葉でくくろうとしたのは誠に申し訳ございません」
絶え間ない努力。まさに、自分がしていることだった。
失望されないように、領民を守れるようにと努力を続けてきた。
「何故努力だと?」
「誰でも努力はしているものです。それを“天才”の一言で簡単に片付けられたら、噴飯ものでしょう」
「貴女はいつもそんな風に考えているんですか?」
「いえ、あの。不快でしたか」
不快?不快なんかじゃない。分かってくれるのか。この“天才”は僕の苦痛をわかってくれるのか。
ああ、僕も彼女を天才だと差別していた。
「僕は天才なんかじゃないんです。貴女に比べれば、凡才です」
「いえ、そんなことはありません!わ、私はずるをしているんです!」
「ずる?」
ずると聞き募っても彼女は口を割らなかった。
本当は別の誰かが法を整備しているのでは?
だが、常にタイミングのいい施策をされる。
庶民の暮らしをわかっていなければ分からないものばかりだ。
本当は別にいる?いや、でも。
「兎に角、私は凡人です」
ぎゅっとティニアシアは膝の上で手を握った。
「貴女が凡人だと言うなら僕など、塵芥です」
「え!?な、なぜですか!努力家で、勉強も優秀だと聞いています」
それだけだ。勉強が出来るだけだ。
苦しい。彼女は勉強もできるのだろう。魔法の扱いも得意なのだろう。
嫉妬する自分が醜いものだとはっきりわかる。
「勉強だけが出来ても魔法の出来が良くても、領民を守れなければ意味がありません」
顔を俯かせるとレリンサ・アルジェリーは戸惑った様子で提案する。
「……私は、領民のことを考えて施策を打ち出しています。確かにそれは羨ましく見えるかもしれません。なら、それを真似してしまえばよいのです」
真似していいのか?
きょとんと彼女を見ると真面目な顔をしてつらつらと語りだす。
何故そんなことを言ってくれるのだろうか?
真似していいだなんて。
「ベルファスト侯爵領も同じことをして、結果が出せるでしょうか?」
「それはわかりません。丁寧にすり合わせを行う必要があるでしょう。ですが、アルジェリー侯爵領を真似をしてベルファスト侯爵領を非難する人物がいても無視してしまえばよろしい」
「本当に?ですが、法の整備は秘伝と言ってもいいでしょう」
ああ、この人は天才だ!僕の孤独を知ってくれる!
ずるなんて嘘だ。僕を恐縮させまいとさせるための嘘だ。
運命なんて信じてなかった。でもよく分かった。
僕の運命の相手は、レリンサ・アルジェリーだ。
勉強が苦手だと言っていたがそれは謙遜かと思ったが、実際どうひいき目に見ても唸る出来だった。
だからてっきりベルファスト侯爵家に通って勉強に打ち込むのかと思ったが、アルジェリー侯爵はそうは考えなかった。
わざわざ忌々しいクルスク侯爵家に勉強を頼んだのだ。
◆
シナノ学園への入学までいろんなことがあった。
レリンサの誘拐事件の際は率先して動いた。
それよりもユリウス・クルスクが邪魔だった。隙さえあれば殺してやろうかと思ったが、レリンサは彼を友達だと言っていたので友達ならと放っておいたらあの調子だ。
何かにつけてアルジェリー侯爵家に入りびたり、ある時はクルスク侯爵家に呼び寄せる。
そんな5年間の中でユリウスとの仲は最悪なものになった。
別に構わない。クルスク侯爵家とは別に何の関係もないし。
ユリウスが邪魔だ。ルロヴェネーゼもレリンサに興味を持っている。幸いルロヴェネーゼがレリンサに会うことはなかったが学園で会うことだろう。
ユリウスを学園で殺すのは難しい。警備が厳重だし、先生の目もある。死体の処分も難しい。
なら卒業してから始末しよう。
そう思って過ごしていたのに、2人きりで出かけるだと?
腸が煮えくり返る気持ちだった。手をつなぐのも頬にキスを落とすのも異常なのにレリンサは何も気づいていない。
ルロヴェネーゼも怪しいしジェレニカ・ビスマルクもテユティオル・ブリャッヒャーも怪しい。
誰にも渡さない。誰にもだ。
僕の運命の人。
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